出逢った最初は最悪の印象しか持たれていなかっただろう先輩だけど、勉強を教えてもらうくらいには仲良くなった。 先輩と一緒の高校に行きたいなんて自分の性格上とても言えなかったから頑なに黙っていたけれど、俺はつまり霧野先輩を追っかけてある高校に入った。 レベルはそんなに高くないからあんまり苦労はしなかったけど、これでキャプテンとか追いかけてたら落ちてただろうな。 霧野先輩は少し驚いて、それから笑って、またよろしくなと桜の舞い散る中で言った。 高校でもサッカー部に入った。お前とまた一緒だなあ、と先輩は苦笑していたけど、嫌ではなさそうだった。 中学の時は大体キャプテンと一緒にいた先輩だけど、キャプテンは有名な進学校に行ってしまったので、俺が知らないような人と話しているのをよく見かけた。ちょっと嫉妬した。 あともう一年早く生まれてたらな。悔やんでも仕方のないことだけど、よくそう思った。 霧野先輩とは家が近い。俺は家ではなく園だけど。 部活が一緒なので、必然的に霧野先輩と俺は一緒に帰ることが多くなる。 四月はよく心配された。お前の性格で友達出来たか?大丈夫か?……心配っていうより馬鹿にされてたかも。 猫を被るのが癖になっていたから友達なんてすぐに出来た。それが虚しいなんて言われなくても分かるけど、俺はそういう方法しか知らない。 本性を出せるのは霧野先輩しかいないから、暇な休みの日によく遊ぶようになった。 夏、秋と季節は過ぎる。冷たい風が吹くようになった冬、俺は相変わらず霧野先輩に恋をしていた。 霧野先輩が好きだった。いつからかは覚えてないけど惹かれていった。この恋は叶わないまま終わっていくんだろうな、と思ったけど、仕方のないことだ。 霧野先輩は外見とは正反対に男らしい性格をしていて、女子に人気なことも中学の時から知っている。 いつか霧野先輩に彼女が出来て、こうやって頻繁に会ったり遊べなくなるまで、せめて恋をさせてほしい。 願いながら、傍にいた。 そんな日常の中、部活が終わって帰り道を歩いていた時だ。 コンビニに寄って買った肉まんにかぶりつき、先輩の話を聞いていた。 サッカーのことテレビのこと、他愛もない話をする。俺は相槌を打ちながら、恋愛の話がこないことを祈っていた。 が、俺の祈りも虚しく、年頃の男子である霧野先輩の口からこんな言葉が飛び出した。 「狩屋は、好きなやついるのか?」 はいいます、先輩です。言えるはずもない。 動揺を顔に出さないようにして、「霧野先輩はどうなんですか?」と返す。 先輩は少し考えるような仕草をして、それから少し俯いて、ばっと顔を上げた。 真剣な顔をしていたので、ちょっとびっくりした。視線がかち合う。 「俺、いるんだ。好きなやつ」 がん、と打たれたような衝撃が静かに俺を襲った。 そりゃあ、いるよな。いるに決まってる。今更何ショック受けてるんだろう。 俺のこの気持ちは成就しないって分かっていたつもりだったのに、こんなにも胸が痛い。 「そう、なんですか」 「お前は?いるのか?」 「別に…先輩には関係ないし」 「ある」 きっぱり言われて、は?と言ってしまった。 なんで関係あるんだよ俺が。 「何、言って」 「俺の好きなやつは、素直じゃなくて」 「嫌だ!」 耳を塞いでしまう。やだ、こんなことしたらバレバレじゃん。 でも聞きたくない。先輩の好きなやつなんて知りたくない。 でも強く腕をつかまれた。 なん、で。 「出会った頃はぶっちゃけ大嫌いだったけど、一緒にいるうちにだんだん守りたいって思うようになった」 「し、らないし、もう、離してくださ……っ」 「なあ、聞いてくれ、お願いだ」 「なんで、俺が先輩の好きな人のことなんか、聞かなきゃいけないんですか…!」 「お前なんだよ!」 言葉の意味が、理解できなかった。逃げるように必死に動かしていた腕も、ぴたりと止まる。 目を見開いた。霧野先輩が、俺を見つめてる。 きらきら光る海みたいな、綺麗で、ずっと焦がれていたその瞳が、俺を映してる。 先輩の瞳の中に、確かに俺がいる。 「お前が、好きなんだ。狩屋」 凛とした声。初めて会ったときより、少し低くなった。 耳が甘く痺れて、目の奥がぶわっと熱くなって、心臓が高く跳ねる。 風が涼しく感じるほど顔が赤くなっているのが自分でも分かった。 全身から力が抜けていく。崩れ落ちる前に、霧野先輩が俺を強く抱き締めた。 視界が滲んで、先輩の制服を涙で濡らしていく。 ああ、ずっと、行けないと思ったこの場所に、俺は今いるんだ。 先輩が、俺を。 「おれ、も……俺もです、せんぱい…」 なんとか出した声はとても小さくて、情けなくて、震えていたけれど。 先輩はふっと微笑んで、俺の頭を優しく撫でた。 そこからじんわりと温もりが伝わってくるのを確かに感じる。 瞳を閉じると、涙が頬を伝った。肩に強く顔を押し付けたら、「俺の服で涙拭くなよ」って笑いながら怒られた。 出会った頃はこの人に怒られることが大嫌いだったのに、今はそれさえも嬉しい。 構ってもらうことも、甘えることも、俺がしたかったこと全部に付き合ってくれる。 先輩が好き、どうしようもなく好きだ。溢れる感情が涙になって外へ出ていく。 「人通り少なくてよかったなあ」 「…そうです、ね」 「なあ狩屋、ちょっと顔上げろ」 「え?はい……」 言われた通り顔を上げたら、そっと頬に手を添えられた。 冷たくて少し震えたけど、目を逸らさず先輩を見る。 そしてそっと、唇が重なった。 手入れもなんにもしてないくせに先輩の唇は妙に綺麗で、自分のかさついた唇がちょっと恥ずかしい。 ぎゅっと目を閉じて、先輩に全部を委ねた。 「…なんか肉まんの味したな」 「えっ、嘘」 「ほんと」 「うわームードもへったくれもないじゃないですか…」 「なんだ、狩屋そんなこと考えるのか。女子みたいだな」 「うっうるさいな!」 くちびるにシュガー/幸福 |