中・短編 | ナノ



ケータイが鳴った。ルルルル、初期設定から変えてない無機質なコール音。別に使い方が分からないとかそういうのではなく電話をかけてきた人物を判別するためにあえて変えていないだけで、他の人間は皆一律に流行りの音楽が鳴るようにしている。
つまりは今のこの電話は、彼女からだということで。


「…………。」


3コール分ほど表示を眺めて、どうしよっかなぁ、と一応考えてやってから、切った。またすぐにかかってきた電話は、今度は鳴り出す前に切った。こうすれば、多分。

「今日は何秒くらいですかねぇ?」

ひぃ、ふぅ、みぃ、そのままゆっくりと数えていって、七を数えると同時にドンドンドンと荒い足音が聞こえてくる。まるで恐竜のようだと考えて、少し笑った。

床に靴底を叩きつけるように歩いていたその人物は恐らく又兵衛の家の前で止まって、ドアチャイムを連打した。ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。開けに行ったりはしない。どうせ合鍵は渡してあるのだ。


チャイムの音は暫く続いたが、無視しているうちに諦めたらしく静かになって、これはいよいよ乗り込んでくるぞとベッドに戻って頭まで毛布を被る。食べ終わったポテチの袋と勉強道具がそのままになっていることには気がついていたけれど、あえてそのままにしておいた。

ガチャリ、鍵が回って、ドアが開いて、


「おい又兵衛このヤロー!!!!」


すっかり聞き慣れた怒鳴り声が、鼓膜をビンビン叩く。今が昼でよかった、彼女じゃない方のお隣さんは割と短気だからと関係ないことを考えながらも、可笑しくて堪らない。五月蝿いですよぉと布団の中からくぐもった声を出すと、毛布がベリッと引き剥がされて、目の前に可愛らしいおめめを三角にした由仁が現れた。

「ちょっと!何してるの!もう昼だよ!!」
「起こさないでくださいよぉ。疲れてるんだからさぁ。」
「浪人生がよく言うよ!死んでるんじゃないかと思って電話してやったのに明らかに悪意的に切るし!」
「痛い痛いいたぁい、由仁、由仁、耳離して」
「布団から出るまでダメ!」
「離せよぉ」
「ダメ!」

いたいいたぁいと大袈裟に騒ぎながら、由仁に引き摺られる形でベッドを出た。又兵衛はそのまま部屋の真ん中に置いてある小さな折り畳み机の前に座らせられて、由仁はテキパキと周りを片付け始める。勉強の合間に食い散らかしたお菓子の袋を捨てて、出しっぱなしのコーヒーカップを洗って、カーテンを開けた由仁は振り返って先程までの剣幕が嘘のように笑うのだ。


「頑張ってるみたいじゃん」


例えば、勉強机の隅に出来た消しカスの山だとか。日に日にボロボロになっていく参考書だとか。又兵衛の努力の跡を残らず見つけて、嬉しそうに笑う能天気な由仁の顔が、又兵衛は嫌いではなかった。

「当たり前でしょお、おれ様を誰だと思ってんだよぉ。」
「はいはい、天才秀才又兵衛サマでしょ。そんなことはせめて家事が出来るようになってから言いなさいよ。わたしがいなきゃ死んじゃうくせに。」
「今日の朝食は?」
「親子丼。昼食だけど」

親子丼。ふむ。まあ悪くはない。
粗方部屋を片付け終わったらしい由仁が自前のエプロンを付けてキッチンに立つ。ワンルームの安いマンションだから、由仁が慣れた様子で卵を割るところも、適当に結んだせいでほつれかけた横髪を耳にかける仕草もよく見えた。
心許ないつくりの折り畳み机の上で頬杖をついて眺めるこの後ろ姿はまるで通い妻のようで好きだったりするのだが、由仁相手に好きだの嫌いだの言うのはなんだかむずむずしてどうにも決まりが悪い。だから好きな子にそれとは言えない小学生のようにわざと由仁に迷惑ばかりかけているのだけれど、それが許されてしまうとどうしようもなく、愛されているような気になってしまうのだ。甘えている自覚はあった。けれども目標のために自分は割と頑張っている自覚もあって、そのご褒美として少し由仁に甘えるくらいいいだろうとも思う。由仁も満更ではないようであることだし。

「由仁は」
「んー?なにー?」
「……由仁は本当に、おれ様が好きだよねぇ。」

甘えて甘えて、おれ様の面倒で手一杯になって、近所の女子大に通う由仁が一年留学してしまえば良いと思うのだ。そうすれば、去年までと同じ。由仁と又兵衛はまた同じ学年になる。勉強する分野は違ってくるだろうけれども、きっと今より、近づけるはずなのだ。同じ立場で、同じ目線で。そこからまた、やり直せるはずだ。

肩越しに又兵衛を振り返った由仁はとてつもなく不細工な顔をしていた。仏頂面というやつだ。それでも白くて柔らかなほっぺにはやや赤みが差していて、思わず噴き出しそうになって慌てて口を塞ぐ。そんな又兵衛を睨み付けた由仁が、まぁ、と口の中で呟くように言った。

「……努力家の又兵衛サマは好きかもね。」

不細工な顔でそんなことを言う由仁がどうしようもなく愛しくて、そーですかぁとぶっきらぼうに返すのがやっとだった。なんだかむずむずするけれど、己はくしゃみがしたいのだろうか。とりあえず由仁が留年しますようにと、何にかはよくわからないけれど願っておいた。






back
(140223)




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -