『むかしむかしあるところにひとりぼっちの虎がいました。
虎は小鳥に話かけますがすぐに飛んでいってしまい、次にのうさぎや鹿にも話かけますが虎の姿が見えるとみんな逃げ去ってしまいます。
虎はただみんなと話がしたいだけなのに。悲しくて大きな声で叫びました。
それから、虎は今度は人里に降りることに決めたのです。
もしかすると人間ならわかってくれるかもしれない。寂しさを埋めてくれるかもしれないと。
けれど、虎をみた人間は大慌てで走っていきます。悲鳴やこどもの泣き声…そしてすぐに黒くて細長いものを向けられました。
乾いた音がするそれは虎の足元を擦り、怖くなって虎は帰りました。
《どうしてみんな逃げていくのだろう。》
《動物も人間もだめならもうだれもいない。》

山へと帰る時、聞きなれない音を拾いました。
ピンと耳が張り、そちらに一直線にむかいます。
目の前に広がるのは崖の上から落ちてくる大量の水が流れている場所でした。
虎は今まで小さな水たまりや葉の雫しか見たことがなく、夢中になり駆け寄ります。
上から落ちてくる水の音、跳ね返る飛沫、清い空気…全てが新鮮で、虎は水辺から覗きこみました。
そしてそこに写っていたものに驚きます。
真っ黒な身体に鋭い瞳、大きな口には太い牙が二本。
…こんなに恐ろしい動物を見たことがありません。
通りでみんな逃げ去り、嫌うはずです。
ならばと虎は、その身体を水の中へと投げ出しました。
見た目よりも速い流れに飲み込まれ、虎は水の中で自分の全てを呪いながら目を閉じました。

虎はあたたかさで目を開けました。
冷たい水はなく、ぱちぱちと弾ける音とゆらめく影に驚き飛び起きると、鈍い音がしました。
お腹のあたりをみると、こどもが眠っています。
さらに驚き、虎は後ろに下がりました。
しかしこどもは起きず、ぶるぶると震えています。虎はそうっと前足を伸ばし、子どもを火に近づけました。それでも震えは止まらず、ガチガチと歯があたる音も聞こえますし、なによりこどもはずぶ濡れでした。
虎はこどもを包むように座りなおしました。
こどもが起きたらきっと、怯えた瞳をされるだろう。期待はしない。けれどそのこどもの震えが止まったのを感じて、次は虎の心臓が震えたのです。

日が高く昇る頃、ようやくこどもの目が覚めました。
こどもは虎を見ると目をまん丸にして首に飛びつきました。
虎も跳び起きます。しっかりとまわされたこどもの腕は離れませんでした。
「あぁ!よかった!岩に打ち上がってたときは死んだかと思った!」
そう言うと虎の首に顔をなでつけてきます。
「生きてくれていてよかった!」
今度は虎が目を丸くし、しばらく動けませんでした。

こどもは日の光にキラキラと反射する金の髪を持っていました。黒々とした虎とは反対の綺麗な色でした。
こどもは虎から離れることなく側にいました。
そしてこどももひとりぼっちなのだと虎の毛を撫でながら言いました。
それから2人は一緒に暮らしました。
虎は初めての友だちに喜び、どこに行くのも付いて行きました。
ある夜、星で方向がわかるのだとこどもは天を指します。
虎はそんなことあるものかと半目で聞き流しました。
「あの方向をずっと進むと海があるんだ。一緒に行こう」
誘いではなく既に決定事項のようです。
虎はこどもがいればいいのでそのまま頷いて目を閉じました。
前に、海とは川が流れ行き着く場所でとてつもなく大きいのだと話していたことを思い出し、その日は海の夢をみました。
虎は船に乗っています。けれどこどもは現れませんでした。

海を目指し旅を初めました。
山を下り、川を渡り、茂みを歩き山を登る。木の下や岩影で雨を凌ぎ、泥を被ると笑い、獲物の肉を取り合う。こどもを背に乗せ崖をとんだり、木を倒して橋にする。人里に下りるとやはりみんな逃げ去り、時にはこどもにも恐れの目をむけました。けれどこどもは虎のそばから離れずにいてくれます。
虎にとってほんとうに楽しい旅でした。
ようやく海が見えた頃にはこどもと虎は泥だらけで、子どもが大好きな虎の艶のある毛は無残な姿でした。
けれど2人は海に夢中です。恐る恐る足をつけたり、舐めてみたり水浴びをしたり。
ひととおり遊んでからこどもが虎を抱きました。
虎が大好きなこどもの体温がじんわりと移ってくるようでした。
「一緒に海を渡ろう。海の向こうではお前を怖がる奴なんてひとりもいない。お前は勇敢な男の血を引いているんだから」
虎は黙ってこどもの話をききます。
こどもは優しく撫でていた手を止めて虎の顔を掴むと瞳を覗きこみました。
「エース。唯一の強き者、それがお前だ」
虎には名前があったのです。
それからエースという名の虎はこどもと海を渡り、幸せにくらしましたとさ』


物語はいつも肝心なところを隠す。
虎が海を渡って幸せにくらしたかって?
幸せになるためにはまだまだやるべきことがある。それこそ、この物語がただの初まりでしかないくらいに。




ブラックタイガーのエースとエースを迎えにきたこどもの話
















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