中・短編 | ナノ



「由仁誕生日おめでとー!」

なんて、明るい声と共にお菓子の詰め合わせが入った袋を渡されたのは由仁が登校してすぐ、学校の入り口前で。

「……あー、ありがとう。わ、これ高いお菓子じゃん。いいの?」
「うん。由仁にはいつもお世話になってるからね!それじゃあ」
「ありがとね!」
「気にしないでー!ばいばーい!」

そんなやり取りの後恐る恐る振り返れば、案の定丸く見開かれた隻眼が由仁を見ていた。あーだのうーだの唸ってみるけれど、知られてしまったものはもう仕方がない。

えへ、と笑って誤魔化そうとしたとき、漸く政宗が口を開く。


「由仁……今日、誕生日なのか」
「え?あ……えっと、うん。」
「何で」
「何で、ってそんな」
「何で言わなかった」
「……だって聞かれなかったし。」
「普通言うだろ」
「そうかな」
「そうだ」

明らかに怒った様子の政宗が苛々と呟く。この男は案外子供っぽい。怒ると長い上に面倒くさいのだ。
困ったなぁと心の中だけでため息をついた。 そもそも由仁は誰かに何かをねだるのが苦手だったし、わざわざ自分から誕生日を言ったりするのもプレゼントをくれと言っているようでなんとなく得意じゃなかった。そりゃあプレゼントはもらえたら嬉しいけれど、自分の誕生日を知らなかった人に貰えなかったからと言って拗ねるほどバカでもないのだ。
第一誕生日なのは自分でプレゼントを貰えなかったのも自分なのに何で政宗が拗ねてんの、と口を尖らせれば、政宗の長い指がにょきりと目の前に現れて唇を摘ままれた。もう片方の手で不機嫌そうにガシガシと頭をかく。


「Shit!知ってりゃあ由仁が嬉しさで咽び泣くようなようなモンをセレクト出来たってのによ……さすがにそんなに早くは用意できねえぞ。」
「え?いいよそんなの。売店のお菓子でもくれれば、それで」
「さっき貰ってただろうが!他のやつらと同じもんをやるわけにはいかねェんだよ、この俺が!」
「もーめんどくさいなぁ」


今度こそ隠さずにため息をついた。 でも、思ったより政宗の機嫌は悪くない。これなら交渉の余地はある。

「じゃあまた今度いつか、ね?」
「モノは、な。何か簡単なものになっちまったとしても、今日も何かやらねェと気が済まねえ」
「えー。いいよぉ別に。めんどくさいし」
「……わかった。今日一日、お前の言うこと何でも聞いてやる。」
「え」


何でも。
思いがけない申し出に一瞬で由仁の頭が回転した。
普段、由仁は駆け引きだの計算だのをして行動する方ではない。けれどこれは、なかなか、面白そうではないか。


「……何でもって、何でも?」
「ああ。インパクトあるだろ」
「本当に何でも?」
「男に二言はねェ」
「……おっけー。その話乗った。有り難く頂いてあげる」


こうして由仁は今日一日「政宗に命令する権利」を得た。思わずほくそ笑む。

今年の誕生日は、どうやら面白くなりそうだ。




「……佐助。」
「なぁにー」
「アレはなんなのだ」
「……うーん。」

困惑した顔でそう言った幸村が指を指す先には、憮然とした顔で由仁にビニール袋を差し出す政宗の姿があった。
ほらよ、と袋の中からイチゴ牛乳を取り出す政宗の言葉遣いはいつも通りだが、受けとる方の由仁はあらありがとうなんて得意気だ。お釣り返してと由仁が手のひらを差し出す、その様子だけ見れば政宗が遣いっ走りにされていることなんてすぐにわかった。だからこそ解せないのである。政宗のプライドの高さは幸村もよく知っていた。

「なんかねー、誕生日プレゼントらしいよ」
「ぷれぜんと?由仁殿のか?」
「うん。俺様たちは朝あげたじゃない?竜の旦那知らなくって、用意してなかったんだって。」

それで、言うこと聞いてあげてるの。
そう言った佐助には僅かに疲れが見えた。どうにも由仁が上で政宗が完全に下、という普段ではあり得ない上下関係に慣れないらしい。

当の由仁はといえば、突如始まった一日だけの執事つき生活を存分に満喫していた。 課題をやらせた。購買に遣いっ走りにも行かせた。マイブームである自販機のコーンスープも奢ってもらった。至れり尽くせりだ。何故かノリノリな政宗が「どうせならプリンセスとでも呼ぶか?」なんてニヤニヤしながら言ったけれど、それは丁重にお断りした。

政宗に買ってきてもらったドーナツを食べながら、さて次は何をしてもらおうかと考える。 ズル賢くて意地悪で頭がよくて意地悪で性格が悪くて意地悪な政宗には日頃散々コケにされている、だからこそ今の状況が楽しくて仕方がない。でも学校で出来そうなことはもう一通りやってもらったし、やることがなくて無意味に元親のところに手紙を届けに行ってもらったくらいだ。
ちなみに手紙には「ドーナツと中華まんだったらどっちが好き?」と書いた。返事とかは別に要らない。ただの気分だ。

「うーん……」
「どうした?由仁」
「いやぁ、何をしてもらおうかなって思ってね」
「何だァ?もう品切か?」
「うるっさいなぁもう!黙っててよ」
「それは命令か?」
「そう!」
「オーケーオーケー。黙っててやるよ」

おかしい。
朝、政宗が「何でも言うことを聞いてやる」と言ってきたときは、確かに嬉しかったのだ。面白そうだと思ったのだ。それなのに、いざ本当に言うことを聞いてもらうと特にして欲しいことがない。
命令するのも難しいものだなぁと由仁が口をへの字に曲げていると、黙ったままの政宗がにやにやと唇を歪めた。腹が立ったので思いきり足を踏みつけて、真面目な顔して!と命令しておく。そりゃ悪かったなと素直に謝った政宗はにやにやするのをやめたけれど、まだ目が笑っていた。

もう!と由仁が政宗を怒ろうとしたときのことである。


「あの……」


いつの間にか、近くに知らない女子がいた。女子にしては背が高くて、モデルみたいな足の女の子だ。パッツン前髪の下から覗く大きな目が、政宗のことをじっと見ている。


「伊達くん……その、ちょっと、いい?」
「Ah?俺か?」
「う、うん」

ぎゅうと胸元で手を握って、もじもじと言う姿は一目であぁ告白するんだろうなということが分かるものだった。これだからモテる男は嫌なのだと政宗の方を見れば、彼は何故か由仁の方を見ている。一瞬訳がわからなくて、すぐにそういえば今日の政宗の行動に対する決定権は由仁にあったのだと思い出した。


「……いいよ。行ってくれば」


ぶっきらぼうにそれだけ言った。自分で言ったくせに、胸の奥がチリチリと痛む。
政宗は何も言わずにパッツン女子を引き連れて教室を出ていった。


「あーあ、本当に行っちゃったよ、竜の旦那。よかったの?」
「何が」
「うわ、由仁ちゃん顔怖い」
「これはもとからなの!」
「嘘だね。だって由仁ちゃん、さっきまですっごいかわいい顔してた」
「な……、」


何を言っているのだこの猿は!文句を言おうと顔を上げて、目の前にいる面倒見がよくてややお節介な友人が存外真面目な顔をしていたものだから口をつぐむ。

「嬉しかったんでしょー。竜の旦那が傍にいてくれてさ。」
「べ、別に、そんなこと」
「バレバレだっての。なぁ、旦那」
「うむ。普段と違って俺たちは居心地悪かったが、政宗殿と由仁殿はまこと楽しそうであった」
「行かないでって言っちゃえばよかったのに。今日は一日言うこと聞いてもらえるんだろ?」
「……そっ、そんなの…………」

そんなの、言えるわけない。
だって政宗は別に、由仁のものじゃないのに。

ぼそぼそと呟いた言葉を聞いて、佐助と幸村は顔を見合わせる。親に愛される自信をなくしたこどもみたいな顔で二人を見上げた由仁に今更何を言っているんだとでも言いたげに苦笑した佐助は、やれやれと肩を竦めてわざとらしいため息をついた。


「竜の旦那も面倒くさいけど、由仁ちゃんも大概面倒くさいよね」
「……何で」
「いんやぁ別にぃ?ね、旦那」
「御二人とも素直ではないからな」
「悪かったね可愛くなくて」


ぶぅと唇を尖らせる。

「あ、その顔」

佐助が言った。

「その顔だよ、由仁ちゃん。気づいてる?その顔すっげぇ楽しそう」
「はぁ?どう見ても嫌がってるでしょ」
「本気じゃないでしょ。竜の旦那と話したりじゃれたりしてむくれてるとき、いっつもそんな顔してるよ。」

言われて、突き出た唇を自分で摘まんでみた。
楽しそう。この顔が?あの面倒くさくて意地悪な政宗と一緒にいるときのこの膨れっ面が、楽しそうだって?
否定しようと思ったけれど、強ち間違っていないような気がして何も言えなかった。だって、たぶん、その通りだ。政宗はことあるごとに由仁をからかってくるし、意地悪するし、お前みてぇな女にカレシなんて出来るのかねぇなんて笑うけど、嫌いじゃない。嫌じゃない。

どうしてだろうと考えかけて、やめた。答えはとっくに知っていた。

黙り混んだ由仁を見て、幸村と佐助が優しく笑う。


「素直になればいいのでござるよ、由仁殿。」
「そうそう。誕生日なんだろ?たまには素直になってみるのも、悪くないかもよ」

そう言って笑った二人の向こう側。
話が終わったらしい政宗が帰ってくるのが見えた。気が付いて幸村を急かしながら場を離れてくれた佐助には、あとでじゃがりこでも奢ってやろうと思う。

「……おかえり」
「おう」
「………………だっこ」
「は?」
「だっこ!して!」

何だかもうやけだった。
幸村と佐助に諭されたように素直になるなんてやっぱり難しいから、ちょっと強引かもしれないけれど、何でも言うことを聞いてくれるという約束に頼ってみる。

政宗はぽかんとして、それから楽しそうににたぁといやらしく笑った。そうかそうか、一人きりで寂しかったわけだななんて腹の立つことを言い出したから思いきり殴りかかる。
それを軽々と受け止めた政宗は、由仁の隣の席に座って手を広げた。

「Came on!」

語尾に音符が付きそうな声色だった。膝の端っこ、一番政宗から遠いところに横向きに座りながら、既に恥ずかしくて死にそうだ。自分で言っておきながら真っ赤になっている自覚はあった。確信もあった、だって政宗が凄く楽しそう。
何だかもう顔を上げていられなくて、政宗の胸に顔を押し付けた。政宗の匂いだ。

「どうしたの」
「何がだ?」
「告白、されたんでしょ」
「……なるほどねぇ、」
「は?」
「妬いたのか」
「うるせえ黙れそんなんじゃねーし」

バカ政宗アホ政宗死ね政宗。そう毒づいても嬉しそうな様子に尚更腹が立つ。でもやっぱり、嫌いじゃなかった。カノジョ出来たとか言われたら本気で泣くかもしれないとほんのちょっぴり、本当にちょびっとだけそう思って横目で睨み付けると、政宗の大きな手でわしわしと撫でられる。

「なんもねぇよ。」
「……嘘だ」
「本当。ただの委員会の報せだよ」
「……ほんとに?」
「本当だっつってんだろ。第一、俺にはもうワガママなprincesがいるんでな。手一杯だろ」

そう言った政宗が珍しく優しげに笑うものだから素直に見蕩れていると、急に腰を抱き寄せられて大騒ぎした。政宗を椅子から突き落とす。

「いってぇ」
「ばか!ばかでしょ!ばか!ばーか!」
「それ以外の語彙はねえのかよ」
「あほ!ドジ!間抜け!!」
「あーはいはい。」

たぶん由仁は、今のままの距離が好きなのだ。近くて、でも近すぎなくて、政宗の方からその均衡を崩してくることはあるけれど、だけど絶対に由仁が本気で嫌がるようなことはしない。まるでお姫様扱いをされているようだ。大切に、大事に扱われて、守ってもらっている。たぶん。
ああそうか、と思った。だからお願いしたいことがないのか。傍にいてくれるだけで十分だから。

政宗は尊大で傍若無人で意外に甘えたがりで、たまにコイツはもしかして自分のことを王子様だとか殿様だとか王様だとか、とにかくそんなようなものだと思ってるんじゃないかと思うときがあった。態度は悪いし意地悪だけど、政宗は由仁に対して猫を被らない。自分と対等に扱って近くに置いていてくれている。その時点で、由仁はきっとお姫様だった。

そこまで考えて、急に恥ずかしくなった。頬のあたりからむずむずと「恥ずかしい」がぶわぁっと全身に広がって、なんとか誤魔化そうと由仁は叫ぶ。


「も、元親に返事もらってきて!」






しばらくして政宗が持ってきたルーズリーフの切れ端には、大胆な字で「中華まん」と書かれていた。帰り道に政宗に買ってもらおうと思う。

だって、今日の由仁はお姫様なのだから。政宗がそうだと言ったのだから。


今度の政宗の誕生日には由仁が言うことを聞いてあげてもいいなとちらっと思って、すぐにその子ども染みた考えを打ち消した。
ダメだダメだダメだ。あの俺様何様お殿様に好きなようにしていいよ、なんて、怖くて言えるわけがないじゃないか。







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(131214)

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大切なお友達であるさくまさんへ。
誕生日おめでとうございます。




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