アメリカエリアにある宿舎に帰ったときには、もうすでに空は薄暗くなっていた。
夕食の手伝いをしなければとイギリスエリアで購入した物を自室へ置いて急いで食堂に入る。すると、そこには一之瀬が立っていた。他の選手が見当たらないのはまだ夕食の時間でないからだろうけれど、何故彼がここにいるのだろうか。


「一之瀬?」


不思議に思いながら声を掛けると、一之瀬ははっと俯かせていた顔を上げて、私を見るなり驚いたように目を見開く。だがすぐに「名前か、驚かさないでよ」とふわりと微笑んだ。「ごめんごめん」と私も一之瀬に微笑みかけるが、そのときの一之瀬の笑みが何だか悲しそうに見えて、どうしたのだろうかと首を傾げる。


「…どうかした?」
「、何でもないよ」


一之瀬は私から目を逸らしてぽつりとそう呟いた。本人が何でもないというのだから、気にしないほうがいいのかもしれないけれど、明らかに様子がおかしい。いつもならこんな悲しそうな表情を見せないのに。
するともう一度「どうしたの」と尋ねようとしたそのとき、食事の時間になったのか食堂に選手がぞろぞろと入ってきた。


「名前、おかえり。遅かったな」
「あ…マーク」


頭をくしゃりと撫でてくれたマークは、一之瀬のこの表情の理由を知っているだろうか。隣を通り過ぎようとしたマークのジャージの袖をぎゅっと掴むと、彼は不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせて「どうしたのか?」と私に尋ねた。「えっと、あのね」キャプテンであるマークに一之瀬の様子がいつもと違うことを伝えようとしたのだが、私が口を開くより先に之瀬は私たちに背中を向けて食堂から出て行ってしまった。


「一之瀬!」


焦ったような声を出して一之瀬の方へと手を伸ばした私の様子を見て、マークは不思議そうに首を傾げたけれど、私はただ呆然と一之瀬の出て行った扉のほうを見つめることしか出来ない。

一之瀬に、一体何があったのだろうか。
さっきまで、ほんのついさっきまで優しい笑みを浮かべていたのに。

あんな一之瀬を、私は初めて見た。


「名前、カズヤに何かあったのか?」
「よく、わからないんだけど。マークは心当たりない?」
「いや、ないな」
「そう…」


マークが知らないということは、どうやらさっきの練習中に何かあったようではないようだ。
一之瀬の様子がおかしい理由を聞くタイミングも、ジャージの上着を返すタイミングも失ってしまった私は、ただ目を伏せてそこに立ち尽くすことしか出来なかった。


0719
(いつもとちがう)