「一緒に帰りませんか?」
放課後、私のクラスの教室にひょっこりと顔を出したのは柳くんだ。柳くんと付き合い始めてかれこれ一週間が過ぎたが、私は未だ彼氏彼女という関係に慣れていないため柳くんと上手く顔を合わせられないでいたのだ。
二人きりはまだ無理だと隣にいた京子ちゃんを見つめるが、彼女はぎゅっと私を抱き締めただけで「柳くん、頑張って!」と言って宮村くんと走って帰ってしまった。いや、正確には眠たそうに目を擦っていた宮村くんのセーターを掴んでひっぱって行ったというのが正しい。
必然的に私と柳くんの二人が教室に取り残される。
教室にはまだ残っている生徒もいるのだが、それほど親しい子は居らず、助けを求められる人はいない。柳くんが嫌いなわけでは決してない。嬉しいのだけれど、何を喋ればいいのかわからないのだ。
ちらりと顔を上げて柳くんを見ると彼は少し寂しそうに眉を落としていたが、私の視線に気がつくとぱっと笑顔になった。
「帰りましょうか」
「う、うん」
こんなに嬉しそうなのに断れるわけがない。勿論私も嬉しいのだけれど。
「今日仙石くんたちは?」
「生徒会の会議があるそうなんです」
「そうなんだね」
階段を降りて、廊下を歩き、靴箱で上履きをローファーに履き替えて校門を出る。隣にはふわりと微笑む柳くん。いつもの日常の生活なのに、彼と一緒にいると世界が輝いて見えた。
そして校門を出て数歩歩いたそのとき、柳くんが「あの」、と小さく口を開いて立ち止まった。私も立ち止まって柳くんを見つめると、彼の頬は少し赤くなっている。どうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「あの、手」
「手?」
「繋いでも、いいですか?」
え、と驚きで間抜けな声が出てしまった。柳くんがぱっと顔を上げて「い、嫌ならいいんです!」と慌てて言った。
「い、嫌じゃないよ!」
嫌なんてとんでもない。好きな人と手を繋ぐのだ。嬉しいに決まっているのに。
するとそれを聞いた柳くんはじっと私を見つめて、そして、おそるおそる私の手を握った。柳くんの手は少し冷たかったけれど心地いい。私もおそるおそる握り返すと、じんわりと心が満たされる気がした。
微笑むと、柳くんもふわりと微笑み返してくれる。明日も明後日も、きっといつかの未来も、彼と居ることが私の幸せだといい。
「帰りたくないです」
「柳くん家遠いんだから帰らなきゃ」
「…名前さん」
「ん?」
「好きです」
「わ、私も柳くんのことが好きだよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
繋いだ手はまだ離れない。一生離れたくないと、そう思った。
0811/二人きり