私の視線の先にいる彼、フィディオ・アルデナはたくさんの女の子たちに囲まれて忙しなく輝く笑顔を振りまいていた。「また試合を見に来てくれ」と心からの言葉を彼女たちに掛けて、笑顔を浮かべて爽やかに手を振る。
女の子たちの声援はそれはそれは可愛らしく、彼が笑顔を浮かべると「きゃあ」とそれはまた可愛らしい声を上げるのだ。嬉しそうに頬を赤らめる彼女たちを見ると自分がどれだけ素直じゃないのかわかってしまうから、。その上、まるで私だけがフィディオを好きでいるような感覚に涙が出そうになってしまう。
そのとき女の子に囲まれているフィディオが私に気がついたのか、「名前!」とこちらへ大きく手を振った。その瞬間女の子たちの視線は私に集中する。
突然のことに私はぽかんとフィディオを見つめていると、フィディオは女の子たちを放って私のほうへ駆け出してきた。
女の子たちの幸せそうだった表情が瞬く間に曇ったのが目に映って、何も気にしていないフィディオにも嫌になって、そして、私は、
…逃げた。
「え、ちょ、名前!?」
焦ったようなフィディオの声を振り払って、ただただ彼に背を向けて走る。私は怒っているのだ、という気持ちを忘れてしまえば、きっとフィディオの笑顔にほだされてしまうから。
けれど、どうせ足の速さでフィディオに勝つことなんて出来ないのだ。裏道に廻り込んだそのときに、後ろから追いついたフィディオに手を掴まれて立ち止まった。
少し息が切れている私と対照的に、フィディオはけろりと「鬼ごっこなら負けないよ」と笑う。ああ、悔しい。
私は何も答えずに、フィディオから顔を逸らした。
嫉妬なんて格好悪いな、私。
それなのにフィディオはふわりと優しい笑みを浮かべて、私の頭を撫でる。なんだか居心地が悪い。嬉しいのだけれど、さっきまで怒っていたからこうされてほだされているような気がするのだ。
俯かせていた顔を上げると、フィディオと目が合った。すると彼はぱぁっと表情を明るくさせて、また私の頭を撫でる。本当に嬉しそうだ。だけど私はそんな彼に笑顔を向けることができない。
もう一度俯くと、フィディオが不思議そうに「名前?」と私の名前を呼んだ。
「言っていいんだよ。可愛くないって、素直じゃないって」
ぽつりと呟いた声で、フィディオが私の頭を撫でる手が止まった。涼しい風が頬を撫でて、私の髪をなびかせた。するとフィディオは真剣な声で「どうしてそう思うんだ?」と尋ねた。
「だってさっきの女の子たちは、みんな」
素直で可愛くて、私のように駄々をこねることもない。そう言おうと、言葉を続けようとしたときだった。
「でも、俺が好きなのは名前だけだよ」
フィディオがそう言って微笑んで私の顔を覗き込み、そっと私の唇にキスを落とした。突然のことに私はそれを拒否することも避けることも出来ずに、唇が離れるまで呆然とフィディオを見つめることしか出来ない。
フィディオの青い瞳が愛しそうに私を見つめていて、ああ、やっぱり結局私はほだされてしまうのだと、心の中で小さく溜め息を吐いた。
0414/メランコリック