一之瀬の声で目が覚めた。機内はまだ静かで、起きている人も多くない。右隣の席の土門もまだぐっすりと眠っている。一之瀬に「おはよう」と言って周りをぐるりと見渡すと、客室乗務員の人が数人朝食を配っていた。


「Good morning.would you like to eat japanese or chicken?」
「Japanese, please」
「OK. Just a moment, please」
「Thank you」


朝食のメニューは日本食と鶏肉がメインディッシュの洋食のどちらかを選べる。そこで、私はこれからしばらく食べられないであろう日本食を選んだ。久しぶりの英語の会話に、降り立った場所は日本ではないのだとひしひしと感じる。

そのときふと窓から外を見ると、広大なアメリカ大陸が目に映った。


「あと二時間で着くよ」


一之瀬がそう言って微笑む。

窓から朝日が射し込んでいて彼の髪がきらきらと輝いている。息を飲むほどに、綺麗だと思った。


全ての始まりのスタートラインは、もうすぐそこに来ているのだ。






幼い頃は飛行機の離発着時の感覚が苦手だったがもう慣れてしまった。事故もなく無事アメリカの空港に降り立つと荷物を受け取り、入国審査を終えて入国ゲートの前に辿りつく。入国ゲートは人種も国籍も違うたくさんの人々で混雑していた。


一之瀬と土門を見ると、彼らはとても嬉しそうな表情を浮かべている。それもそうだ。二人はここ数日サッカーをしていなかったのだ。早くボールに触れたいと思っているのだろう。


「まぁ、それは私も同じだけど」
「どうした?顔にやけてるぜ」


小さく呟くと土門が笑顔でそう尋ねてきた。そう、私も嬉しいのだ。日本ではリハビリとして私がサッカーをすることは断固として認められなかったけれど、ここ、アメリカではそれが認められている。

マネージャーとして選手が練習している広いフィールドですることは無理だが、病院の近くの公園などでもサッカーは出来る。

嬉しい。楽しみ。サッカーをすることができる喜びを感じる。


三人で顔を見合わせて、微笑む。それが合図かのように私たちはキャリーバッグを引いて、一斉に入国ゲートを通過した。ただ普通に通っただけなのに、空気が変わったように感じる。

ただいま。我が祖国―アメリカ合衆国。



その時だった。



「ナマエ!!!!」
「Oops!?」



入国ゲートを通過したのもつかの間。いきなり誰かに抱きしめられたのだ。相手が見えないまま強く抱きしめられ、私は相手の胸にダイブしたまま茫然としていた。離れようと相手を押すが、びくともしない。それどころか抱きしめる力は更に強くなる。


「Who are…!?」
「ハイ、ナマエ」


誰ですか、と叫ぼうとして顔を上げた瞬間相手の顔を見て―驚愕した。


「マ、マーク!?」


抱きしめていたのは同じサッカーチームのチームメイトのマークだったのだ。彼はとても嬉しそうににっこりと微笑むと、未ださっきの驚きで硬直したままの私を腕から解放した。右頬に触れる唇と軽いリップ音が続く。

マークを見上げると、彼は身体を屈めて今度は左頬に軽く唇を落とした。日本ではこの挨拶は恥ずかしがられて余りしなかったものだから、すっかり忘れてしまっていた。


アメリカには自分を受け入れてくれた皆がいる。そう思い出して嬉しくて涙が出そうになってしまう。それが恥ずかしくて、隠すように思い切り久しぶりに会ったチームメイトに今度は私から抱きついた。


「マーク!久しぶり!」
「ああ、ずっと会いたかった」


随分見ないうちにマークは少し背が伸びていた。日本に行く前には、まだ同じくらいだったのに。一之瀬や土門も身長が伸びているし、男子が羨ましくなる。そして、自分がフットボールフロンティアインターナショナルへ出場できない”女子”だとまざまざと思い知らされる。

少し胸が痛んだが、マークの背後から聞こえた声にその悲しさはかき消された。


「ナマエ!」
「ディラン!」


そこには、マークと同じくチームメイトのディランが立っていた。彼の青いアイガードがきらりと光る。


「久しぶりだな」
「うん!」
「マーク!ディラン!」
「久しぶりだな。カズヤ、アスカ!」


マーク、ディラン、一之瀬、土門、そして私。皆で笑い合うと悲しいことなんて忘れてしまう。おかえりと言ってくれる皆がいるから、私はまたリハビリを頑張れる。そして、アメリカ代表のマネージャーを精一杯務められる。

私は再開を喜び、彼らと共に世界へ挑戦出来ることに胸を高鳴らせた。



0503
(同じ夢を持つ仲間と共に)