「エドガーが?」
「うん、パーティーに来ないかって」


食堂で夕食を食べ終えてマークと明日の予定を確認するミーティングを行っていたときに、今日イギリスエリアで起こったことを彼に伝えると、マークは少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
マークはサッカーの合宿などでよくヨーロッパを訪れ、とりわけイギリスにはよく訪れていてエドガーとも顔見知りだそうなのだが、その反応から見ると特別仲が良いというようではないらしい。

おそるおそるマークを伺うように見つめると、マークははっと我に返ったように体を揺らして、すぐにふわりといつもの笑みを浮かべた。


「いいんじゃないか?いつもマネージャーの仕事を頑張ってもらっているしな」
「そうかなぁ…」


一之瀬にも似たような台詞を言われた。私はただ自分に出来る限りのことをしているだけなのに、彼らはこうやって私を気遣ってくれる。本当に優しい人だと思う。だが選手たちが頑張っているのに私だけ休むのは駄目だ。それに、マークたちがいないなら一人で行っても楽しくないに決まっている。


「ありがとう、マーク」


でも、やっぱり私は皆と一緒に頑張るよ。そう続けて微笑むと、マークも「ああ」と頷いて微笑んだ。









ミーティングを終えて部屋に戻ろうと廊下へ出て階段の前でマークと別れる。ミーティングルームは二階で、マネージャーの部屋は一階にあり、選手たちの部屋は三階にあるからだ。「おやすみ」とマークに手を振ると、マークも「おやすみ。良い夢を」と微笑んだ。


「明日は九時から練習があるから、七時には朝食の準備をして…」


階段を降りながら明日の予定を確認する。明日から練習が始まるため、いっそう忙しくなるだろう。だが、もうその忙しさも楽しみになっている。

一階に下りて自室へ戻ろうと廊下を歩いていたそのとき、窓の外に人影が見えた。


「誰だろう、こんな時間に」


今の時間は夜の十時だ。就寝時間が近いため選手たちは自室で過ごしていると思っていたのだけれど、誰かがまだ練習でもしていたのだろうか。
不思議に思いながら窓辺に近づいて目を凝らす。すると、外にいたのは一之瀬とマック監督だった。声は聞こえないが二人は何やら深刻そうな表情を浮かべている。一体、何があったのだろうか。


「、名前!」
「…っ土門?」


するとそのとき突然後ろから手を掴まれた。
驚いて振り向くとそこにいたのは土門で、彼は少し焦ったように私の手を引いて窓辺から遠ざけた。どうして三階の自室にいないで一階にいたのだとか、どうしてここにいるのだとか、どうして私を窓辺から遠ざけたのだとか、そんなことは疑問に思わなくて。ただ、心に引っかかったことは。


「ねぇ、土門、一之瀬に何があったの」


震える声でそう尋ねる。
一之瀬の様子がおかしくて、それなのにマークはそれに気付いていなくて、マック監督は深刻な表情で一之瀬と話をしていて、どんなにそれを信じたくなくても、思い当たる節がそれしかない。


一之瀬に何かが起こったのだ。


すると土門は一瞬ぎくりと肩を揺らせて私から目を逸らした。


「土門は、知ってるの?」


そう尋ねても何も彼は答えようとしない。私はぎゅっと唇を噛みしめて俯く。どうして一之瀬も土門も、私に教えてくれないんだろう。打ち明けてくれないのだろう。どうして。どうして。

何も出来ない自分が悔しい。何もわからない自分が悔しい。そう自分を戒めながら、ぽつりと「さっき練習してたときに、どこか痛めたの?」と呟いたときだった。土門がぽん、と私の頭に手をおいて、頭を撫でたのだ。幼い子供をあやすかのようなその仕草に少しだけむっとしたけれど、落ち着いて息を整える。


「そんな顔するなよ」


土門は困ったように笑ってそう言った。ああ、いつもの土門だ。ほっとして顔を上げて彼に微笑みかけると、土門もへらりといつものように笑った。きっと彼なら打ち明けてくれる。そう、思っていたのだけれど。


「お前は気にしなくていいんだ」


土門の口から出たその言葉は、私の心を突き刺す氷の刃とそう変わらなかった。


0719
(目隠しなんてほどいてしまいたい)