マークのお母さんの手料理を食べて、シャワーを浴びて、マークの部屋に遊びに行くとそこには土門と一之瀬とディランとマークがいた。皆はトランプをしていてとても楽しそうで、私もそこで一緒に寝ようと思ったけれど、それはやめた。
「おやすみ」と平気なふりをして笑顔で告げる。本当は少し悲しかった。前までは皆で一緒にそこで寝ていたのに。



「一之瀬、狭いからソファーで寝てよ」
「名前こそ!」
「…二人共うるさいぞ」
「ワォ!マークが寝ぼけてる」
「お前ら静かにしろ。マークが起きるぞ」
「はーい」
「名前、こっちもっと寄って寝なよ」
「うん!」
「おやすみ」


あの頃の思い出が胸をぎゅっと締め付ける。

所詮私は女の子。性別の違いはこんなところまで私たちの生き方を浸食して、そのうちきっと私たちの関係を破壊して全く違うものに造り変えてしまうんだろうな。


(ずっとあの頃のままでいたいのに)


そんなこと有り得るはずなんてないのだけれど。

唇を噛みしめて、ゲストルームのベッドに潜り込む。油断すると泣きそうになってしまって、ぐっと目を瞑った。







サッカースタジアムと宿舎は近年建設されたもので設備の整備はとても良く、集まったアメリカ代表の選手たちは快適な生活を過ごしていた。

時間が過ぎるのは早いもので、このサッカースタジアムで練習するのは今日で最終日だ。そして、明日の朝の九時にライオコット島へと出発する。

今日は朝のミーティングが終わり次第、選手たちは各自出発への準備をするため、練習は休みとなっている。マネージャーである私は例外だが。
朝食の準備を手伝い、ミーティングの内容をまとめて監督に提出、キャプテンのマークとも明日への予定を確認した後には洗濯、ああ、昼食の準備もしなきゃいけない。とにかく忙しい。


ミーティングが終わって選手の皆が自室へと戻り、マークとも予定の確認を出来たため、ミーティングルームには私一人が残っている。

ゆっくりと息を吐くと、どっと疲れが肩に圧し掛かった。充実した毎日を送れていることに不満なんてない。アメリカ代表の役に立てていると思えば、疲れなんて何ともない。


アメリカ代表のメンバーは知り合いも居れば初めて会う人もいたけれど、その中でも驚いたのはミケーレだ。彼はハリウッドの天才子役と呼ばれ有名だったのだが、まさかサッカーをしていたなんて。ああ、私の感想なんてどうでもいい。それより、早く昼食の準備をしなければ。


そう思って立ち上がったとき、ミーティング室にマック監督と一之瀬が入ってきた。二人ともミーティング室に用事はないはずなのに一体どうしたのだろうか。

すると、マック監督の表情はよく見えないが、一之瀬は私を見るなり瞳をぱぁっと輝かせて私に駆け寄った。


「名前!」
「一之瀬?」


どうしたの、と口を開こうとしたとき、駆け寄ってきた一之瀬に私はそのまま抱き締められた。
状況がいまいちよくわからずにもう一度「一之瀬?」と名前を呼ぶと、一之瀬はぱっと顔を上げて私の手を取った。一之瀬はとても輝く笑顔を浮かべていた。


「プロリーグのユースチームから正式にオファーが来たんだ!」
「へ?」


突然のことに驚いて間抜けな声が出てしまった。
そして、一之瀬は今、何と言った?


「俺、喜んでって答えたんだ。すごく嬉しい!」
「わっ」
「名前、俺、どうすればいい?すごく、すごく、嬉しいんだ…!」
「一之瀬?」
「FFIが終わったら、俺は、プロを見据えてサッカーをすることが出来る!」


一之瀬に強く抱きしめられたまま、その言葉を理解しようと努める。


一之瀬が、アメリカのプロリーグのユースチームから、正式なオファーを受けた?


傍に立っているマック監督に顔を向けると、監督は笑って頷いた。
私は胸の中で何かが弾ける音が聞こえた。ああ、これは喜びだ。


「…おめでとう!一之瀬、おめでとう!」


思い切り一之瀬を抱きしめ返して、祝福する。ただただ嬉しい。涙が出るほど嬉しかった。あの事故を乗り越えて一之瀬は夢を叶えたのだ。

都合の良い話だけれど、罪悪感や罪の意識なんてその瞬間はどこかに消えてしまっていたかのように、自然と微笑むことが出来た。



けれどそのときの私は、あんなことになるなんて思いもしていなかった。


0902
(始まりは終焉への一歩)