本島から少し離れたこの島は夏になるとちょっとしたリゾート地になる。この島は海も山も美しく、自然からの恩恵を受け食べ物も美味しい。家族連れやカップル、友人同士などところどころで観光客にすれ違うことも多くなっている。
楽しそうに島を巡る人々にサボも少し気分が浮かれた。


サボの家は海側にある。ここの海が好きで、無理を言って半ば家出に近い形でひとり越してきた。
毎日海をながめながら過ごす贅沢な日々。そうして今日も海のそば、堤防の反対側を歩いて帰る。
7月に入ったばかりの夏真っ盛りといってもいい。空も海も青く、絶好の観光日和だ。そのため、海側の道は水着姿で歩く人の姿もチラホラいる。
唯一といっていいコンビニを過ぎたあたりで、すれ違う三人組のハーフパンツ姿の男たちの一人が声をかけてきた。

「ねぇ、君地元の子?」
「…そうですけど」
「この辺りなんかうまい飯屋とかない?」
にやにやと、嫌な笑い方だった。
「この道まっすぐいったら、青い屋根のレストランがありますよ」
よく観光ガイドにも載っている店を教えると、他の二人も声をかけてくる。
「あらら〜男の子にしては綺麗すぎねぇ?」
「こんな島に綺麗な子がいるとはね〜」
「飯奢るからさ!お兄さんたちといかない?」
「そこのコンビニに車停めてんだけど、ちゃんと家まで送るし!ね!いこう!」
ぐい、と一人が腕を引っ張る。
「いや、結構です」
「そんなこと言わずにさ〜」
「ちょっとお兄さんたちとあそぼうよ!」
「なぁんにも怖いことなんてないからさ〜」
「ほんとにいいんで、やめてください」
いいじゃん、とゲラゲラ笑いながらもう一人がサボの肩をぐい、と抱きよせる。
「やべぇ、すっげえいい匂いする!」
「まじで!?ほんとに男の子だよね?!」
ぐいぐいくる三人に思わずため息がでる。
「あれ?ため息?ため息つくとさ、幸せが逃げちゃうよ」
「お兄さんたちが幸せ〜て思わせてあげるからさぁ〜」
さらに両側から挟み込まれるように肩を抱かれた。きみなら俺最後までイケる気がする、と顔を近づけてきた右側の男の顔に裏拳を一発。
「だから、行かねぇって言ってんだろ!」
突然倒れた仲間に目を丸くする二人。が、すぐに左側の男が肩を押す。
「なにやってんだてめぇ!」
突き飛ばされよろけそうになったところで踏みとどまり、勢いを利用して回し蹴りを一発。
倒れた男の後ろからおらぁ!と怒鳴りくる男にも頭突きを一発。
三人の男が沈んだところでヒュ〜と軽い口笛が聞こえた。
「なんだ、俺の出る幕はなかったな」
堤防にいた男が下りてこちらに歩いてくる。
「よくあんの?こういうこと」
作務衣姿に頭にタオルを巻いた、その男は興味深そうに顔を覗いた。

男の疑問に落とした鞄を拾いながら答える。
「…いや、そんなことはないけど」
「なんだ!てっきり慣れすぎて強いのかと思った」
「あぁ、こんなことはあまりないけど護身術くらいは身についてる。自己流だけど」
「へぇ!自己流の護身術でこんだけできればすげぇよ!」
「どうも」
「あ、もしかして俺もナンパと思われてる?あんたが迷惑そうにしてたから助け舟くらいはと思ったんだ。ぜんっぜん必要なかったみたいだけどな!」
人付きしそうに笑った男の顔を今度はサボがみつめた。
「あ、俺エースっての」
「サボだ」
「なぁサボ、今から時間ある?」

ちょうど今休憩中だったんだ、と言う男は堤防の上に置いていた2リットルのスポーツドリンクをつかんだ。サボは興味本意でついて歩く。
「俺、この山の裏に住んでんだけど、サボもこの辺り?」
「おれの家はこの先の坂を少しあがったとこ」
「案外近いな。ちいせぇ島でも会わねぇときな会わねぇもんだな!」
「ここに越してきてそれほど経ってないしな。エースは?よくこの辺りにでるのか?」
「いや、俺は仕事があるし、夏と冬は特に忙しいからこの辺りはあんまりだな…」
「同い年くらいだと思ったけど」
「今年で17だ」
「同い年かよ!」
「まじか!サボは少し下に見えるな」
「どこがだよ!おれの方が身長高いのに!」
「靴だろそれ!靴で上乗せしてんだろ!俺
のみてみろ!ぺったんこだぞ!」
ぎゃいぎゃいと二人で喧嘩しながらサボの家を過ぎて浜辺に降りる。
「いや、俺の方が筋肉あるし」
「おれだって筋肉くらいある」
「シックスパックあんのかよ?」
「そういうエースもあるのか?」
バチバチと火花が散りそうになったところで怒声がふってきた。
「エース!!」
「!!!」
「ったくてめぇはどこほっつき歩いてんだ!」
「まてマルコ!隣のはエースの連れか!?」
「…いや、ハジメマシテ」
「このくそ忙しい時にナンパかよ〜」
「ちげぇよ!!」
「じゃあなんでここに連れてきてんだい…」
「…なんでだろ?」
「こっちが聞いてんだよい!」
独特な髪型をした人と、リーゼントヘアの男がエースに詰め寄った。
「あ、すみません。勝手におれが付いて来ちゃって」
「いや、誘ったのは俺だ!なんか、ここを見せてやりたかったんだよ!頼むマルコ!」
「また勝手に…!それに、それを決めるのはおれじゃねえよい!」
「ったくエースは。すまねぇな。こいつも強引に誘ったんだろ」
二人は大きなため息をついているが、どこか楽しそうだった。エースに連れねぇ、とまじまじと顔をみたあとに、親父はあっちだ、と示した。
「やっぱ帰った方がよくないか?」
「いや!ここまで連れてきた俺にも責任ある!」
エースが手を引くのを、砂に足をとられながらついていく。
「親父ー!!」
エースが呼びかけた先に、大きな背中が見えた。



どうしてこうなったかサボもよくわからなくなった。
エースという男に出会い、誘われてここへきた。3人組は断ったのになんでついてきたのか考えた結果、こいつなら大丈夫と自分でもわからない自信があったんだと思う。
そうして今は、花火大会の設営の打ち合わせに走り回るエースを『親父』と呼ばれた人とみている。

「あの、さっき知り合ったとこなんでよくわからないんですけど、エースが花火を打ち上げるんですか?」
「そうだ。まだまだ一人前には程遠いがな。サボといったか。どうだエースは」
「どうって…」
「エースは俺のとこにきてから花火に囲まれて育った。まわりは年上ばかりで碌に連れもいねぇ。そのエースが初めてそれらしいのを連れてきたんだ。まわりをみてみろ。エースの初めての連れだってそわそわしてやがる」
グララ、と豪快に笑うのをききながらサボがまわりをみる。確かにチラチラとこちらをみる人が多かった。
「あいつと血はつながってはいねぇが、俺の息子同然だ。息子の連れは歓迎する。」
強面で眼光が鋭いがどこか優しい雰囲気をもつ男の言葉に少し照れる。
少し俯くと、またグララと笑って大きな手でわしわしと頭をひっかきまわされた。

「あーーっ!親父!サボになにやってんだ!」
「うるせぇ!連れと遊びたかったらとっとと終わらせろ!」
「ぐっ…!べつに遊びたいわけじゃねぇ!」
ぎゃいぎゃい叫ぶエースは二人掛かりで連れて行かれた。それをみて思わず笑ってしまう。
「エースにも遊ばせてやりてぇが、この通りくそ忙しい時期でな。馬鹿の手も借りてぇくらいなんだ。この祭が終われば少しは時間もできる。」
「でもエースはすごい楽しそうですよ」
視線の先のエースはすでに職人の顔になっている。白ひげはただ、眩しそうにエースを見つめていた。


打ち合わせは日が落ちる前に終わった。花火大会までに2日しかないため、打ち合わせが終わっても仕事はごまんとある。
撤収〜とかけられた声で堤防前に停められた車に機材を詰め込む。
今度は一度作業場にこい、と白ひげは笑って車に乗り込んだ。それぞれが車に乗り合って作業場に戻るらしい。
「ほれ、エース」
サッチというエースの先輩でもあるその男がキーホルダーを投げた。
「いくらこんなちいせぇ島で家が近くともちゃんと送っていってやれよ」
これは親父からの伝言だ、と言い置くと手を振ってさっさと車に乗り込んで行ってしまった。
「いや、ほんと近いんだけど」
「…親父が言うなら仕方ない。送ってくぜ。また絡まれてもめんどうだろ」
「あぁ、それもそうだな」
「いま思い出したろ」

苦い顔をしたエースと堤防近くに停めてあった車に乗り込むと、スムーズに発車された。ゆっくりと落ちていく日にエースの横顔が照らされる。
その横顔が、同年代とは思えないほど大人びていてサボは目を逸らす。
それを知ってか知らずかエースはくく、と喉で笑った。



2
ある男の話をしよう。
男は山の中腹の自宅兼作業場に住んでいる。ここからは海が見えるし、裏は畑と山が広がっているのどかなところだ。
仕事に追われながらも随分前から不思議な夢をみていた。自分は海賊で、何千という男たちを率いる船長だった。
なんとも都合のいい夢で、近しい組員は己が抱える作業員と同じ顔ぶれで、同じく『親父』と呼ばれていた。
いくつもの海を越え、出会い、闘い、酒を飲み、別れを繰り返す。
ある日夢の中で、仲間を守る若者を気に入った。しかし毎日のように自分の命を狙ってくる若者だった。そこもまた気に入っていたのだと思う。
その若者が自分を『親父』と初めて呼んだ日、起きてもなお目頭が熱かったのを覚えている。
若者はエースといった。エースには盃を交わした弟がいて、弟も海賊になることが夢だと、あいつの先をみるのが楽しみだと笑った。
組員は全員、等しく愛する家族だった。大勢の息子たちといくつもの海を越え、共に生きた。
だが、しばらくしてからみた夢は悲惨なものだった。後ろ手に組まれたエースが遠くに見える。地は揺れ割れ、氷が降り、人が投げ飛ばされ叫びが聞こえる。身体ももうガタがきていることがわかった。
その時『エース!』と一際大きな叫びをきいた。例の、弟だ。
その弟の前でエースは死んだ。そうしてまた己も死んだ。
目覚めたとき、これが前世だと、夢でみた以外の記憶もなだれ込む。
そうして早送りされた前世の記憶の最後、海が見える場に見慣れない墓が二つと一人の青年。墓には見慣れた服がかかっていてすぐに理解する。自分とエースのだ。そして金髪の青年。昔一度だけ、エースが語ったもう一人の亡き兄弟だとわかった。死んだはずの兄弟の声が身体に沈んだ。

目が覚めたとき、木張りの天井が薄暗くまだ夜明け前だった。前世の記憶が戻ったいま、なぜか晴れ晴れとした気分だった。なんなら今すぐ息子たちを抱きしめにいきたい。しばらく考えていると、ざわざわと風に揺れる木に混じってなにかが聞こえた。
ゆっくりと起き上がり、裏山へと入る。
ざわざわ、ざわざわと揺れていた木々がぴたりと止んだ。あたりがだんだん明るくなって光が射し込む。大きな木の根元を射したとき、見慣れない籠をみつけた。

「…まったく、おまえはいつの世も親に縁がないのか」

籠を覗き込むとおぎゃあ、と泣く赤ん坊がいた。大きな手で抱き込むと赤ん坊は泣き止み、じっと男の顔を見る。

「グララ!それとも、また俺の息子になりにきたってのか」

ケラケラと笑いだした赤ん坊をさらに強く抱きしめた。

「馬鹿だな。この世界じゃ、もっとまともな親候補くらいいるだろう。…泣くな泣くな!いつだっておまえはおれのかわいい息子だ。エース」



「はぁ!?赤ん坊をひろった!?ってこのクソ忙しいときに…!」
赤ん坊を抱いて戻ったときにはすでに日が昇りきっていた。しばらくエースと山から海を眺めていたのだ。二人の第一発見者は長くいるマルコだった。前世からの顔ぶれの中でも特に側にいた男だ。
「エースだ」
「親父、あんたって人は…いや、隠し子よりましなのか?」
頭を抱えるマルコは、エースという名前にも反応しないあたり、記憶はないのだろう。
そうこうしてマルコたちの反対を押し切り、エースを息子に迎えた。
まさに男手ひとつ、ふたつ、みっつ…男たちの中でエースは育った。はじめは反対したマルコが一番エースの世話をやく。
またひとつの家族ができた。



エースを息子に迎えた日のことを思い出す。そして、今日エースが連れてきた少年をみたとき確信した。この少年が、墓の前にいた青年だと。

「なぁマルコ。エースは山に捨て置かれたが、おれはずっとエースは海からきたと思ってる。海からおれたちに会いにきたんだ。」
「親父、疲れてんのかい?少し休んだ方がいい」
「グララ!…あぁ、わかってる。そんなことはまずねぇってことは。エースが珍しいことするからだ」
「あぁサボだっけか。今日はじめて知り合った割には気があいそうだ」
「あいつは愛してくれる奴をちゃんとわかってると思わねぇか?でなきゃあ、こんなにあいつのまわりに集まるわけがねぇ。それこそ、信じちゃいねぇが神ってもんにまで愛されてるかもしれねぇな。」
「神ねぇ…それじゃあサボが昔っからエースの運命の相手みてぇだよい」
マルコの言葉にグララ、とまた車が揺れるほど笑い、マルコはハンドルを取られぬように握りしめた。




坂の上の小さなアパート。それがサボの家だった。小さいがサボひとりが過ごすには十分である。
助手席のドアを閉め、窓を覗く。
「ありがとうエース」
「あぁ。こっちこそなんか悪かったな」
「いや、毎年みてるのに初めて花火師って知ったし楽しかった」
「そうか。今度は作業場にこいよ!親父もこいっていってたし」
「あぁ、お邪魔しようかな」
「よっしゃ!あ、サボの連絡先教えろよ」
「あぁ」
画面をタップしてエースに渡すとすぐにエースの連絡先が入った。
「これでよし!また連絡する。絶対花火みにこいよ!」
「あぁ。親父さんたちにもよろしく」
じゃあ、とエースが手をあげると車が走り出すのを見送り、サボも家へと帰った。


3
やはり忙しいエースとは連絡もとらず、花火大会当日になった。
前の通りにも出店が並び、観光客も多い。がやがやと騒がしい声をききながら夜が待ち遠しく感じる。
ピコン、とメッセージを受信した携帯を手に取った。履歴のないメッセージページにはエースからだった。




パジャマ代わりにしようと買っていた甚平を取り出して袖を通す。まだサイズはいけそうだ。
家を出て浜の方へ。エースがどうやら花火を近くで見えるように口利きをしてくれたらしい。忙しそうに駆け回るひとの中、申し訳ないなと思いながらエースを探した。
エースならあっちにいたぞ、エースなら確か、とサボを見かけるたびに背中に白丸を背負った男たちが声をかけてくれる。
教えてもらった方へとすすんでいくと、親父、こと白ひげをみつけた。
「こんばんは。」
「よくきたな。今日はエースが特別席を用意していたぞ」
にやり、と笑った白ひげは小舟へと向かった。その先にエースもいた。サボに気づいたエースは走り寄り、サボをみる。
「甚平って…サボはどっちかっていうと浴衣だろ…」
「甚平しか持ってないし」
「まぁ、甚平も似合ってんだけど、脚出過ぎじゃねえ?」
「そうか?」
「そうだ」
少し考えていたエースだが、サボの手を引くと設営テントへ連れて行った。
「サッチ!こっからサボもみるから頼む!」
「おうよ!」
「じゃあサボ、ここから花火みててくれよ。」
そういうや否やエースは小舟に戻る。
「いやぁエースの青春かぁ。」
「若いっていいねぇ」
「あのエースがなぁ」
テントにいた男たちがそれぞれ話すが作業はてきぱきこなしていた。




この島の花火は海からあがる。
台船をだし、そこに打ち上げ筒を並べる。この台船は大きさが限られているため、数人の花火師と親父しか乗れない。
「エースは若いが、あいつにはセンスがある。どこに星をおけばいいかわかってんだ。あいつは最年少で花火師になった」
サッチが手元のパソコンを叩きながら話す。
「昨年の花火を見たか?なんせ、白ひげ組の花火と言えば世界中から人がくるんだ。その期待に応えなきゃあいけねぇ」
「…水中からあがる花火を見たのを覚えています」
「エースはモーターボードで海を走りながら花火をあげた。サボがみたもんだ。いくつも海で花火が開いて散ったと思ったらまた開く。おわりかとおもったら回しがでて最後にリングだ。あれがエースのでかいとこのデビュー作だ。今まで水中花火なんて考えてもなかったからな。度肝を抜かれたもんじゃねぇ」
着々とすすむ準備の中、サッチがトントン、とパソコン画面を指す。
中は映像で、台船の様子が映しだされていた。
「エースは花火が近いここを特別席といったが、おれ的にはコレも特別席特典だ」
サッチはウィンクするとサボに見えやすいようにパソコンをずらす。
「いや、別におれは花火を見に来たんで、」
「打ち上げるときのエースはかっこいいぞ。花火だけじゃなくエースも見てぇだろ?ん?」
にこやかに言われては断れず、サボは画面の中のエースをみる。
暑さで汗だくになりながら、指示をだしているのだろう。動きに無駄がない。
同じ歳だとは思えない雰囲気があった。
画面の中の男たちが耳を塞ぐ。サボの耳にも、ヒュ〜と音が聞こえた。
大きな花が咲き、ドン、と心臓に音が響く。
はじまった。
周りから拍手と歓声があがるのを遠くでききながら、花火に見入った。



世界中から人が集まると名高い白ひげ組の花火は斬新で素晴らしかった。昨年みたときよりも、さらに目と心臓にくる。
ドン、ドドン、ドン、とあがる花火にただ惹きつけられた。
しばらくして花火の音と光がやんだ。画面を覗くと次のセットをしているようだった。
スーっとひとつ音があがる。続けてもうひとつ、もうひとつとあがっていくがまだ花は咲かない。いくつか花火があがったと思えば一斉に火花が散った。散った火花からでてきたのは龍だった。まっすぐに天高く昇る火の龍。あがったかと思ったら下から散っていく。散っているはずなのに、龍はまだ天へ昇るために体をくねらしているようだった。龍が昇った後、あたり一面に火花の壁ができた。炎のような火花が海へ吸い込まれていく姿は圧巻だった。




空はまた黒にもどるが、鳴り止まない拍手と歓声が響いていた。まるで地面が揺れている錯覚を起こしそうなほどだったが、サボは真っ暗な空をまだ見上げていた。残りの煙が払われても、最後にみた火の壁が目から離れない。
台船から撤去されたものが小舟で運ばれてきて、設営テント付近も騒がしくなったころ、ようやくサボも邪魔にならないように端により、サッチに手伝うことはないか聞いてみる。
「こっちの手伝いはいいからエースの回収頼む!親父からokでてるし、もうすぐ舟で戻ってくるから」
聞いた通り、舟がつくのを待つ。黒い海に揺らぐ舟がゆっくりと近づいてくる。と、影が海の中に吸い込まれていった。
しばらくすると舟より先に影が海からでてきた。
「エース!」
ずぶ濡れになったエースはサボをみるやいなや手を取り、ひとゴミの中を掻き分けていく。
ずぶ濡れのエースに迷惑そうにしたり、酔いしれて気づかない人の中をサボもできるだけ避けながらついていく。
海からあがったエースの手が熱い。もしかしたら自分の手が熱いのかもしれない。だんだん人混みが少なくなってきても熱い手は離れなかった。
「エース!どこにいくんだ!」
「サボん家!」
「えっなんで!?」
「一番ちけぇだろ!」
確かに、山にあるエースの家よりは近い。
二人して人がまばらになった道を走ると坂が見えてきた。はぁはぁと息切れしながら駆け上がり、甚平のポケットから鍵をだす。
カチャカチャと息が上がってなかなか鍵穴に刺さらないのをエースの手が覆い、ガチャリと鍵をまわす。ドアが開けきらないうちにエースに部屋へ押し込まれたところで肩に痛みが走る。いてぇ、という言葉は音にならず喉に押し戻された。壁に抑え込まれ、元々あがっていた息をさらに飲み込まれる。
はぁ、と隙間から息を吸ったところでぬる、と舌が差し込まれた。
じゅる、と吸われる感覚がしたが、飲み込めなかった涎が口元を汚す。上顎を擦られ歯列をなぞられ、たってることもままならない。
ずる、と身体が下に落ちそうになったところでいつの間にか脚の間に差し込まれたエースの膝が支え、ぐり、と刺激する。
「…っん!」
「はぁ、サボ、」
ぐり、ぐり、と何度も刺激されるたび声がでてしまう。
「サボ、ここもって」
促され両手をエースの首にまわすと、引っ張りあげられるように腰を支えられた。
エースの顔がすぐ耳の側にあり、荒い息がかかってぞくぞくする。それだけでも声がでそうだ。
腰に回された手がズボンの中に入っていき、ぎゅう、と強く手に力を込めた。





4
「海にいくぞ」
揺さぶられて目を覚ます。
「…なに、もうすこしねたい」
「ははっ!ひでぇ声」
「だれのせいだ」
「全部俺のせいだ。ほら、早く」
シャツを投げられてゆっくり袖を通す。少し動いただけで何処とは言わないが痛い。眉を寄せたことに気づいて、エースが手を伸ばした。
「ほら、辛いんだろ?俺のせいだからな。エスコートはまかせろ」
伸ばされた手をとり、力一杯引いてやった。
「あっ、ぶねぇ!」
シーツに埋もれた顔をあげたところでキスをした。きょとん、としたエースの顔をみてつい笑ってしまう。
「仕返し」
「…仕返しになってねぇし」
もう一度キスをしてから、急かされるように外へ出た。

羽織っただけのエースのシャツが風にはためく。白いシャツのむこう側には昇ってきた太陽に反射してきらめく海。
しばらく無言で二人で歩いた。
昨日とは違ってしんと静まり返った浜におりる。ざざ、と波の音だけが聞こえた。
エースは波止場に並んだ小舟のロープを外している。昨日浜と台船を繋いだ船だ。
乗り込むと手招きする。ちょっとはおれの身体を考えろ。
「ほら、サボ!いくぞ!」
だけど、呼ぶ笑顔がかわいくて。ゆっくりと舟に乗った。

小さな舟だった。二人で向かいあって座るとエースがオールを漕いでぐんぐんすすむ。
台船を抜いて、さらに海へ。
「大丈夫なのか、この舟」
「でけぇのが6人のっても沈みやしねぇよ。俺はサボの尻が心配だ。」
「だったら少しは考えろよ…」
後ろを振り返ると島がどんどん離れていく。
「どこまでいくんだ」
「いけるとこまで、といいたいがこの辺りが限界か」
オールを置いて、エースがサボをみる。つられてサボもエースをみる。

「俺さ、夢をみたんだ」
「夢?」
「そ!サボと会ってからみるようになった。夢で、サボはひとりで舟に乗るんだ。海は青いのにサボが行く方向は真っ暗で、俺が止めても悠長に手なんか振ってる」
静かな海にはゆらゆら揺れる舟にエースの声しかない。
「どんだけ呼んでもひとりでいっちまうから。だから、夢ではすっげぇ無視されたし絶対二人で舟にのってやろうって決めてたんだ」
「それでいきなり舟か」
「花火が終わっわてからじゃなきゃ舟がだせねぇからな。」
「二人で乗れた感想は?」
「最っ高!どこへでも行けそうだな!」
「あぁ。おれもそう思う。」
「もう分かってると思うけど、俺、サボが好きだ。」
「順番がめちゃくちゃだな」
「サボだって乗り気だっただろ。」
「あれはエースにあてられたんだ」
「えっじゃあサボは俺のこと好きじゃねぇの!?迫られたら誰でもいいのか!?」
「ばかっ!エース!いきなり立つな!」
エースが立ち上がりサボに詰め寄ったことにより舟のバランスが崩れる。ぐらぐら左右に揺れる舟から二人は放り出された。
ドボン!と水柱を立てて二人は海の中へ。この辺りは澄んでいて、海の中は鮮明にみえる。落ちたエースの顔もばっちり。
目があって二人で海上に顔を出してひたすら笑った。笑いすぎと身体が痛くて泣いていたかもしれない。





5
遠い海に一艘の小舟が浮かんでいる。青い中にひとつの茶色はよく目立つ。あれはうちの馬鹿息子だな、と白ひげはため息をついた。
小さなころからエースは海を愛した。放っておくとどこまでも潜っていく。人より息が持つ分、長く海の中へ中へと進んでいく。御伽噺のように、エースにはヒレがついていていつか海に帰るのではないかと思ったほどだ。前のエースは海を愛したが実の力に呪われていた。自分もそうだったが、それでも海へ出た。今でも海に入る時は一瞬戸惑うものだが、当たり前にエースにとまどいはない。
エースにはもう実の呪いも、出生の呪縛もない。
きっと、あの舟には金髪の少年ものっている。いつか海賊になるのだと約束したなくした兄弟。
前からもってきたとすれば、愛することと愛されることだけだ。すれ違いになった二人がようやく出会えた。
「おれのかわいい息子が、幸せにならなくてどうするんだ」
グララ、と豪快に笑った声は草を波立たせ葉を揺らす。もう地を割る術はないが、愛しい家族に花火と海がある以外、なにが必要だろうか。





















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