日本に来日して、稲妻総合病院の院内にこもりっきりの生活を過ごし始めてから何日が過ぎたのだろうか。毎日検査、リハビリ、検査と同じことばかりを繰り返していたからか日付の感覚がなくなってしまったように感じる。


イナズマキャラバンがエイリア学園を倒しハッピーエンドとなった世界。
一緒に来日した一之瀬は、土門と共に昨日お見舞いに来てくれた。秋にはまだ会っていない。いや、腕が完治するまでは会えないと私が伝えたのだ。彼女は笑顔の可愛いとても優しい子だ。この腕を見せて心配をかけるわけにはいかない。


私の病室は病院の中庭に面した一人部屋で、毎日夕方には窓から夕日が射し込み、室内をオレンジ色に染める。ベッドに横になっていた私は、その眩しさに目が眩んで、ぼんやりとしていた意識がはっきりと色づくのがわかった。
気だるい体を起こすと、優しい風が頬を撫でる。どうやら窓を開けたまま眠ってしまっていたようだ。

カーテンと窓を閉めるためにベッドから降りて、窓辺へと歩いていったときだった。


「…あれ?」


そ窓の向こうの中庭で一人の少年がサッカーをしているのが目に映ったのだ。思わず息を飲んで、窓を閉めようとしていた手を止める。
その少年は華麗にサッカーボールを踊らせていた。サッカーボールは左足のつま先から右腿へ、そして、ヘディング、そして今度は右足のつま先へ。ウォーミングアップのためにリフティングをしているのだろう。その少年はとても楽しそうで―思い出したのは母国にいるチームメイトだった。


「マーク、ディラン…」


ぽつりとそう呟くと、少しだけ寂しさを感じる。

今ここに、私はひとりぼっち。

サッカーをしたいと疼く体をぐっと抑える。
早く窓とカーテンを閉めて何もかもをシャットアウトしよう、そう思って俯かせていた顔を上げたときだった。中庭にいる少年がこちらを見ていて、目が合ったのだ。


驚いて肩を揺らしてしまったけれど、ここで視線を外してしまっては無愛想だろう。そう思ってその少年に微笑むと、その少年も微笑みかえしてくれた。少年のクールな表情が一変して驚いたが、日本に来日して同世代の子とあまり話す機会がなかったからか嬉しかった。

すると彼はリフティングをやめて、三階の病室にいる私に聞こえる大きさの声で言った。


「サッカー、好きなのか?」
「…うん!」


嬉しくて、落ちないように窓から身を乗り出してそう答える。「私、アメリカでサッカーやってたんだ」そう言って微笑むと、彼は驚いたように目を見開かせて「アメリカ?」と首を傾げた。それなのにどうして日本で入院などしているのかと不思議に思ったのだろう。
「リハビリの一環でやってたんだ」彼に聞こえるように大きな声でそう言って、「ここでは認められなかったけど」と付け足す。すると少年はまた驚いたように目を見開いて、一瞬悲しそうに瞳を揺らした。


「…そうなのか」
「君は?」
「え?」
「君は、サッカー好き?」


その少年に届くように大きな声でそう尋ねる。すると彼の悲しげな瞳は正反対の意思のこもった瞳へと変わり、彼は大きな声で頷いた。


「…ああ!」


その返事にまた嬉しくなって微笑む。
そして、少年の名前を聞こうと口を開いたときだった。


「ナマエちゃん、検査の時間よ」


ガラリとドアが開けられ後ろを振り向くと、看護師さんが病室へ入ってきた。彼女は窓際に立つ私を見て首をかしげると、「ナマエちゃん、窓開けて何してるの?」と私の隣に並び中庭を見下ろした。


「男の子とお話してて」
「男の子?」
「うん。サッカーの好きな男の子」


そう言って中庭に視線を戻す。だがそこにはさっきの少年も、誰もいなかった。


「誰もいないよ?」
「嘘…さっきまでいたのに」


茫然と立ち尽くす私と反対に、看護師さんは「多分、修也くんね」とふふっと笑った。


「修也くん?」
「ここのお医者さんの息子さんよ」
「そう、なんだ…」


もう一度、修也くん、と呟く。彼に会いたくて窓から離れたくなかったが、検査のため渋々とベッドへ腰かける。すると看護師さんは開いたままにしていた窓とカーテンを閉めた。

一瞬。

完全にカーテンが閉められる前のほんの一瞬、彼の姿が見えたような気がした。


「あ…」
「ナマエちゃん?」
「…いや。何でもないよ」


修也くんにまた会えるといいな。そう思いながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。


0514
(再び会える日はそう遠くないよ、と世界が微笑んだ気がした)

豪炎寺と会ったことのあるヒロイン。
この次の日くらいにFFIからマネージャー採用の連絡がきます。