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114.店

京の外れで茶屋を営むBASARAパロ。現代→BASARAの転生

114.店

鶏すらまだ目覚めぬ夜明け前、直に寅の刻となろう頃。京の街道脇にある小さな店では、既に仕込みが始まっていた。
屋号を「月白」といい、随分珍しく、また旨い飯を出すため飯屋かと思えば見目も味も抜群の甘味も出す。更には兄の柳が「雪柳」という名で書いた本は京で買い占められ方々で人気となり始めていると来た。
取り敢えずの種類としては飯屋なのだがたまに出る自作の小間物などもあるため矢鱈と色んなものに手を出しているというあやふやな感じは否めないだろう。



そんな店「月白」を営むのはうんせ、と小豆を煮ていた大鍋を火から下ろす齢15程の少女。名を雲居と言う。
火を離れたことで僅かばかり涼を取り戻した雲居は一息吐いて、それから髪をまとめていた鈴のついた髪紐を解き、気を引き締めるように再びきっちりと結い上げた。

もう一作業あるのである。

小豆はそのままこし餡にするのか、水を入れては濾すを繰り返し、手拭いを使って水分を切る。
皮がなくなり、水分の抜けた小豆に砂糖を加えて水を足し、再び火に掛けて強火で焦がさぬようしっかりじっくりと混ぜれば、焦げの苦味や皮の渋味など雑味の一切ない上質なこし餡が出来上がった。

ところで今は戦国乱世、現代のように勿論ガスコンロなどない。
薪や炭を使って火を起こす時代に一定の火力での強火をここまで維持、調節できるのか。それは、

「やっぱり婆娑羅は便利だなあ」

雲居が火の婆娑羅者だからである。ちなみに兄の柳は氷であり、兄妹ながら真逆の属性が発現しているのは偶然かそれとも互いの気性故か。


そも婆娑羅と言えば一騎当千の証。それがなぜ出自もそこらの元商家の子どもに宿ったのかは当人らも預かり知らぬところである。
戦に出て名を上げようだなどという考えは露程も持ち合わせてはいない現代っ子なこの兄妹にとっての婆娑羅は「便利な能力」でしかなく、結果として戦に使える程度かは分からぬがとにかく細かい調整が利くという具合で戦国の世の常識からは三回転半程ずれていた。





「……?」

朝方の支度を終え、さて次は朝餉の用意だと気合を入れ直した雲居の耳に届いたのは、ざりざりと足を引き摺るような音と、圧し殺したような男の呻き声。
まず先に浮かんだのは、近場で戦があっただろうかということ。負傷した兵が自軍に置いて行かれた例は偶さかある例であるため、もしやとは思ったが、この辺り、少なくとも京近辺で戦が起こったという話は聞かない。
負傷した兵でなければ残りは野盗、山賊の被害にあった者か。

危険がないとは言い切れなかったが、店の壁を挟んでなお血腥ささえ感じ取れる程ならば余程の傷だろうと雲居は男の元へ向かった。
……必要になるかもしれない氷の作り手である柳を叩き起こしてから。







抜かった。
と、甲斐が若虎直属の子飼いである真田十勇士が一、霧隠才蔵は心根のままに色男然とした顔を歪め、舌を鳴らした。
最近同盟を組んだという九州、四国中国偵察からの帰り道、才蔵は満身創痍であった。
というのも、忍び込んだ先の中国で佐田彦四郎並びに世鬼一族に丁重なもてなしを受けたためである。
間一髪軽傷で逃れたものの、国境ぎりぎりまでの執拗な追跡で溜まる疲労に追い討ちをかけるよう、ここ、京に至るまでに通った国のいくつかで忍と交戦となった。今回ばかりは才蔵の運が悪かったとしか言えぬだろう。

左腕、背中、両足に大きな裂傷、骨折や毒の心配がないのは良いが小さなものは数える気にもならなかった。更には体温の低下か貧血か、末端の痺れも起こり始めている。
しかし、痛む体に鞭打ちながらも体が自由を失う寸前まで才蔵は甲斐への歩みを止めようとはしなかった。


「もし、そこな方。……あの、え?」

雲居が声をかけたのは、才蔵が倒れ伏した丁度その時である。
忍ぶのが常の身と言えど、武士のように矜持で死ぬことは許されぬのが忍と言うもの。
生きて帰るためならば、他人の手も躊躇いなく借りてみせる。才蔵もまた、倒れたままの状態で傍に膝をついた雲居の腕を掴んだ。

「すまぬが……っ、近くに、休む所は、あるだろうか…」

「、我が家まで案内いたしまする。肩をお貸し致しますれば、……立てますか?」


俯せに倒れた才蔵の上半身を起こし、その間に小柄な身を滑り込ませる。合わせて才蔵も力を込めたせいか、ふっと軽くなった体を今が好機と雲居は店の裏にある自宅まで一息に運んだ。


「布団は敷いた、氷も砕いて水につけてある。装束は俺がどうにかするから薬だの包帯だの頼むぞ」

「お願いしますね兄さん」


欠伸混じりで手伝いを申し出た柳に短く礼を述べ、雲居は慌ただしく手当てに必要な道具を取りに走った。


「……さて、見たとこあんたは忍か、傷口周辺の武器や暗器の類いは一旦外してもらう。下手に触るのもまずいだろ、指示してくれ」

「お心遣い、痛み入る」

痛み入ってんのはお前の体だろという軽口に口角を歪め、才蔵は促されるまま指示を出した。
そうして武器を外し終えた頃、薬と包帯、水と氷の入った桶を持って雲居が戻ってきた。

「先ずは止血から行いまする。毒の気はお見受けする限りはありませぬが、如何にございましょう」

「毒は、ない……、お頼み申す」

「万事給りましてございます」

ただの一言に込められた才蔵の意思と生への執念を正しく感じ取った雲居は、目をしっかり合わせて、にこりと笑んでみせた。




手厚い手当てを受けた才蔵が目を覚ましたのは、窓から差し込む日が随分と傾いた頃。己は呑気に日暮れまで寝ていたのかと苦笑し、痛みも少なくまた随分と軽くなった体を起こした。
忍であるが己が上司と同じとは思えぬ程に根が真面目な才蔵は、このまま礼の一つもなしに消えるのは少々気分が悪いと一人ごちて、店仕舞いをしたのだろう今は静かな店の表へとゆっくりとした歩調で歩き出した。

自らが寝ていた布団は勿論きっちりと畳んでから。





「お加減はもう宜しいのですか?」

店に回ればおや、と。驚いた風な表情で台を拭いていた手を止めたのは先程まで客商売に忙殺されていた雲居。
まだ寝ていた方がいいのでは?と問うてきた小柄な少女に一つ首を振ると、才蔵は頭を下げた。


「誠、世話になり申した」

「大したことではありませぬ、痺れも抜けたようで良うございました」


残り物で宜しければ、夕餉も如何ですか?
謝意の滲み出る忍らしからぬ様にくすりと笑うと、そこまでして頂くわけにはと慌てる才蔵の背をまあまあそう仰らずにと優しくはあるが遠慮なく押し、綺麗に拭き上げた席に着かせた。







「匂いが付いてしまいますが、諦めて下さいませ」

そう言って差し出された椀にあったのは、けんちん汁というらしい汁物に売れ残りの麦と米の結びが入ったもの。何と卵も入っている。高価であろうにと遠慮すれば近くで鶏を飼っておりますのでと笑顔で押しきられてしまった。
これでも本来はまかないであるため質素なのも当然の品を、人に出す物だからと追加を作ろうとし始める恩人を止めた結果だ。

ふわりと漂う出汁の香りにらしくもなく空腹を訴える腹を黙らせるように汁を啜る。
温かいそれについ、ほうと息を吐く。


「お味はどうですか?……ええと、」

背が痒くなるような柔らかい笑顔を向ける少女が言い淀む様に内心首を傾げる、が。
……待てよ、俺は恩人である少女の名前を聞いていない。どころか名乗りもしていないではないか。

「、名乗りもせずあい済まぬ。才蔵と申す……名を聞いても良いだろうか」

「才蔵様にございますね。私は雲居と申します」

名もお聞きせず夕餉に誘うとはうっかりしておりました。
そう言って笑った恩人の少女に忍の俺に敬称をつけるなどと訂正を入れることも忘れてしまった。
……何というか、絆されたのだろうな、俺は。


ところで兄君はどちらに?
兄ならば友人の元へ出掛けておりまする。そのまま宿泊するそうで。
はあ、……何というか、自由な兄君にございますな。


そういった雑談も交えつつ、才蔵にとって初めてと言っても過言ではない程和やかな夕餉は終わった。




「ただの草に過ぎぬ我が身が受けた恩は量り難し。この礼は必ず」

「礼など必要ありませぬ、私が私のやりたいようにしたまでにござりますれば」


もう一度、今度は深く頭を下げた才蔵にあわあわと両手を振り、頭をお上げくださいませと焦る雲居は、真実困っているようで。
それでも尚頭を上げない才蔵に諦めたように一つ笑うと、


もし才蔵殿がどうしてもと仰られるのであれば、次は怪我なくおいでくださいまし。

そう言って、笑うものだから。

「(こんな扱い武田でも受けたことないぞ揺らぐな俺揺らぐな俺揺らぐなおr)……次は、客として寄らせて頂く」

何とも言い難い思いで一杯になった才蔵は、じわりと滲む視界を湯気のせいにした。


「(武田で上司と上司の上司と上司の上司の上司にこき使われたり理不尽な扱いを受ける日々が頭を過ったりなんてしていない。していない、ぞ……!)」




夕餉のせいだけではないだろう、体だけでなく胸まで温かくなった才蔵は気を抜くと弛みそうになる頬を引き締め、礼にもならぬがと食器を片付けてから、こそばゆい気分をもて余したまま帰路につくことにした。


「無理をなさらず発つのは明日の朝になさってもいいのではありませんか?」


そう言って最後まで心配そうな雲居の頭を籠手を外した手でそろそろと撫でる。


「一日休めた分体力に問題はありませぬ故ご安心召されよ。それに私は忍故、昼より夜発つ方が心持ち安心致しまする。……それよりも、私に敬称や畏まった話し方など必要ございませぬ。どうか才蔵と」


そのまま不器用に笑ってみせれば、黄金にも見える黄味の強い瞳が猫のようにきゅうと細まった。


「それでは私からも。才蔵殿ももっと砕けた話し方をしてください、ね」

「あい分かった。雲居殿」


それでは、また。




雲居と真田十勇士・霧隠才蔵の出会いはこうして幕を閉じるのである。



甲斐へと辿り着いた後、才蔵が報告の際に諸々聞き出されて散々からかわれたり甘味繋がりで若虎との縁が出来たり、そこから更に有名人たちと知り合うようになるのは今はまだ誰も知らない。


BASARA、パロ……?



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