それが意味するもの




「──まずはお前さんの名前から聞こうかのぅ」

口調は柔らかく、顔は笑っているが、目つきだけは鋭い。私という人間を見定め様と、一つ一つの動きを注意を払っている時の目だ。たかが老人だと舐めてかかれば、こちらが飲まれてしまうだろう。主導権は相手側にあるとしても、雰囲気に飲まれない様気をつけなければいけない。

「名字名前と申します」
「良き名前じゃな。儂は大川平次渦正、此処の責任者じゃ」

責任者、という事は、此処は何かの施設なのだろうか。大川殿の後ろに控えた忍装束の男達が何者か気になるが、多分聞いた所でまともに答えてはくれないだろう。

尋問が始まると予想はしていたが──彼等が知りたい情報は、一体何だろう。新選組の羽織を着ている時点で私の素性は相手側に知られているだろうし、こうやって名前を名乗ったのだから、私が“新選組副長土方歳三つきの小姓”だという事も分かった筈だ。私についての疑問は解消された様なもの。ならば次に考えられるのは、我々の内部情報だろうか。けれども大川殿の目に映るのは“私”への関心であり、そこに“新選組”に対するものは何一つ映っていない。相手方が何を望んでいるのか分かれば対処の仕様があるのだが、何も見えない現段階ではどうしようもない。次に聞かれるのは何だ、と必要以上に警戒ばかりしてしまう。身体が強張り始めた私に気が付いたのか、大川殿の右斜め後ろに控えていた、髭を生やした男が苦笑気味に口を開いた。

「そう固くなる必要はありませんよ。我々はただ、貴女があんな場所で倒れて居た理由を知りたいだけですから」
「…その様な事、聞かずとも分かるでしょう」
「いえ、分からないんですよ。あの辺りで戦があったなんて情報は入ってませんし。何処ぞの城から脱走して来たのかとも思いましたがね、たかが脱走兵に火縄銃を打ち込む訳も無いしで…正直、貴女があんな場所に居た理由が皆目見当もつかないんですよ」

馬鹿にしているのかと、そう思った。新選組の羽織を着た人間に向かって城だの脱走だのと白々しいと、腹が立った。しかし此処で怒りに身を任せるのは得策ではない。ぐっと怒りを抑え、苛立ちが籠もった息を吐き出す。

「…浅葱色の羽織を着た人間が倒れて居れば、何が起きたのか考えなくとも分かるでしょう」
「浅葱色の羽織…貴女が着ていたあれですね」
「ふむ…安藤先生、あの羽織に見覚えは?」
「ある訳ないでしょう。あるならとうの昔にお伝えしていますよ」

誠の御旗同様、あの羽織は私達“新選組”の象徴だった。京だけでは無く国中に新選組の名は広がり、そして浅葱色の羽織が“新選組隊士”である証拠だと言うことを知らぬ者は居ない。だと言うのに、彼等は「知らぬ」と一蹴した。我々の誇りを、何でも無い事の様に扱ったのだ。私だけならいざ知らず、新選組を馬鹿にする事だけは許せない。明らかに据わっているだろう瞳を彼等に向け、気が付けば荒い言葉を彼等へぶつけていた。

「貴様等が何者かは知らんが、新選組を愚弄するならば容赦せんぞ」
「…名字殿、落ち着かれよ。我々は御主を愚弄する気は微塵もない、ただ本当に分からんのじゃ」
「“新選組”の名を聞いてもまだ分からぬと申すのか!」
「名字さん、怪我が悪化します。どうか抑えて…」

落ち着く様に声を掛けられたが、どうしても感情が高ぶってしまい、どう足掻いても落ち着けそうになかった。怒りで身体に力が入ってしまい、身体中に激痛が走る。思わず呻き声が漏れ、力が抜けた。がくりと崩れた私の身体をあの若い男が支えてくれた。そのお陰で床に激突せずに済んだが、だからと言って相手にお礼を言える状況では無かった。男の腕の中で乱れた息を整えていると、男は私を横にさせようと身体を動かす。けれども私はその動きを封じる様に身動ぎ、激痛のせいか震え始めた腕を床に突く。

「…倒れて居た理由が、聞きたいんだったな?」
「倒れていた理由は分かってます、火縄銃で撃たれたのでしょう?我々が聞きたいのは、貴女があそこに居た理由と、誰に、何故撃たれたのか、と言う事です」

厳しい口調でそう言う“安藤”という男を、思わず睨み付けてしまった。彼の言葉は前線を任されていながら何の成果も上げられず、敵の弾丸に倒れた私を非難している様に感じられた。けれどそれは被害妄想という奴だろう。味方であれば不甲斐ない私を非難するだろうが、彼は私の味方ではない。

彼等にどんな目的があるのかは知らないが、白々しくも私に事の詳細を語らせるつもりらしい。再び込み上げて来た怒りを押さえ込み、ならば答えてやろうと半ば開き直り乍口を開いた。

「…御存知だろうが、我々新選組は“甲陽鎮部隊”と名を改め甲府を目指していた。先んじて甲府を押さえよと命を受けてな。なれど我々よりも一足早く新政府軍は甲府城に入城し──」
「ま、待って下さい!」

私の言葉を遮る様に、私を支えて居た男が声を上げた。…話せと言ったり遮ったり、一体何がしたいんだ。非難する様に視線を向ければ、男は意味が分からないと言わんばかりに顔をしかめていた。顔を動かせば彼だけではなく、他の忍装束の男達も、そして大川殿ですら困り顔を浮かべている。

「新政府軍、とは一体何の事ですか?」
「…は?」

彼等がそんな表情を浮かべてる意味が分からず、思わず首を傾げると、髭を生やした男が私にそう問い掛けて来た。あまりにも素っ頓狂な声が出てしまったのは仕様がないだろう。まさか新政府軍とは何だ、などと聞かれるとは思わず、私は阿呆の様にぽかんと口を開けてしまった。自分の阿呆面にはっと気付き、慌てて口を閉じたものの、その衝撃は暫く消えそうにない。動揺を隠せない私に更に追い討ちをかける様に、今度は大川殿が口を開いた。

「御主は甲府に居ったんじゃな?」
「あ、ああ。甲州街道と青梅街道の間に陣を張り、そこで新政府軍と戦闘を…」
「妙な話じゃな。甲州と言えば甲斐国、此処からじゃとかなり距離があるが…」
「かい…距離が、ある?私を見つけたのは、この辺りなのだろう?」
「裏手にある山です。ですが…此処は甲斐国ではありません。事情により詳しい場所は言えませんが、此処は近畿地方の山奥です」
「きん、き?」

何を言われて居るのか理解出来ず、まるで赤子の様に言葉を繰り返す私は、嘸や滑稽だった事だろう。しかし突拍子も無い話を突然されれば誰だって混乱する。私も例外ではない。馬鹿馬鹿しい嘘だと一蹴出来れば良かったのだが、彼等の表情を見る限り、嘘や出任せを言っている様には思えなかった。けれども彼等の話を鵜呑みにする程、私も馬鹿ではない。彼等の言う事が事実である確たる証拠が無ければ、私は彼等の言葉を信じられないだろう。

「…私の刀と、着物はどこだ」
「すまぬが御主の身元が分からぬ以上、得物を返す訳にはいかんのじゃ。儂等にも“守らねばならぬもの”がある」
「…ならば刀は良い。着物を寄越せ、そして私が倒れて居た場所に案内しろ」
「その怪我で山を登るつもりですか!?無茶です!」
「無茶でも何でも、自分の目で見なければ納得出来ん。貴様等の言葉が嘘か誠か、己の目で確かめる」

そう言うものの、納得のいく証拠が落ちている可能性は低く、彼等が偽りの場所に連れて行く可能性だってあった。けれども誰かに証拠を見つけて貰うのではなく、自らの脚で見出さなければ私の気が済まない。

「…ったく、は組は本当に面倒事ばかり持ち込む」
「っ今は関係ないでしょう!それにあの子達は怪我人を放っておけない良い子達なんです!」
「土井先生も安藤先生も落ち着いて下さいよ、客人の前でみっともない」

突然目の前で始まった喧嘩によって、若い男の名前と私を助けてくれたのが“は組”の者だという事が判明した。“組”とつくからには新選組の様に一つの組織の中で、何隊かの組分けが行われているのだろう。だが、それならば“先生”というのは一体どういう立場の者だろうか。簡単に言えば「何かを教える者」だが、彼等の身に纏う装束が妙に引っかかる──のだが、そんな事をぐだぐだ考えた所で意味も無く、私が優先すべきなのは、私が倒れて居た現場を見に行く事だ。静かに何かを考え込んで居た大川殿へ視線を向ければ、彼は諦めた様に溜め息を吐いた。

「本来ならば休ませねばならぬ所じゃが…言った所で素直に聞きはせんじゃろう」
「ならば…」
「わかった、案内しよう。但し案内役の他に数人、人をつけさせて貰うが、構わぬな?」

大川殿の言葉に頷きを返せば、髭を生やした男(彼の名前だけはまだ判明していない)が席を立った。私の着物を取りに行ったのか、人を呼びに行ったのかは分からないが、迅速な行動が有り難かった。

感謝の気持ちを込めて山田殿の背中を見送っていると、大川殿が私の名を呼んだ。何処か真剣で、静かな声で。

「急くなと言っても無駄じゃろうが──どんな状況に陥ろうとも、決して自分を見失わぬ様にするんじゃぞ」
「…どういう意味だ」
「何、年寄りのちょっとした忠告じゃよ」

その時の私は大川殿の言葉に首を傾げるばかりであったが、後にして思えば、あの瞬間、彼は感じ取っていたのだろう。


異質な空気を放つ存在に──



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