中・短編 | ナノ





幼い頃から引っ込み思案だった三つ年下のまこちゃんがキッズモデルをやっていると知った時はそりゃもうおったまげた。それからしばらくしてそれを辞めたと聞いた時は特に驚かなかったけれど、夢ノ咲に入学すると報告されたときは飛び上がるくらいびっくりした。
けれどたぶん、今の比ではなかったと思う。

ハロウィーン。
まこちゃんに招待されて、関係者席という特等席から彼を見る。舞台の上からあたしを見つけた彼がいつものようにはにかむから、ガンバってと口パクで伝えた。


直後、衝撃。


まこちゃんが歌っているところを初めて見た。

まこちゃんが踊っているところも初めて見た。


彼は知らない誰かであった。
キラキラ輝く。


眩しい。



舞台の上。衣装の裾を靡かせたターンの最中、まこちゃんが自分の足に躓いて転んだ。
ファンたちはアハハと笑って、まったくもう真くんはしょうがないんだから、という空気が流れる。まこちゃんは転んだままエヘヘと照れくさそうに笑って、ユニットメンバーが差し出した手を取った。

あたしはいつの間にか持ち上げていた手を静かに下ろした。
ステージが盛り上がっていて良かったと思う。
こんなに遠いのに、どうして手を伸ばしたら助け起こせると思ったのだろう。誰かに見られていたら恥ずかしい。

俯く。





「ど、どうだった?」

その日家に帰る前にうちに寄ったらしいまこちゃんは、玄関先でほっぺたを赤くしながら前のめりに尋ねてきた。

「カッコ良かった」
「ほ、ほんとに!?」
「ほんと。いつものまこちゃんじゃないみたいだった。」
「……それっていつもはカッコ悪いってこと?」

拗ねた唇がツンと突き出る。かわいい。

「いつもはかわいいよ」
「……う、嬉しくない!」

と言いながらもむずむずと照れ臭そうに唇を波打たせるこのかわいい男の子の手を握るのはあたしの役目だったはずだ。登校班の班長になった小学四年生の頃からずっと。

はじめましておねえちゃん、きょうからよろしくおねがいしますと差し出された手。泣きそうな顔をしていたくせに妙に滑らかに言うものだから、きっと家で練習してきたのだろうと思った。
よろしくね、と差し出した手。同年代の子より小さなあたしの手より更に小さな彼の手が、きゅっ、とあたしの手を掴んだ。
小学四年生のあたしにとって、その手は何よりも尊いものだった。転ばぬように手を引いて、それでも転んでしまったときは手を引っ張って立たせてあげた。
まこちゃんがキッズモデルだと知ってからも手は繋いだ。辞めたと聞いてからも手は繋いだ。まこちゃんが中学生になってからは恥ずかしがってあまり繋いでくれなくなったけれど、それでもあたしは隙あらば彼の手を握っていた。

だってあたしの手がなきゃキミは転ぶでしょ。
転んだら立ち上がれないでしょ。




全部、妄想。






「あ、あれ……どどど、どうしたの由仁さん!?なんで、なっ、なんで、泣いて……」
「感動したの。」
「えっ」
「大きくなったね、まこちゃん。」
「そんな、親戚のおばちゃんじゃないんだから」

そう言って無意識にまこちゃんの頭を撫でる手を、いい加減にしなさいと叱りつけて、自分の太ももにでも縫い付けてしまいたかった。
どうあっても彼がまだ自分の庇護下にあると思いたいらしいこの手。独り善がりだ。

まこちゃんはあたしが撫で付けた前髪を指先でくりくりと弄る。

「あ、っあのね、由仁さん……」
「うん」
「僕もっとガンバって、いつでも由仁さんに、その……か、カッコいいって言ってもらえるようになるから!」
「うん」
「そうしたら……その、言いたいことが、あるってゆーか、その、」

エヘヘと笑う彼。
かわいい弟。

どうかあたしをおねえちゃんと呼んで。
あたしはそれを思っているだけで口にはしないから、彼はいつの間にか男の子の顔だ。


「とっ、とにかく!僕頑張るから!頑張るからね!!」


駆けていく背中。
彼が転んだ時手を差し出すのは、もうあたしの役目ではなくなったのだろう。








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(170305)







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