私が手足を動かせば、水面は揺れた。心地の良い水音が誰も居ない校舎やグラウンドに吸い込まれていく。仰向けに浮遊して見上げれば、月だけが見える。
ガシャン、とフェンスの揺れた音が響いた。音源を見れば、黒髪に鋭い瞳、黒い制服を纏った彼が居た。まるで闇から出て来た黒猫みたいだ――――もっとも、彼の名字は鳥の名前だけれど。
そんなことを取り留めもなく考えている間にヒバリはこちらに歩み寄り、私を見下ろす。
「こんばんは、ヒバリ」
「やぁ、不法侵入者さん」
「ちゃんと事前に“プール借りるね”って言ったじゃん」
ヒバリは靴を脱ぎ靴下を脱ぎ、スラックスを膝まで捲り上げた。そしてプールサイドに腰を下ろし、静かに脚を水に浸ける。
まさかヒバリがそんなことをするとは思っていなかった私は、暫し呆然としていた。だって、彼がプールに脚だけ浸けて涼む所なんて誰が想像出来ようか。
「……ヒバリは泳がないの?」
「僕は誰かさんみたく、最後の夏休みだからって浮かれたりしないからね」
「ふーん、泳げないの?」
「馬鹿にしてるの? 僕が泳げない筈ないでしょ」
「そう、」
じゃあ大丈夫だね。「なにが、」と言いかけたヒバリの、プールサイドについていた手を思いっ切り引っ張った。驚いたヒバリの目が見開き、一瞬だけ視線がぶつかる。バランスを崩したヒバリが倒れ込んでくる―――――派手な音を立てて、二人でプールに沈んだ。
実際にはたったの数秒間だったのだけれど、スローモーションのように全部がゆっくりと、私には見えていた。
ザバァ、とヒバリがプールから頭を出す。私もそれに倣った。
成功したイタズラにニタリと如何にも悪そうに笑えば、ヒバリが溜め息を吐いた。
「イヤな予感はしてた」
「が、避けられなかった、と」
笑んだまま訊けば、ヒバリがムッスリとした顔になる。それに更に笑いつつも、ヒバリの手を取った。水の中で手を繋ぐのは不思議な感覚だ。私の行動にヒバリがキョトンとした顔をしたが、その手を振り払ったりはしなかった。
「どうして深夜1時の学校のプールに、二人して入る必要があったの」
「ん……、なんでだろうね?」
「君ね……」
ハァ、とまたヒバリが溜め息を吐いた。それに合わせて水がぴちゃりと跳ねる。
「それに君なら、沢田達でも誘うのかと思ってた」
「あぁ、まぁ、ね。……今日はね、ヒバリが来てくれると思ったから」