わたしはいつだって君を見てたけど、君は一度だってわたしを見たことがないね。 彼はわたしの幼馴染みに恋をしていた。幼馴染みに焦がれる彼は可愛かったけれど、わたしはそれを見るたび自分が汚い感情でぐちゃぐちゃになっていく気がした。 彼を救ったのはわたしではなくわたしの幼馴染みなのだから、それはどうしようもない真実であり今更変えられもしない事実で、わたしは魔法みたいに時間を巻き戻せたらいいのに、とたびたび思った。 わたしは魔法が使いたかった。小さい頃から可愛い洋服に身を包んで、楽しげな魔法を使うテレビの前の女の子に憧れた。女として生まれたら、誰もが経験する憧れだろうと思う。 けれどその憧れから、いつか必ず女の子は卒業していく。わたしの住んでいる世界では魔法が使えないと知ったから。残酷な真実は、純粋な心を汚していくのだ。 けれどわたしは、真実を知った今でも、憧れから卒業出来ていない。 「剣城くん」 と呼ぶのは簡単だったけれど、彼と目を合わせるのは難しい。剣城くんはわたしと目を合わせない。理由は知らないけど、予想は何となくついていた。 彼はいつものようにわたしを見ないで、それでもわたしの言葉を聞くために足を止める。 彼はいつも中途半端な優しさでわたしを傷つける。無意識なのか故意なのか、わからないけどどうでもいいことだ。 「天馬なら、音楽室だよ。リコーダーのテスト、不合格で居残りなの」 さっきからきょろきょろ辺りを見回していた剣城くんにそう告げれば、そうか、と返ってきた。 動く気配は、ない。 「行かないの?」 剣城くんは何も言わない。わたしはそれを肯定と受け取って、彼の隣へ歩いていく。 よく友達やクラスメートから、どうして剣城くんに近付けるの、と言われるけれど、むしろどうしてみんなは行かないんだろう。彼は優しいひとだ。優しいから、拒絶はしない。 拒絶をされないのなら、いくらでも傍に行ける。わたしが剣城くんと話す術は、それしかないのだから。 けれど彼は、いつだって他のところを見ている。わたしがいくら見つめたって話しかけたって追いかけたって、わたしの方に振り向くことはない。 沈黙が続く。剣城くんは多く喋るひとではないから、沈黙を破るのは必然的にわたしになる。 「剣城くんは、どうして天馬が好きなの?」 剣城くんは一瞬目を丸くした。レアな表情だ。山菜先輩みたいにカメラがあったら撮れたのにな。 馬鹿な質問だと、自分でも思った。理由は明らかだ。小学生でも分かるくらいにドラマチックな恋の落ち方をしていたし、それをずっと見てきたのは他でもないわたしだったのだから。 慌てて体の前で打ち消すように手を振った。 「ご、ごめんね、変なこと聞いちゃって」 「……分からない」 「え?」 ぽつり、小さく剣城くんがそう答えたから、驚いて横顔を見つめた。腕を組んで下を向いて、何かを考えているみたいだった。 「……天馬に助けられたから、じゃあ、ないの?」 そう問いかけたら、少しだけ眉を下げた。本当に、ほんの少し。わたしはてっきりそうだと思っていた。それが理由ではなくとも、きっかけの一つにはなったと思っていたのだけれど。 「……分からない」 また、同じように答えられた。本当に分からないんだろうと思った。剣城くんは、きっと多く恋をするタイプでは、ないだろうから。 「…でも、好きなんだね」 そう言えば、頬が赤く色づいた。それを隠すように右手で顔を覆ってしまったけれど、わたしはばっちり見た。 わたしは天馬のことが好きだけど、それは恋でも愛でもない。よく話すけど、そのたびにドキドキもしない。 そうなるのはいつだってずっと、横にいる彼なのに。 ねえ神様、わたしに魔法を使わせてよ。 「あ、剣城、葵!」 リコーダーを持った天馬が、大きな声でわたしと剣城くんを呼んだ。 ばっと剣城くんが天馬の方へ向いて、微かに笑う。わたしはそれをちらりと見た後、同じように天馬の方を向いた。 屈託なく笑うその顔を羨ましいと思うのにはもう慣れてしまって。 けれど、わたしがもし魔法を使えたらきっと、わたしの大好きな彼の恋のために使ってしまうんだろうな。 剣城くん、好きだよ。この言葉を伝えることは、たぶん一生ない。 やさしいうその魔法をつかう/幸福 |