天馬と京介と優一 | ナノ



身を刺すような寒さに耐えて病院へと足を運ぶ。
最近特に冷えこんできて、吐く息はいつも白く染まる。
いつか雪も降るかもしれない、そう考えながら開いた扉の先へ入ると、全身を暖気が包む。
すっかり見慣れた受付の人の笑顔を受けながら、兄さんの病室に向かう。

「京介、鼻が真っ赤だぞ」

扉を開いて一番に言われた言葉に、ばっと鼻を触った。
手も鼻も冷たくてもうよくわからない。
くすくす笑う兄さんは、俺を椅子に座らせると、細い手で俺の頬を包みこんだ。

「あ…」

じんわりとぬくもりを感じる。
兄さんの手はあたたかくて優しくて、俺は小さいころその手で頭を撫でられるのが好きだった。
……今も好きだなんて言えないけど。

「ほら、これであったかくなっただろ」
「…でも、兄さんの手が冷たく…」

そっと頬から手を離せば、兄さんが苦笑して、

「そんなこと気にするな。ここにいればすぐにあったかくなるさ」
「……ああ」

またやってしまった。
兄さんの苦笑は、あまり好きじゃない。
気を遣わせてしまったと感じて、自己嫌悪してしまう。
薄く笑えば、兄さんが頬をまた触ってくる。

「京介は白いなー」
「…気にしてるんだ」
「はは、悪い悪い。でも雪みたいで綺麗だな、」

微笑む兄さんを見たら、もう何も言えなくて。

「雪、降らないかな」

ぽつりと呟いた兄さんが、窓の外をぼんやり見た。
今日は曇っている。
けれどここは東京だ、そんなに雪も降らない。
雪のやつ兄さんが言ってるんだから降れ、と無茶なことを思うが、代わりに降ったのは

「雨……」
「京介、傘持ってきたか?」
「ああ、一応…。降りそうだったから、折りたたみ傘…」
「そうか、ならよかった」

別にそんなにすぐ帰るわけじゃないから、いいのだけど。
兄さんはそれを聞いて安心したように笑った。
このままずっと兄さんの傍に居たい。帰りたくない。
そんなことを言っても困らせるだけなので言わないでおく。

「部活のほうはどうだ?ちゃんと出てるか?」
「…ああ」
「天馬くんのこと邪険に扱ってないか?」
「な、なんで…」

丁寧な扱いはしていない。
兄さんがなんでそんなこと。

「この前天馬くんが、剣城がひどいんですよーなんて言ってきたから」
「あ、あいついつの間に…!」

松風は兄さんの病室によく来ている。
が、それは大体俺も一緒だ。
まさか一人で来ているなんて思いもしなかった。

「シュートの後ハグしようとしたら避けられたー、って」
「だ、あ、あれは…あいつらがそんな恥ずかしいこと…してくるから…その」
「京介は恥ずかしがり屋だからなあ」
「べっ、別に!」

勢いで立ち上がってしまった。
はっ、と気づいてゆっくり座り直せば、兄さんが声を出して笑う。

「あはは、ごめんごめん。でも天馬くんは京介に避けられるの悲しいって言ってたぞ?」
「お、俺はそんなことしたくないし」
「じゃあしてやらないのか?」

じーっと兄さんの瞳が俺を見つめる。
五秒、十秒、……堪え切れない、

「おっ、俺、喉乾いたからっ」

ばっと立ち上がって病室を出ていく。
と、わあっ!っと聞きなれた高い声が。

「……あれ、剣城、どこ行くの」
「…この馬鹿野郎!」
「えっちょっと待って!なになになんで!?」

待ってよ剣城ー!なんて犬みたいに追いかけてくる松風から逃げるように早足で歩く。
しかしふと思いついて、止まってくるりと振り返った。
わ、と驚いて松風も慌てて立ち止まる。

「お前、」
「え?」
「…俺と、その、は、ハグしたい、のか」
「……へ?」

ぽけーっとした顔で首を傾げられて。
今自分が言ったことを冷静に思い出したら、顔が熱くなるのがわかった。

「な、なんでもない!」
「えっ、な、なんで?どういうこと?ねえつるぎいー!」

後ろから聞こえる声に耳を塞ぎながら、俺は必死に赤い顔の温度を下げようとしていた。



.ひたひたと心臓を染めていくもの/幸福