いやなことは続くとはよく言ったものだ。現に続いているから辛い。この前は足を挫き、そして今日はといえば母からもらったお守りを落としたのだ。有名な神社で買ったもので、高かったと聞いているし、私も大切にしてきたものだから無くしたという事実がショックでならない。一度家に戻ってからまた学校に来て探すくらいには、あのお守りに未練があるのだ。
登校時にはあった。学校に着いてすぐにもあった。けれど家に着いたときにはなかった。帰り道に落とした可能性もあるが、帰り道はもう探し終わったのだ。あとは学校にあることをかけるしかない。
教室に膝立ちで探していたら、ガラリと扉が開く音がした。顔を上げれば、そこには藤堂が。


「……なにしてんのお前」

「落し物、して。探してるだけ」

「ふーん」


あ、ヤバイ。放課後、二人きり。この状況は。この前のことを思い出してしまう。慌てて顔をそらし、床を睨みつける私に、藤堂はため息をついた。そしてひたりひたりと足音が近づく。


「学校中を探し回るつもりかよ。何時間経つことやら」

「うるさいな」

「なまえ」


ひたり。床を写していた視界に上履きが写りこむ。


「お願いしますって言えたら、探してやるよ」

「え、」


驚いて顔を上げれば、藤堂は楽しそうに笑っていて。


「はやく言えよ、夜道は怖いだろ?」

「え、あ……」


どうする?お願いするか?いやでも貸しは作りたくない。けれどはやく見つけたい。どうするべきか……。


「言わないなら帰るわ」


くるりと背中を向ける藤堂に、私は口を閉ざした。ほんっと意地悪!!良いよ、自分で探すから!!


「一人でいい」

「……あっそ、じゃーな」


そう言って藤堂は本当に教室から出て行った。分かっていたけれども薄情だな。
胸の奥がずきりと痛んだが、気付かないふりをして探し続ける。しばらく教室を探したが、ないと判断したため、トイレや踊り場、屋上。今日行った場所を探していれば、窓の外は暗くなり、時計を見れば六時半を指していた。
どうしよう、あきらめるべきかな。完治しかけていた右足の足首がじくじくと痛む。教室の自分の席に座り、思わずため息を吐き出し、目を瞑る。最近踏んだり蹴ったりだ。私なにか悪いことしたかな。食べていたクレープのバナナを落としたことしか思い浮かばないが。じゃあバナナか。ごめんなさいバナナさん。とか考えていると、ふいに声をかけられる。


「おい」

「へ、」


驚いて目を開けようとすれば、頭に何かが当たり、机に落ちた。痛くはない、軽いものだ。目を開けて確認すれば、赤い、探していたお守りが目に飛び込んだ。え?教室の扉へ目をやる。そこには藤堂が、むっすりした顔で佇んでいて。


「じゃーな」


ひらりと片手を振って、歩き去る。動揺してしまっていた私はしばらく動けずお守りと教室の扉に視線を行ったり来たりさせていた。お守り。これを、藤堂が見つけたのか。帰るそぶり見せていたのに。あれから何時間経っていると思ってるんだ、一時間だよ?その間、探してたのか。ずっと。
理解したとたん、心臓がばくばくと暴れだし、顔に血がのぼる。あ、というか私お礼言ってない!!
慌てて教室から飛び出し、藤堂のあとを追う。階段を丁寧に降りて、昇降口へたどり着けば、下駄箱に背をつけもたれている藤堂を発見。藤堂もこちらに気付いたらしく目線が合わさった。


「藤堂、あの、ありが」

「お願いします」

「え?」

「お願いしますって言えたら送ってやる」


……意地が悪い、というより、素直じゃないだけなんじゃないのかな。ちょっとおかしくて、笑いながら「そう?じゃあお願いします」と伝えれば、むっとした顔をして下駄箱から背を離し、背中を向ける。


「やっぱやーめた。逆方向だし」

「そのほうがいいかも」

「……かわいげねーな」


すたすたと玄関へ向かう藤堂を目で追っていたら、ぴたりと歩を止め、こちらに振り返った。


「はやく来い馬鹿。ほんとに一人で帰すぞ」


ほら、ね。なんだかんだ優しいんだからいやになる。湧き上がってくる気持ちが何なのか、すんなりと理解した。封をした想いはこんなに簡単にあふれ出すのかと驚く気持ちもあるが、もう傷付いてもいいと思えた。意地悪だし、最低だけど、やっぱり優しいから。ああ、

―――好きだな、って。