ライオコット島で行われているサッカーの世界大会期間中、試合も練習もない丸一日オフの日というのは久しぶりで、宿舎の近くにあるイタリアエリアの道を歩いていたときのことだった。

 先方を見慣れた女の子が横切ったのに気付いて目を凝らすと、それは名前だった。イナズマジャパンの彼女が何故ここにいるのだろうかと首を傾げたけれど、そんなことは気にしなくてもいいだろう。

 彼女の足音は、どこか優しいような気がする。自然と安心するのだ。彼女との距離はけっこうあるので、ここから呼んでも彼女は気付かないかもしれない。それなら、肩を叩いて名前が振り返ったところで直接声をかければいい。嬉しくなって名前の元へと走る。



 あと二十歩、十五歩、十歩、五歩、二歩、一歩。


「名前」


 彼女の肩をポンと叩いて、そう声をかける。思いのほか明るい声になってしまった。

 すると彼女はびくっと肩を揺らして驚いたように振り向いた。突然なことに驚かせてしまったようだ。だけど、それより早く彼女の声が聞きたい。笑顔が見たい。そう思って、もう一度口を開こうとした―のだけれど。


「っ…駄目駄目駄目駄目だめ!」


 振り向いた彼女はオレの顔を見るなり顔を真っ青にして、そのまま走り出したのだ。


「え!?名前!」

 そんな彼女の背中を追うように、足を踏み出す。オレのほうが走るのは早いはず、なのに彼女との距離はなかなか縮まらない。

 街中を走る女の子を選手が追いかけているなんて、一般の通行人から見れば異様な光景だ。もしかすると、イタリア代表のキャプテンがキャプテンにふさわしくない行動をしていた、なんて言われてしまうかもしれない。

 だけど、今日の彼女の様子は明らかにおかしい。いつもなら偶然会っても笑顔を浮かべてくれるのに。放っておくことなんてできない。そう思って、さっきより走るスピードを上げる。


 すると彼女が渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤になって、彼女ははっとしたように足を止める。その隙にオレは彼女の手を掴んで、近くの路地へと引っ張った。


「捕まえた」
「っ」
「どうして、逃げるんだ?」


 彼女の顔を覗き込もうとするけれど、名前はじたばたと暴れてオレを突き放そうとする。
 それでも彼女の手をぎゅっと掴んでいると、観念したのかやっと名前がオレの顔を見た。彼女の頬は走ったからか赤くなっていて、微かに息が乱れている。少し苦しそうに眉をしかめて、かつ具合が悪そうに見えた。

 彼女は小さな声で「駄目」ともう一度呟いた。けれどそんな状態の彼女を見て放っておくなんてこと出来わけがない。


「名前」


 そっと彼女の頬に手を添えると、それはとても熱かった。名前はオレの手に頬を擦り寄せた。冷たい手が心地いいのだろうか。けれど、彼女はすぐにはっと我に返ったように目を見開かせて、オレから後ずさった。そのときに掴んでいた手がするりと解けてしまった。

 そんな彼女に負けじと俺は一歩踏み出す。距離は少しずつ縮まって、もう一度彼女の手を掴んだ。


「どうしたんだ?」
「…」
「何かあったのか?」
「…」
「俺のことが、嫌いになった?」
「っ、違うよ!」
「じゃあ何で?」


 焦ったように顔を上げた彼女にオレがそう尋ねると、彼女はうっと言葉を詰まらせて罰が悪そうに目を逸らした。


「…風邪、うつっちゃいけないから」


 風邪がうつったみたいでさっきから喉が痛いの、と彼女は説明してくれた。


「だから、フィディオのことが嫌いになったとか、そんなことじゃないの」


「日本エリアの救護室に行ったんだけど、お医者さんいなくて。それで街中の救護室に言ってきたの」と困ったように笑う。なぜかその笑顔がとても愛しくなって、そのまま手を引いて彼女を抱きしめた。


「ちょ、フィディオ」


 上擦った声が可愛らしい。ぎゅうっと抱きしめる腕に力を入れると、名前は恥ずかしそうにオレの胸を押した。「は、な、し、て、く、だ、さ、い!」と真っ赤な顔で言う。

 そんな彼女の心配なんて気にせずに、オレはそんな彼女はかわいいなぁとぼんやりと思う。「キスしても、いいかな?」と言ってみると、名前は眉間に皺を寄せて「風邪がうつるから、駄目!!」と叫んだ。

 キスができないのは残念だが、彼女は俺のためを思って言ってくれているのだ。素直に頷いて、彼女を抱きしめていた手から力を抜いて彼女を解放した。すると名前はほっとしたように息を吐いて、また呆れたように息を吐く。


「私の風邪が治ったら、キスしてください」


 そう言って微笑んだ名前に、俺も微笑み返すのだった。


瑠璃さま/0308
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