珍しく悪酔いして泥酔した猿飛はあたしの膝の上に突っ伏してわんわんと泣いていて、あたしはその背を叩いてやることもせずにジントニックを煽っている。喉を滑り落ちていく液体は冷たくて熱い。ふーと息を細く吐き出せばまるで煙草の煙のように色のついた吐息が滑り出た気がした。
「俺、はっ、汚い……!」
またそれか、と思う。
これは明日必ず記憶を無くしているんじゃないかと思うほどべろべろに酔ったとき、猿飛は必ずその話題を口にした。そして次の日にはそれをサッパリ忘れているのだ。弱いやつ。ずるいやつ。
「あの人に言えないこといっぱいしてきて、でもそれもあの人のためで、そうやってあの人にせきにんをなすりつけようとしてる、俺は、汚いっ」
「そんなことないよ」
「……うそだ」
「嘘じゃない」
「なんでそんなことゆえんの、おれのことしらないくせに」
「知ってるよ。猿飛のこと、よぉく知ってる。いつも頑張ってるね。」
よしよしとグラスを持っていない方の手で頭を撫でてやった。じわ、と目に涙を滲ませた猿飛はぎゅうとあたしに抱きついてきて、胃の中の焼き鳥が逆流しそうだなんて考えながらその背をぽんぽんと叩く。
「いっそののしってくれたほうが楽なんだ……!いつも、いつもいつもっ、何でもないような顔でわらうから、苦しくて、くるしくて」
「でもその笑顔を守りたいから頑張っているんでしょう」
「蔑んでくれればいいのに、俺なんて、しんじまえって、言ってっ」
罵ってくれ、蔑んでくれ、猿飛は繰り返す。本心からそう思っているのは確かだけれど、もし本当に真田からそんなことを言われたらドン底まで落ち込むのだろう。それでいてそうだねと軽く同意して笑うのだ。勝手なやつ。勝手で面倒くさい、不憫なやつ。
いつもいつも真田のことばかりで、自分は真田の隣に立てるような男じゃないのにとそればかり悩んでいて、今隣にいるのが誰かなんて気づきやしなくて。記憶がなくなるまで飲んだときでさえ口から出てくるのはあたしの名前じゃないのに、あたしはどうしてこの男が必死に伸ばしてくる手を振り払わないのだろう。
「……猿飛」
「でもどうすればよかったの、ねえ、俺はいつだって一番いい方法を選んできたつもりだったのに」
「猿飛」
「あの人が笑えるようにって、俺の傍で、傍じゃなくても、わらっていられるようにって」
「猿飛」
ぼろぼろと涙を溢しながら自分勝手に喋り続ける猿飛の頬を両手で挟んで、キスをした。アルコールくさいキスだった。唇を離したあとの猿飛はポカンとした顔をしていて、普段じゃ見られないような間抜け面が可笑しかったけど笑わなかった。
「猿飛、うるさい。」
「…………うん。」
涙が止まったらしい猿飛が、あたしに抱きついたまま身を捩る。
「……由仁ちゃん」
驚いた。泥酔しているときにあたしの名前を呼ぶなんて。はじめてのことじゃないだろうか。ドキドキ言う心臓を宥めて「なに」と素っ気ない返事をした。「由仁ちゃん」「なに、猿飛」
「由仁ちゃん、好き」
それだけ言って、猿飛はあたしの肩におでこをぶつけた。違う。気を失った、のだ。慌てて細い体を抱き抱えれば、眠っている人特有の深い息遣いが聞こえて溜め息をつきたくなった。
「……うそだろー、」
目を覚ました猿飛はきっと、全部忘れているのだ。
自分が悩みを吐露したことも、あたしがそれを適当に慰めていたことも、あたしを好きだと言ったことも、全部。
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(140218)
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