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階段を上がる足音が聞こえる。
違う。あの人じゃない。
俺は何度目かのため息を飲み込んだ。
ドアを背にうずくまったまま一度上げた顔を再度腕に埋める。
早く、早く帰ってきて。
今すぐ君に会いたい。



片手にコンビニのビニール袋を下げてアパートメントの階段に足をかける。
結局今日もこんな時間になってしまった。仕事で疲れて帰っても出迎えてくれるのは真っ暗で冷たい部屋だけ。数ヶ月前まで私の帰りを待っていてくれた黒猫も今はいない。ビニール袋の中のコンビニ弁当。あまり食べる気もしないけど買ってしまった。明日のことを考えたら少しでも食べておかなければ、なんて、ああ、どうして私はまだ仕事のことを考えているんだろう。



俺は顔を上げた。この足音は。
ずっと同じ格好でいたから体中が固まっていて痛かったけど俺はそんなことお構いなしに立ち上がる。
階段を上がりきった足音が角を曲がる。
待ちに待った君の姿を見て、俺は息を止めた。

ああ…、どうして、君はまたーーー泣いているの?



自室の前に知らない男の子が立っていた。
年齢でいうと十四、五歳くらいの男の子。
少し髪先に癖のある黒髪に晴れた空の色をした瞳、そして髪の隙間でキラキラ光る金色のピアス。
彼は私のことを見て、そして何故かとても苦しそうな顔をした。
私は急いで涙を拭う。
彼がゆっくりと近づいてくる。私は思わず後ずさる。
「な、何?」
彼は私の前で立ち止まった。腕が伸ばされる。びくっと強張らせた体ごと抱き寄せられる。耳元で名前を呼ばれる。

「どうして君は泣くの?」

呼吸が止まる。
顔を上げると哀を帯びた空色の瞳とぶつかった。空色ーーー?
大きな手のひらが私の頭を撫でる。細く長い指が私の涙を拭う。
「誰?」
震える声で問う。
「誰なの?」



不安げに見上げてくるコハルを俺はぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、一人ぼっちにして。もう絶対に離れないから。どこにも行かないから。ずっと君の側にいるから。ーーーただいまコハル。君の黒猫は帰ってきたよ」






猫の頃の俺の前足は短すぎて、君の頬を濡らす涙を拭うことができなかった。
猫の頃の俺の体は小さすぎて、震える君の肩を抱きしめることができなかった。

抱きしめたコハルの体は想像していたよりずっと小さくてずっと頼りなかった。






“99日と、少し”
お伽話が書きたかったんです。ヤモリのユアンは魔王ローガンの使い魔でユアンもキコに恋をしていたけど勇気がなくて“99日と、少し”の賭けができなかった。っていう裏設定がありました。ちなみに魔王の使い魔にイタチのアレクという全く出てこない設定もありました。
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