中・短編 | ナノ



華やかな水色のドレスを持った日々樹渉に追い掛けられて必死の形相の真白友也を見掛けたと思ったら、「ちょっと預かっててください!!!」と演劇部の備品がわんさか入ったダンボールを預けられた。
嵐のように去っていった彼らに置き去りにされて廊下の真ん中でビックリした顔のまま固まっていたら、今度は氷鷹北斗が走ってきて通り過ぎ──かけて戻ってきた。

「すまん、あんずっ。これも預かっててくれ!」

追加のダンボールである。
特に急ぎの用事もなかったので頷けば、語尾を弾ませ明らかに急いだ様子の北斗は続けて聞いた。

「どっちに行った!?」

主語がなくても十分な問いに指差しで答える。律義に礼を言って走り去っていく彼の背中に「頑張れ〜」とふわふわしたエールを投げかけた頃には大凡の粗筋が掴めていた。
恐らく北斗と友也の2人で演劇部の備品を体育館から部室へと運んでいる最中に、ドレスを持った日々樹渉が通りかかり、「次の演目はこれにしましょう!試着してみてください!」と追いかけてきた……というところ。もはや日常のひとコマである。

抱えたダンボールを見下ろして、思い出した二人の剣幕にちょっと笑った。
『代わりに運んでおいて』でもいいのに、先輩後輩揃って『ちょっと預かってて』なところに彼らの人の良さが滲み出ている。後でちゃんと戻ってくるつもりなのだろう。鍛え上げられた結果陸上部並みの速さで走れるようになった友也を、超絶笑顔で追いかける変態仮面をまくことができたらの話だが。

あんずはダンボールを抱え直した。手に抱えているそれ以外にも、北斗が置いていったものが足元にひとつ。彼らの代わりに演劇部室まで運ぶのも吝かではないが、さすがにふたつ1度に運ぶには手が足りない。
(……いや、いける!)
妙な負けん気をここで発揮してなんとか持てないかと試行錯誤する。
小脇に抱えるには大きいダンボールをどうにか片手で持とうともぞもぞやっていたところで、ツイツイと制服の後ろ身頃を引かれた。振り返れば蒲公英みたいなふわふわの髪。

「あんず、廊下の真ん中で何やってるです?」

いつの間にかあんずの制服を摘んでいた春川宙が、あんずとダンボール×2を交互に見て、ことりと首を傾げた。





「なるほどな〜。」

ダンボールを抱えて隣を歩く宙にことのあらましを説明すると、彼はふむふむと頷いた。小動物っぽい動作だ。先輩に可愛がられるのも頷ける。

「演劇部はいつも賑やかです。楽しいのはいいことな〜。」
「楽しい……のかなぁ、あれは」
「顔は怒ってても宙には分かります!あれは嫌がってる色じゃないです!」

そっかぁ、とあんずはゆっくりとした相槌を打った。彼にしか見えない世界の話をする時、彼は殊更敏感になる。今もそうだ。こっそりこちらの反応を伺っているのが分かるから、なるべくあたたかく聞こえる声音を意識して作った。ほ、と胸を撫で下ろす背中がいじらしい。両手が塞がっていなければ、物分かりのいい良い子の頭を撫でてあげられたのに。

「宙は、センパイに構ってもらえるのは嬉しいです。あんずはそうじゃないです?」
「うーん、どうかなぁ。場合によるかもしれないけど、多分嬉しいよ。」
「演劇部の人もきっとそんな感じです」

どうやらあんずにも分かりやすいように言葉を選んでくれたらしい気遣いに胸が温かくなる。
「そうだね。」
「はい!」
穏やかな空気。窓の外から吹き込む風すら優しく頬を撫でていく気がする。

ふと隣を歩く彼の速度が落ちて、あんずは数歩先で振り返った。常からくるくるとよく動く好奇心旺盛な瞳はダンボールの中に囚われている。

「何か面白いものがあった?」
「んー、見たことないものだらけです」

演劇部の部室はまだ先だけれど、目の前には空き教室があって、あんずのポケットには貰い物のキャンディーがある。

「ちょっと休憩しよっか。」




◇◇◇◇



空き教室には机も椅子も教卓もそのままそっくり残っていて、あんずと宙は二人教室の窓際一番後ろに並んで座る。
「何だか変な感じな〜!」
うん、と頷いた。彼とあんずは学年が違うから、こうして同じ教室に座るのは珍しい。ちょっと照れくさいなと思ったのが伝播して、彼は名前の通り春の川と空の色の目を伏せてはにかんだ。
あんずはポケットをまさぐった。ころんと転がり出たそれは、此処に来る前影片みかにもらったものである。

「いちご味と……アプリコット味だって。」
「アプリコット?」
「うん。あんずって意味。」

どちらがいい?と聞くと彼は迷わずオレンジ色の包み紙の方を指さした。
「あんず、いただきま〜す」
きらきらのキャンディーを口の中に放り込む。
「大事に食べてね。」
「絶対噛みません!」
息込んだ応えがあって、顔を見合わせて笑った。


甘いキャンディーを口の中でかろかろ言わせながら一息つくと、今度はダンボールの中身が気になってくる。
「……ちょっと見てみる?」
椅子に座ってはいたがそわそわと落ち着かない様子だった彼に声をかけると、はい!と元気な返事が帰ってきた。

存在自体がびっくり箱のような演劇部の備品がたっぷり詰まったダンボール。何の変哲もないそれが、今この場においては玉手箱のよう。
早速宝の山を崩しにかかった彼の手元を、同じようにワクワクした気持ちで眺める。

「わ、蛇のオモチャです。こっちは……仮面?ししょ〜のししょ〜のものですね!Amazing!……今のはモノマネです。似てましたか?」
「ふふ、そっくりだよ。夏目くんの前でもやってみたら?」
「じゃあ今度はそうします!」

妙にリアルなガラガラ蛇の隣にバタフライマスクが並んだ。宝箱の中身はまだまだたくさん。

「これは……悪魔の羽、かな?」
「悪魔の尻尾もあります。悪魔セットです」
「宙くん宙くん、ほらこれ」
「王冠!かっこいいです〜」

悪魔の羽と尖った尻尾、光り輝く王冠にティアラ、豪奢なネックレス。演劇で使うと思われる数々の小道具以外にも、クラッカーに造花にびっくり箱、用途不明のものが次々と出てくる。ひとつひとつ埃っぽい机の上に並べながら大袈裟に笑っていると、時折宙の視線がふいと反れた。彼にしか見えない何かを追っている視線を気味が悪いと思うことなどないけれど、同じものが見えないのは残念だなぁと思うことはよくあるから、見れない代わりに想像した。

放課後。開いた窓から吹き込む風に膨らむレェスのカーテン。電気はついてない。遠く喧騒が聞こえ、どこか秘密基地めいた空き教室では埃っぽさすらトキメキのスパイスだ。口の中のキャンディーは甘く、気分も和らげてくれる。
そんな中でドキドキしながら宝箱を開ける、あんずの気持ちがきっと彼には見えている。どんな色だろう。暗い色ではない自信はある。黄色か、赤か、それともオレンジか。



「ん?これ……」


減ってきた宝箱の中に興味深いものを見つけた。

「宙くん、」
「なんですか〜?」

こっちを向いた彼の小さな顔にひょいとかける。

「わあ!」

赤い色ガラスのサングラス越しに見た彼の瞳は黒く見えた。驚いた様子でパチパチと目を瞬かせ、教室中を見回して笑う。

「辺り一面、真っ赤です!おもしろい!」
「ね。もう1個あるの。今日は私もこれを掛けて過ごそうかな。」
「どうしてです?」

首を傾げる彼に笑いかけながらサングラスをすれば、あたりは一瞬で赤く染まった。

「宙くんには、今周りがどう見えてる?」
「夕焼けみたいに……真っ赤です。宙の好きな色。」
「うん。私にもそう見えるよ。」


驚いて、一瞬で表情が抜け落ちた彼の手を、壊さないようにそっと握った。



「今日は世界でふたりだけ、同じものが見えるね。」



春川宙は男の子だから、泣きそうになっていたのには気づかないフリをしてあげる。極自然に視線を反らして、けれど手だけは離さない。甘い匂い。ストロベリーとアプリコットのやわらかな匂いが、午後4時の風にやさしく混ざる。

やがて盛大に鼻を啜る音が聞こえて、両手を引かれた。


「……はい!」


赤い色ガラスの向こう、小さな男の子の鼻の頭の赤さは赤に紛れる。あんずに分かったのは彼の満面の笑みだけ。

今度こそ、良い子の頭を跳ねた毛を整えるようによしよしと撫でた。






back
(170301)






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -