本日もお仕事よく頑張りました。お疲れさま!

そう自分に言ってやる。別に言ってくれる人がいないからって拗ねてる訳じゃないよ?
マンションの下にあるコンビニで、自分へのご褒美にと値引きのシールの貼られたケーキを購入する。疲れた頭と身体には糖分補給が一番だと思う。
ショートケーキは素晴らしい。何が素晴らしいって、見た目がいい。苺の赤と生クリームの白、スポンジのクリーム色。非常に俺の食欲をそそる。もちろん美味しいし、定番だからか値段もそんなに高くない。うん、素晴らしい。ショートケーキ、ラブ。

眠そうな店員にケーキと小銭を渡しながらレジの時計を見上げると、日付はとっくに変わっていた。9時くらいに帰る予定だったのに、今日は本当にめんどくさい仕事だった。よって俺は精神的にも肉体的にもかなり疲れていた。コンビニを出てため息をつくと、吐いた息が、もう三月も終わろうというのにやけに白かったので急いでマンションに入る。

部屋に帰ったらケーキを食べて、お風呂に入ってとっとと寝よう。
そう心に決めて、携帯を操作しながらエレベーターに乗り込み、依頼主に報告のメールを打ち終わるとちょうど、チン、と小気味よい音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。


「おせえよ。帰る所だった」


そこには、シズちゃんがいた。
俺はそのままエレベーターから出なかったのだが、閉まりはじめた扉にシズちゃんが足を突っ込んで開け、俺の腕をがっしりと掴んで四角く狭い空間から引きずりだした。


「ちょっと、痛いんだけど」

「手前がチャキチャキ出ねえからだろ、ほらとっとと鍵開けろ。ドア壊すぞ」

「はー、シズちゃんが言うとしゃれになんないよね」


俺は素直にシズちゃんに従って部屋の前にしゃがみこみ、素直にコートのポケットから鍵を出して鍵穴に差し込んだ。
以前、帰ってきたらドアが無くなっていた事があるからだ。バカ高い修理費が薄給で貧乏なシズちゃんに払える訳もなく、その場は仕方なく俺が払ってやったのだが、ちゃんと利子計算もしているので(勿論トイチで)そろそろ回収したいところだ。
鍵をのろのろと回しドアを開けて靴を脱ぐと、シズちゃんも玄関に入って来て靴を脱いだ。これまでの経験から彼の目的はわかっているけれど、一応聞いておく。


「…何しに来たわけ?こんな深夜に」

「ケツ貸せ」

「死ね」


シズちゃんと俺は仲が悪い。
それは周知の事柄でありまごうことなき真実だ。しかし、こうやってときたまシズちゃんは俺の部屋の前で待ち伏せ、帰ってきた俺を抱く事がある。もう何度目かは忘れたし、なぜこんな事になったのかも忘れた。
俺は平和島静雄は大嫌いだが、平和島静雄とするセックスは嫌いではない。ただ、今日だけは別問題だ。


「ごめん、今日はパス」

「あぁ?さんざん人を待たせておいてふざけんなよ」

「勝手に待ってただけでしょ…俺は今日死ぬほど忙しかったんだから。無理無理」


そう言ってケーキを机の上に置いて、コーヒーを入れようと彼に背を向けたとたんにぐしゃり、と嫌な音がした。振り向くと先ほどまで可愛らしい形だったケーキはもうただのスポンジアンド生クリーム、アンド苺だった。


「ちょっと何してくれてんの!」


慌てて「ケーキだったぐしゃぐしゃの物体」に歩み寄ると、シズちゃんの拳が俺の腹にめり込んだ。


「は…ッ」


ずきずきと痛みを訴える腹に眉をしかめる。痛い。かなり痛いが、多分手加減はしてあるのだろう。あくまで痛いだけで、腹に風穴は開いていない。
シズちゃんは痛みに苦しむ俺を抱き上げて、窓際のパソコンの方へと連行した。


「…何する気」


問うてはみるものの、反応は無い。パソコンは壊されたら困る、と思い暴れてみるもののシズちゃんの腕からは逃れられなかった。
しかし、シズちゃんの目的はパソコンなどではなかった。


「つめたっ…」


外の冷気がダイレクトに伝わる、俺のこだわりのでかい窓に顔をぎゅうと押しあてられる。手は後ろでひとまとめにされ、その上シズちゃんがのしかかってくるので身動きがまったくとれない。
シズちゃんはそのままの体制で俺の耳をべろりと舐め、とんでもない事を囁いた。


「このまま犯してやるよ」


俺は思わず青ざめた。


ありえない。とんでもない。
こんな大きな窓に押しつけられて、しかも明かりをこうこうとつけてるのにセックスをする、だなんて。
そんな事を言ってる間にも、シズちゃんは俺のコートを引き剥がしてインナーをひきちぎり、コートの袖の部分を使い俺の手首あたりでぐるぐると結んで両手の自由を奪う。
こんな所で無理やり抱かれるくらいなら、腹を決めてベッドで抱かれるほうが大分マシだ。


「ちょっと待ってわかった、ちゃんとやるよ。やる。だから寝室にいこうよ」

「もう遅えよ」


必死に逃れようと身を捩ったりしてみるものの、シズちゃんの巧みな手さばきにより俺のズボンはフローリングにこんにちはした。
シズちゃん、そんなのどこで覚えてきたの、なんて挑発する余裕は無く、ただただ俺は青ざめる。


「うそ、うそでしょ、だめだって、見えるって」

「もう二時過ぎてんだろ?どうせ人なんか通らねえよ」

「やだ、やだってば、ちょっと…!」


シズちゃんの指がトランクスにかかる。俺は思わず目を瞑った。
外気に触れた、と思ったら、冷たい感触。きっと窓ガラスに当たったのだろう。思わず声を洩らすとシズちゃんはくっくっと楽しそうに笑った。


「外から見たらどんなんだろうなぁ、イザヤくんよお」


最低。死ね。鬼畜。死ね。
俺はその3つ以外もうわけがわかんなくなって、気がついたら鼻がつーんと痛くなって、目があつくなってきた。やばい、口が開いたら泣きそう。死んでも泣くものかと必死で堪えようと唇を強く噛むが、シズちゃんの手が俺のペニスを軽く握り、上下に擦ったせいで俺のささやかな抵抗は無意味になった。


「ふっ、あ…あ、ひっく」


予想通り、色を含んだ声とともに嗚咽が洩れる。シズちゃんは俺の明らかに泣いていますー、な嗚咽を聞いて、慌てて俺を窓から引き離し手を縛っていたコートを解いた。


「っ、見んな、」


泣いてる姿を見られることが悔しくて、袖でごしごしと目を擦り、シズちゃんに背を向ける。
しばらくひくひく喉をしゃくりあげていると、シズちゃんが申し訳なさそうに「泣くなよ」と言いながら俺のむき出しの肩を掴んでぎゅうと抱き締めた。いまさらそんな事をしても無駄だよと言ってやろうかとも思ったが、あいにくそんな元気は無かった。


「だっ…て、ひっ…シズちゃ、んがこわかっ、た」

「…悪かった」

「謝る…っくらいなら、はじめからっ…そんな事すんなよっ、死ねえ、ばかシズちゃん」

「あーもうわかったから、俺が悪い」


ふと目線を上げると、抱き締められた俺の姿と眉間に皺をよせたシズちゃんが窓に映っているのに気付いて、俺はゆっくりと目を閉じた。



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