ランチを終えて、これから始まる合宿に必要なものを買って、ショッピングモールを出た時には空はオレンジ色に染まっていた。 明日から始まるアメリカ代表の合宿の練習は、隣の州にあるサッカースタジアムで行われ、FFIまではその近くにある合宿所で生活する。 マネージャーである私も例外ではない。 「買う予定だったもの全部買えたか?」 「うん、土門は?」 「俺は新しいスパイクも買えたし満足してるよ」 「俺も欲しかったな」 「マークは一昨日ミーと来たときに買ったばっかりだろ」 今日は皆でマークの家に泊めてもらう。ホームパーティーを開くのが好きなマークの両親が申し出てくれて、その優しさに皆で甘えることにしたのだ。 一度自宅に寄ろうかと思ったがそれはやめることにした。 (電話もしたし、仕事も忙しいだろうから) 伏せていた目を上げたそのとき、ふと一之瀬と目が合った。 「あっ…」 私がランチの前に冷たい態度を取ってから、一之瀬は手を伸ばしては引っ込めたり、口を開いてはまた閉じたり、を繰り返している。もとはといえば勝手に機嫌を損ねた私が悪いため、さすがに申し訳なくなってしまった。友人が恋愛を相談しなかったというだけでこんなに変な態度を取るなんて、情けない。 よく考えればこの年で異性に相談することはあまりないし、私はずっと病院にいてリハビリをしていたから、彼は彼なりに気を遣ってくれていたのだ。 すうっと息を大きく吸って、一之瀬の前に立つ。そして一之瀬の頭を軽く叩くと、彼は驚いたように目を見開いた。 「さっきはごめん。また私にもリカちゃん紹介してね」 I wish you good luck!と続けて笑いかけて、先を行くディランたちの元へ走り出した。少し追い抜かされた身長が悔しいと思ったのは、言わない。 ・ ・ ・ 「皆おかえりなさい!」 「お久しぶりです」 久しぶりに訪れたマークの家では、マークの両親が笑顔で私たちを迎えてくれた。両頬にキスをして、抱きしめ合うと、じんわりと心が温かくなった。 「ナマエ、日本はどうだった?リハビリは順調?」 「はい、とっても」 「母さん、ナマエを早く離してくれよ!」 マークに手を引かれて、ぎゅっと抱きしめられていたおばさんの腕から解放された。 「カズヤ、アスカも元気だった?」 「はい」 「マークが寂しがってたから、皆が来てくれて嬉しいわ」 「母さん!」 少し頬を染めるマークが可愛らしくて、ついついディランと茶化すように笑ってしまう。私たちをマークは一睨みしたが、赤い頬のせいで全く怖くない。 「ゲストルームに案内するよ」 マークはぷいっとそっぽを向くと、私の手を取ったままずんずんと廊下を進んでいった。私はいきなり手をひっぱられてこけそうになったが、なんとか持ちこたえて彼についていく。辿りついたのはゲストルームの一室で、前にも泊まらせてもらったことのある部屋だった。可愛らしいベッドと、花柄のカーテンの素敵な部屋だ。 「バスルームも好きに使ってくれ」 「ありがとう」 「クローゼット使う?」 「うん」 「はい、上着貸して」 「え?あ、はい」 マークが促すままに上着を脱いで渡すと、彼はクローゼットを開けて上着をハンガーに掛けてくれた。 すると、今度はこちらに向き直りベッドに座るよう手を引かれた。ぽすんとベッドに身を預けるように倒れこみ、二人でくすくすと笑い合うのは本当に久しぶりで。 「どうしたの?」 「いや、ナマエと話したいって思って」 「何それ」 「ずっと考えてたよ」 「?」 「ナマエのこと」 「…私もだよ」 こんな会話傍から見れば恋人同士だとか思ってしまった自分が恥ずかしい。ずっと一緒にいて家族のようなものなのに、少しだけ意識してしまう。 少し赤く染まっているであろう頬を隠すようにベッドに顔を埋めたとき、マークが小さく呟いた。 「カズヤは、本気なのか?」 「え…?」 ごろりとマークが寝返りをうって、私に背を向ける。マークの言葉の意味を考えるがよくわからない。一之瀬は本気なのかとは一体何のことなのだろうか。 「ナマエ」 「何?」 考え込んでいると、マークはまたごろりと寝返りをうって、今度は私と向かい合わせになった。彼の碧い瞳に映る私が見える距離だ。彼の瞳は真剣で、思わず体をすくませた。 ―そのときだった。 「…ははっ!」 マークが突然笑い出したのだ。私は呆気に取られて目をぱちぱちと瞬かせる。すると、マークは本当に嬉しそうににっこりと笑って私の頭を撫でた。 「…なんでもないよ」 でも、笑顔と反対に声色は悲しそうで。 「…マーク、何かあったの?」 手を伸ばしてマークの頬に触れる。すると、マークは目を閉じて、私のその手に彼の手を重ねた。 「俺、勘違いしてたのか」 「…何を?」 「それとも、あいつが勘違いしているのか」 「…あいつ?」 悔しげにマークによって紡ぎだされる言葉。その言葉をヒントにいくら考えても、それでも、私にはわからない。 すると、マークがぎゅっと腕を私の背中にまわして、抱きしめた。マークを悲しませていることが何もわからない自分が不甲斐なくて、片手でマークを抱きしめ返した。 「…せっかく呼びに来たのに、これじゃあ開けられねぇよ」 「どうしてだい?ミーが開けようか?」 「ディランやめろ!空気読め!…一之瀬?」 「え、ああ、何?」 「顔真っ青だぞ。体調悪いのか?」 「…いや、大丈夫だよ」 閉め忘れたドアの隙間から、彼らが見ていることにも気付かずに。 0523 (たとえそこに何があっても、愛だけは) |