アメリカエリアのとあるカフェの一角のテーブルで、私とマークは他愛ない会話を交わしていた。
 ここのカフェのレモネードが好きで、それを幼馴染のマークに言うと「俺も飲みたい」と言われたので一緒に来たのだ。いつもマークと一緒にいるディランは、今日は一之瀬くんと土門くんたちとショッピングに出かけている。私がマークと二人きりで出かけるのは本当に久しぶりだ。


 そうして、他愛もない話の中で、マークがぽつりと呟いたのを私は聞き逃さなかった。


 サッカーがとても上手で、イタリアの白い流星ことイタリア代表のフィディオ・アルデナくん。彼には気になる女の子とやらがいるらしい。
 そしてマークはもう一つ、とても驚くべき発言をした。


「ところで、俺もその女の子のことが好きなんだけどさ」


 思わずガタンと椅子から立ち上がりそうになってしまった。驚きでぽかんと口を開けたままマークを見つめると、マークはそんな私を見て頬を赤く染めた。普通は顔をしかめて「何だ?」というところなのに、彼の変な反応を不思議に思ったが、それはそこまで重要じゃない。

 マークに、好きな人がいる。その事実は衝撃的で、思ってもいなかったことで、とにかくびっくりしてしまった。そんな様子見たことがなかったし、ディランからそんな話を聞いたこともなかったから。


「…へー!マークにも好きな子なんていたんだ」
「何だよ、それ」


 真剣な表情がバツの悪そうな表情に変わったことに思わずホッとしてしまい、安堵の息を吐く。それを勘違いしたのか、マークは「俺だって恋くらいする」と少し怒ったような声で言った。

「ごめんごめん、そっか、好きな人かぁ」
「ああ」

 昔からの知り合いの私とマークは、気の置けない関係というやつだ。だから、きっと彼は初めて今私に好きな人がいると話してくれているんだろう。ディランはすでに知っているのだろうか。でも、ディランはすぐに私に何でも話してくるから、私が聞いていないということは、マークは最初に私に話してくれたのかもしれない。

 秘密を最初に打ち明けてくれたのだとすれば、それは私にとってとても喜ばしいことだ。

 なのに、何でだろう。
 驚きだけじゃない、何とも表現しがたい感情が、胸に溢れているような気がする。


 するとそのとき、マークの目が驚きで見開かれた。私の後ろは大通りに面したガラス張りになっているから、大通りで何かを見つけたのだろうか。不思議に思って彼の視線の方向に私も視線を移すと、そこにはさっきの話に出てきたフィディオくんがいた。


「あ、フィディオくんだね」


 噂をすればというやつだろうか。フィディオくんは私服を着ているから、イタリアチームも今日はオフなのかもしれない。マークとフィディオくんは仲がいいから、声をかけてみようとガラス越しに手を振ってみると、フィディオくんはこちらに気づいたようだ。彼は最初は少し驚いたような顔をしたけれど、すぐにマークの姿も目に入ったのだろう。ふわりと微笑んでこちらに向かってきている。

 ばちりと合ったフィディオくんの青い瞳はきらきらと外の柔らかい日差しを反射していて、彼の瞳が輝いているように見えて。それがとてもとても、綺麗だと思った。


「…!」


 そのとき、マークが突然背後から、私の目を手で覆い隠した。
 視界が真っ暗になってフィディオくんが見えなくなって、突然のことにびっくりしてしまった。この手の張本人であるマークの名前を呼んでみても、彼は手を退かすどころか、何も言わない。


「マーク、どうしたの?」
「…何でもない」
「じゃあ離してよ」
「それは無理」
「どうして」
「勝てる自信がないから」


「…何に?」


 カランカランとカフェの扉がお客さんの入店を告げた音が聞こえて、すぐ後に上から不思議そうな声が降ってきた。この声はきっとフィディオくんだ。

「フィディオくん」
「チャオ、名前、マーク」

 フィディオくんの名前を呼ぶと、マークはパッと手を離した。視界がいきなり明るくなったので目が眩んでしまったが、暫くするとはっきりと見えるようになってきて、私たちのテーブルの横に立つフィディオくんが見えた。


「久しぶりだね、フィディオくんはお買い物?」
「ああ、少しアメリカエリアを歩いてみたくなって」
「もしよかったら一緒に話さない?ここのレモネード、美味しいんだ」
「うん、ぜひ」


 ふわりと微笑んだフィディオくんの笑顔に、少しだけどきっと胸が高鳴ったような気がした。
 注文を聞きに来た店員さんがフィディオくんのための椅子も持ってきてくれたので、そのまま私たちのテーブルでおしゃべりをすることに決めた。

 先ほどと同じように他愛もない話に花を咲かせながら、美味しいレモネードを飲む。こんなに穏やかな休日を過ごせて幸せだなぁと思いながらマークに目をやると、マークはどこか悲しそうな瞳で私を見つめていた。

「…マーク?」
「ん?」

 どうしたのと尋ねようとしたのに、マークは何もないみたいな顔をして、今度は不思議そうに私を見つめてみせる。そんな彼の心を私は掴めずに、ただ素直に「…ううん、何でもない」と頷くことしか出来なかった。


1002/あの子がほしい
ルナさま
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