「あっちぃー」
蝉の鳴き声にもそろそろ慣れてきた夏の日。今日は猛暑日となるらしいと、朝のニュースで美人なお天気お姉さんが言っていたのを思い出した。
「なあなあ真ちゃん。どっか日陰入んねえ?」
この暑さじゃアイスも溶けちまうって、と言うと、緑間も気になるのか日陰を探し始めた。
今日は珍しくリアカーでの登下校ではなかった。うちのご自慢の女王様曰く「気分だ」とは言っていたが、きっとこいつのことだ、おは朝かなにかの影響だろうと俺は読んでいる。
そんな中、休日の午前練も終わり久しぶりに徒歩で帰っていた。さすが猛暑日、体感温度はハンパじゃなかった。ちらりと横目で真ちゃんを見てみたら、やはりそれなりの汗をかいていた。まあ練習の後だし、それのせいもあるのだろう。かくいう俺も。
最初は飲み物を買おうと適当なコンビニに入ったのだ。しかしいざ中に入ってみたらアイスの誘惑に負けてしまったのだ。俺のお姫様は。
まったくホントに甘いモン好きだよなあ。
そうして少し歩いているうちに、ちょうどよく涼める場所を見つけた。
「ベンチまであんじゃーん!ラッキー!」
「うるさい、騒ぐな暑苦しい」
「おーおー。いい感じにイラついてんなあ」
ベンチに座り、シャリシャリとアイスをかじりながらふとあることに気づいた。
「真ちゃん」
「なんなのだよ」
「なんか香んね?」
「香り…?これじゃないのか」
そう言って真ちゃんは上を向いた。
俺も同じように見上げてみると、いくつもの白い花が木になっていた。
なんだっけ、この花。
「娑羅樹だな。夏椿と言った方がわかりやすいか。少し時期外れな気もするが」
「んー…名前しか知らねえや。でも結構気に入ったかも」
「俺もこの香りは嫌いじゃないのだよ」
真ちゃんも好きなのかあ。なんか本気でこの香り好きになってきたかも。
そろそろ見上げるのにも疲れた。しかし真ちゃんはまだ頭上の花を見ていた。どんだけ気に入ってんのよって。
そんな真ちゃんに握られているアイスは暑さのせいで溶けていた。溶けた液体はつー、と棒を伝い、真ちゃんの手に辿り着いた。当の本人は気づいていない。
もったいねえなあと思い始めたときにはもう遅く、真ちゃんの手を握り、垂れてきていたアイスを舐めとっていた。
「っ……な、にをしているのだよ高尾!」
「いや、アイス垂れてたから」
「だからといって手をな、舐めるなどあり得ないのだよ!」
「いーじゃん別に。照れてんの?」
「そういう問題じゃないだろう!」
「謝るって。ごめんね真ちゃん、ムラムラしちゃって」
それを聞いた真ちゃんはみるみるうちに顔を真っ赤にした。これ、暑さのせいじゃないよな。
「なんかさ、真ちゃんもいい匂いするね」
「は、あ?」
「あまーい感じ」
「香水の類いはつけていないぞ」
なんだろうな。今までも何度か思ったことはあったけど、今日はやけに強く感じる。
ああ、そうか。これ、夏椿の香りか。
なんとなく、なんとなくだけど、俺が夏椿の香りを気に入った理由がわかったかもしれない。
なんか夏椿って、緑間っぽいんだよなあ。
「夏椿、いいかもね」
「そうか」
「好きだぜ、俺」
「…………そうか」
目を閉じるとより一層夏椿が香る。視覚がなくなることで嗅覚がわずかながらに鋭くなるのだろう。
灼熱の太陽が照りつけ、蝉が忙しく騒ぐ中、夏椿の香りの中に君を見た気がした。