旧校舎の3階、突き当たりにある音楽室。エースはそこに辿り着いた。
埃っぽいが陽当たりはいい。今日からここでさぼろうと早速教室内へ足を踏み入れる。
ここの主役であろうグランドピアノだけが、他と違い埃もほとんどついていない。そのピアノの足に体を預けた。




どれほど寝たのかはわからないが、エースは誰かの視線を感じで意識がもどってきた。人が気持ちよく寝てるのに…文句のひとつでも、と思って目を覚ます。
オレンジ色に染まる教室内、よりも先にエースにとびこんできたのはきらきら光る金髪だった。
「あ、目覚めた?」
「…だれだお前」
「たぶん、今は幽霊だと思う。ていうか声聞こえるんだ!」
「はぁ?」
「なぁ、俺、透けてる?足ちゃんとある?」

変な奴に絡まれた、ととっさに思ったエースだが、その男のいう通り、うっすらと背後の机や黒板が透けてみえた。

「おっっ…!!」
「初幽霊だった?やっぱ透けてる?」

声にならない声をだしたエースだが、この幽霊らしくない幽霊男に恐怖心などは不思議と湧いてこない。

「…幽霊ってみんなそんななの」
「いや、俺は幽霊初心者だし、他の幽霊にあったこともない。なぁ、俺いまどんな感じ?」
「どんなって…普通の高校生だろ。足ないけど。あと…あぁ、顔の左側が黒くて見えねぇ」
「そうか。やっぱ、そうだよな」
「ん?」
「いや、幽霊ってやっぱ足ねぇんだなーって」
「お前、幽霊初心者なんだろ。なんでここなんだ?」
「あ〜〜いつもここでピアノ弾いてたんだ。だから、ここくらいしか行くとこなかったんだと思う」
「だからこいつだけあんまり埃かぶってなかったんだな…っていねぇ!!!おい!どこだよ!?見えねぇ!!」

突然消えた幽霊男を探すが、まったく返事がない。しばらくして、エースは夢でもみてたのだろうと、帰ることにした。
扉を閉めるとき、教室内を見渡したがやはり気配はなかった。





翌日、幽霊なら夕方の方がでやすいかも、と放課後に音楽室へ向かった。
なぜあの幽霊が気になるのか自分でもわからない、が、たぶん人より強すぎる好奇心だろう。
教室内にはやっぱり気配はない。しばらくエースは昨日と同じようにピアノの足場に座った。
「俺のことこわくねぇの」
「ぅお!?いきなりくんなよ!」
「悪いな。でも昨日の今日で来ると思わないだろ」
「…ここがいいんだよ」
「全然みたことないけど、新入生、でもなさそうだな」
「2年に編入してきた」
「じゃあ同い年だな!俺とは入れ違いか」
「俺、エースっての。お前は?」
「あぁ、サボだ。よろしく」
「…やっぱ幽霊は触れねぇんだな」
「だな。でも、ピアノには触れる。ほら」

鍵盤をゆっくりと撫でるように弾いていく。
「なんでだろ。」
「さぁ。お前、ピアノの地縛霊かなんかだからじゃねぇの?」
「地縛霊かぁ…なんか響きが嫌だな」
「なぁ、もういきなり消えるなよ。びっくりすんだろ」
「あぁ、悪い。自分じゃどうにもできないんだ。なんか、ひっぱられていくっていうか」
「初心者だからか?」
「初心者だからかも」

その日はエースのバイトの時間まで2人で話をした。
その翌日もまた翌日も毎日エースは音楽室に通い、サボと話をする。
突然消えることもあれば、エースより先にいてピアノを弾いているし、エースが先に帰ることももちろんある。
そうしてもうすぐ夏休みに入る。



夏休み中も、エースは時間がある限り音楽室へと通う。
「なぁ、ここに来てねぇ時はなにしてるんだ?」
「さぁ…たぶん寝てる」
「意識ねぇの」
「ないな」
特にすることはない。喋って、サボのピアノをきいたり、漫画を読んだりするだけだった。会えない日もある。それでも、他の友だちと遊ぶよりも断然、サボといる方が気楽なことに気づいた。
(友だちは幽霊って、なんかドラマみたいだな)
ただ、毎週のように会うことでサボが幽霊だと忘れることもあった。




夏休みもあと僅か。今日もエースはサボと会っている。
「なぁエース、お前ほぼ毎日学校にいるだろ」
呆れたような顔をしながらサボに言われてエースも、そういえば!と思いいたった。
「まぁ、サボといる方がおもしろいしな!」
「…ふーん」
「照れた?」
「それはない」
にやにやとするエースに、明らかにサボの顔は赤くなる。
「明日も来いよ。お前の顔が見たい」
「…半分しか見えねぇのに」
「半分でも!」
エースがサボの顔に手をのばす。
触れるか、触れないかの距離。
(やっぱ透けてる。)
どうしても触れれない。
「サボに、触ってみたい」
さらにサボは真っ赤になった。
「幽霊でも赤くなるんだな」
エースがまじまじと顔を覗き込むと、キッ とサボが睨みつける。
(ぅっわ!逆効果だサボ!)
エースは確かに、幽霊相手に欲情した。




2学期に入った。まだ蝉は鳴いているし蒸し暑いのも変わらない。初めは罪悪感のあったサボをオカズにすることにも慣れてしまった。
サボも変わらず音楽室に現れる。
サボに触れたいと、つい口に出してからもエースがここにくる限り顔を合わすことになった。




いつものように階段を上がっていると、ピアノの音がきこえる。今日はサボの方が早いらしい。
音楽室の扉の小窓から中を覗く。
サボがピアノを弾く姿がみえた。サボの指の動きにあわせ、体も少し揺れている。
ゆらゆら、揺れる髪と鍵盤を見つめる表情に釘付けになった。サボがピアノを弾いている姿は綺麗だと思う。
しばらくしてピアノが止んだ。
「エース、入ってこいよ」
覗いていたのはお見通しらしい。
「今日は早いな」
「たぶん1時間以上はいると思う」
「ずっと弾いてたのか?」
「弾くためにここにいるんだろ」
「十分うまいのに。わかんねぇけど。」
サボの指を覗き込んでも、いつもと変わらず鍵盤がみえる。
「いまの、ずっと練習してるよな」
「あぁ、コンクールの指定曲だったしな」
「へぇ」
「まぁ、もう、コンクール終わっちまったけどな」
そっと、鍵盤に触れるサボの手をエースは握りたくなる。
重ねようとした手はすり抜けて、エースは冷たいピアノの鍵盤に触れただけだった。
「どうした?エース」
「いや、サボ、なんか弾いてくれよ。俺にもわかるやつ」
「エースが分かるやつ?絶対わかんねぇだろ!」

ゆっくりと音がなる。久しぶりに弾いた!と笑いながら弾くのもかわいいと思う。

「しってるっつーの!キラキラ星だろ!」
「正しくはキラキラ星変奏曲だけどな」
「変わんねぇだろ!」

口を尖らすエースにサボはケラケラ笑う。
悪い、といいながらも笑い続けるサボにエースは触れたい、と強く思った。
綺麗で、かわいくて、笑って、まっすぐな瞳をしたサボに惹かれる。相手は幽霊なのに。
翌日からも毎日音楽室に通ったが、それからサボが現れる日はなかった。



また春がきた。校庭には桜が咲き始め、旧校舎の窓からも蕾をつける桜がみえた。
サボが現れなくなりもうすぐ半年になる。それでもエースは音楽室へと通った。
ギシギシと音のなる階段を、今日はいるか、いてくれと願いを込めてあがる。もしかして邪な気持ちをもってしまったからか。これも、半年間繰り返した。
2階を過ぎたところで、小さな音に気づく。
その音が何かに気づいた瞬間、エースは階段を駆け上がり、廊下を走る。
期待が膨らみ心臓がばくばくする。いつかきいたキラキラ星変奏曲、エースはあの日サボが弾いた曲でタイトルを覚えた。
3階の隅にある音楽室の扉を勢いよくあける。びくり、と肩を揺らした待ち望んだ影が顔をあげた。
ピアノを挟んでしばらく見つめあう。いつもは影になってよく見えなかった顔の左側の目が、自分を見つめていることにようやく気づいた。
ゆっくり近付くと、そっと顔に触れる。それから、ピアノに置かれた手を力を込めて握った。通り抜けない、確かな温もりがあった。
「成仏、したのかと思った」
きょとん、とした目はその後、涙がでるまで笑い転げた。

「悪い、悪いってば!」
今だひー、ひー、と笑いながらピアノにつっぷすサボにその場に座り込んだエースはむすっと拗ねる。
「お前、幽霊だったんだろ!でてこなくなりゃあ成仏したと思うじゃねぇか!!」
「そうだ、そうだよな!だから悪いって!」
一頻り笑い終えたサボは、ずっとエースに掴まれていた右腕に引きづられるように同じように床に座った。
「エース、俺の話きいてくれる?」
「いまさらまた幽霊なんて言ったらぶっとばすからな」
「幽霊は幽霊だったんだけどな。夏前くらいに火事にあってずっと入院してたんだ。その時に、幽体離脱ってわかるか?気付いたら自分の体が下にあって、また気づいたらここに来てピアノ弾いてた。ずっとひとりで好きなようにピアノを弾けるのはここくらいだったから、自然といつもここに来てたんだ。これでも結構重症でさ、やっと秋前くらいにはっきり意識が戻って幽体離脱しなくなった。だから、ここには来れなかった。ごめんなエース。会ってた時にちゃんと言えてればよかった。」
エースはゆっくりとため息をつく。それからサボの顔の火傷のあとを撫でようか迷った。
「ほんとにサボなのか?もう大丈夫なのか?」
「疑ってる?大丈夫、ほら。エースの方が大丈夫か?」
「あたりまえだろ」
エースが迷っていた手を、ほっしたサボの手が火傷の痕へと導く。
「幽体離脱ってのももうしないんだろ?」
「ははっそれはどうだろ」
「もうするなよ。したら、触れない」
「ばかだなエースは」
「サボが好きなんだ」
「知ってる」
「サボも俺が好きだろ」
「さぁどうだろ」
「好きなくせに」
「…この傷みて嫌な顔しないの、エースが初めてだ」
「ようやく見れたんだからあたりまえだろ」
そう言ってエースは火傷の痕に口付ける。何度も何度も口付けた。
「ほんと、ばかだなエースは」
ちゅ、と瞳に滲んだそれもエースが奪っていった。


















テーマ「嘘から始まる恋」
BL小説コンテスト開催中!
- ナノ -