中・短編 | ナノ



好き、だなんて薄っぺらな言葉じゃ足りないから、私たちはいつもお互いの首を絞めるように愛し合う。呪詛という細々とした黒い糸を幾本も幾本も丁寧に縒り合わせて睦言にしたそれをゆるりと相手の首に巻いて、じわりじわりと、真綿で絞めるよりももっとずっと優しく黒の糸を引き絞るのだ。誰にも、何にも邪魔はさせない。この世には、少なくともこの夜には、私と御前様以外の登場人物は要らないのであった。


「御前様、今日は星が美しゅうございますね。」


そう言えば、輿の上で私を抱え込んだ御前様はそうよなと短く同意した。

「月が見えぬからであろ」
「あの輝きも美しゅうございますが、星を隠してしまうとはいささか無粋ですね」
「ぬしはほんに星が好きよな」
「御前様が好きだから」
「ヒヒッ。さよか。」

喉で笑う御前様の、病躯なれども頼りなくなどない体にもたれかかって、私は空を仰いだ。満点の星。それから、背に感じる御前様の体温。
今の私にとって世界はその二つだけで構成されていて、それを感じることができるこの瞬間が大好きだ。

視界の隅を流れ落ちた星を追いかけて見た地面は思っていたよりも遠く、そういえば天守から出てきたのだと今更なことを考える。御前様との夜の散歩は今までにもたくさんしているはずだけれど、思えば地面を眺めたことなんてなかったかもしれない。途端に興味深くなった地面をまじまじと眺めていると、先刻落ちた禍つ星を思い出した。

落ちたら、死ねるのだろうか。


「……やれ、由仁。われの可愛い由仁。そう心配せずともよかろ、ぬしを落とし
たりはせぬ。」
「御前様ですもの、心配などしておりません。ただ、」
「ただ?」


御前様は繰り返してことりと首を傾げた。案外に可愛らしいところの多い方なのである。この世に住まう者の大半が、ほとんどが、私以外の全てがおそらくそれを知らないだろうことがひどく勿体なく思えたが、それは心地好い音を立てて私の充血した独占欲を満たしてくれた。
このお方を真に知るのは私だけでいい。そんな私の醜い想いは、きっと御前様をぐるぐるときつく縛っている。御前様の全身を覆う、白い蛇の包帯のように。

「……もし落ちて死んだら、私は御前様と同じところに行けるのかと考えておりました。」


御前様。妬み妬まれ忌み忌まれ、泥の苦しみを知る御前様。
あなたと結ばれたとき、私はあなたの業を半分持つと決めたのです。そのときからこっち、もとより極楽浄土に行けるなどとは爪の先程も思っておりません。

ただひとつ願うのならば、地獄でもあなた様のお傍に。この世と同じくまた二人で、なんだ地獄の釜もこんなものかと笑いたい。
そう言った私の頬を撫で、御前様はまた喉の奥で笑う。壊れた玩具に触る手つきで私の髪をすいた御前様の指先からは、嗅ぎ慣れた薬のにおいがした。


「心配しやるな。ぬしはわれのモノ。他の誰にも、何にも、奪うことなどできぬ。」


ごわごわと硬い布の感触が、私の頬を、瞼を撫でる。歌うように紡がれる御前様の言葉は耳から私の体の中へと次々に入ってきて、腹の奥の方に降り積もった。

「もしぬしが死ぬのであれば、そのときはわれが逝かせてやろ。他の誰にも殺させはぬ。ぬしはわれのモノ。そしてわれはぬしのモノよ。われのことはぬしが殺せ。さすればわれの罪もぬしの罪も、等しく伴侶殺しよ。きっと底の国でも共に在れよう。」


それは、ひどく芳しい睦言だった。
他の誰が聞いたとしても物騒だと笑うだろう甘言が、私たちにとっては何よりも甘く幼稚な愛の言葉だった。


「御前様、御前様、」
「あい。」
「きっと、絶対、約束ですよ。私の最期は、御前様が貰ってくださいね。」
「あい分かった、ワカッタ。愛しいぬしの思うがままに。」
「御前様の最期は、私にくださいね。」
「当たり前よな。」


こうして私たちは、愛するようにお互いを殺すのだ。呪うように愛すのだ。小指に絡んだ黒い糸は、ごちゃごちゃに絡まってもう二度とほどけない。ほつれない。

ただの睦言では足りないからと、代わりに贈るのは呪の言葉。
生まれ変わっても離れぬようにと愛を囁く純粋さで紡がれた呪いは、泣きたいほどに甘美であった。









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(131210)




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