中・短編 | ナノ



「かいちょ〜お」

桃色の声の主は桃色の髪の男の子だった。
飛びついてきた彼を柔らかく受け止められるくらいの腕力は、病弱だ虚弱だと揶揄される己にもついている。

「どうしたんだい、桃李。」
「ねーぇ会長?会長ってぇ、もうすぐ誕生日でしょ?」
「そうだけど……よく知ってたね。僕、君に言ったかな?」
「ボクは会長のことなら何でも知ってるの!」

猫か犬のようにぐりぐりと頭を擦り付けてくる可愛い後輩は、相変わらず自分の愛らしさを十分に理解した笑い方をする。強力な武器だなぁと思いながら好きにさせていたら、細い腕を僕の腕に絡ませた。

「ねえねえ、プレゼントは何がいい?ボク、会長の欲しいものってなんだろうって考えたんだけど……思いつかなくって。」
「うーん、そうだなぁ。桃李が今まで通り、愛らしく笑ってくれていればそれでいいよ。」
「えー。そんなこと、言われなくっても決まってるもん。もっと他にない?」
「……そうだなぁ。なんでもいいのかい?」
「うん!」
「………………じゃあ、」






「伏見 弓弦 が 欲しい。」






生徒会室のドアの前で、弓弦は深々と頭を下げた。

「不束者ですがよろしくお願い致します。」
「ふふ。なんだかそれ、君がお嫁に来るみたいだね。」

軽い冗談のつもりだったのに、弓弦は肩を竦めただけ。泣きボクロのある目元を緩ませたいつものアルカイックスマイルを崩さないまま、小さなため息をついた。

「会長様は相変わらず無理を仰います。今朝など、ぼっちゃまを宥めるのにどれだけ苦労したことか。」
「桃李の本音が知れて嬉しかったろう?」
「わたくしへの誕生日プレゼントではありませんよ。」
「そうだった。今日一日よろしく。」
「ええ。任された以上は完璧にこなしてみせます。」

僕への誕生日プレゼントとして今日一日だけ献上された彼は穏やかに微笑んだ。それだけで嫌がっている訳では無いことが知れて、気づかれぬよう安堵の息をつく。
やり方が強引な自覚はあったが、嫌われたいわけではないのだ。

「でも、桃李にはちょっと悪いことをしたかな。」
「そこも含めて貴方様の計画通りで御座いましょう。わたくしがいては、どうしてもぼっちゃまの世話を焼いてしまいますからね。」
「何のことかな」
「そういう所も相変わらずでいらっしゃいます、我らが皇帝陛下。」
「英智」

僕が持ち込んでいるティーポットを持った弓弦が固まった。振り返った彼にほほ笑みかける。

「英智と呼んでよ。」
「……滅相もない」
「今日だけという制限はあれど、君の今の主は僕だ。」
「…………。」
「『完璧にこなす』んだろう?」
「…………英智、さま」
「いい子。」

弓弦は心做し眉を顰め、ティーカップを温める動作に戻った。気恥ずかしさからか醸し出す空気は刺々しいが、白さの割にがっしりとした大きな手はしっかり最近の僕の一番のお気に入りの茶葉を用意している。
慣れた動作。それなのにどこかぎこちない背中を眺めて悦に入った。
人差し指を一本立てるだけでカップをもうひとつ用意してくれる、この優秀な男が、今日は僕のもの。


「君にそう呼んでもらいたかったから今回の件を申し出たと言っても過言ではないんだよ。」
「そうですか。」
「あ、本気にしてないね?」
「そんな。恐れ多いだけです。まあ会長様が、」
「英智」
「……英智様、が仰ることの八割くらいは冗談であると心得てはおりますが」
「酷いなぁ。僕は本当に君に甘えたいのに」

弓弦の手を離れたティーポットが、コトン、と小さな音を立てた。他のメンバーがいない生徒会室には、ほんの些細な音がよく響く。

もう一度振り向いた弓弦は笑顔ではなかった。
口元は笑っているのに目は眇られ、眉の寄った、辛そうな、苦しそうな、切なそうな、ああ、どの言葉がぴたりと合うだろう。

(痛そうな……? )

複雑な顔のまま、弓弦は目線をさげた。

「そんな風に仰るのなら甘えてください。もっと、何も彼も。貴方様は事あるごとに頼りにしていると言って下さるのに、わたくしはちっとも頼られている気がいたしません。」

ああ、なるほど、と僕は口の中で呟いた。
口に出してはいけない気がした。
慎重に言葉を選ぶ。

「……さみしいのかい?」
「そういうわけでは…………いえ。そうなのでしょうね。何も彼もやらせて下さるぼっちゃまと違い、会長様はひとりで立とうとなさいますから。」
「きっと、もう、ね。癖、なんだよ。」

弓弦の目が僕を見た。彼にしては珍しく腕が止まっているからティーポットを指さしてやれば、ハッとして紅茶を注ぎ出す。
途端強くなる柔らかな香り。
肺いっぱいに吸い込むと、胸の奥がじくりと痛んだ。

「僕は王様でいなくてはならなかった。誰もが憧れる、完璧な皇帝でなくてはならなかった。そのためには誰にも弱みを見せるわけにはいかなかったんだ。己は強いと自分に言い聞かせなくては、立っていられなかったから。」
「貴方がそうやって先を行こうとしてしまうから、わたくしはどうやってあなたの傍にいればよいかいつも悩んでいるのですよ。それこそ、夜も眠れないほど。」
「それは大変だ。責任を取らないと。結婚する?」

ぼっちゃまに殺されますと言って、今度こそ弓弦は笑った。
上品なつくりが気に入っているティーポットから、最後の一滴がカップに垂れる。

ぴちょん


「たまに思うよ。君みたいな執事が幼い頃から傍にいてくれれば、きっと歪まずまっすぐ育っていたのだろうにって。」
「わたくしは貴方の使用人でなくてよかったと心から思います。」
「おや。はっきり言うね。傷つくな。」

本来の香りを楽しみたいからと普段からストレートで飲む僕であるから、砂糖はシュガーポットのままで出された。望めばミルクもすぐに用意されることを僕は知っている。
ありがとうと言うと彼は微笑んで勿体無いお言葉とかなんとか言うのがここでの日常。しかし今日は目を伏せて、礼を言われるようなことではありませんと言った。そうだ。コレは今日は僕のモノ。困らせたくてもう一度ありがとうと言った。弓弦は困った顔をする。

その困った顔を十分堪能したあと、十分に蒸らした香り高い紅茶に口を付けたタイミングで彼が呟いたものだから、僕は彼の表情を確認することが出来なかった。
でもきっと、困った顔をしていたのだと思う。
とても色っぽい、僕の好きな顔。


「……わたくしは主に手を出すなど、とても。」


とても小さな声のその言葉が先程の会話の続きなのだと気付くまでに、口の中の紅茶を嚥下するだけの時間を要した。
こくりと喉を鳴らして隣に立つ彼に視線を向けてみれば、もう既にいつもの笑顔。

「弓弦。」
「なんでしょう、英智様」
「君のそういう人間臭いところ、すきだよ。」
「そうですか。わたくしは、」

僕の手に重なった、綺麗なばかりではない手が、ティーカップの中に波紋をつくった。


「全部好きです。」



紅茶の香りが鼻から抜ける。
「いい香り。」
流石わたくしが入れた紅茶だと、食えない使用人は満足げに笑った。






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(170305)







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