簡単に手に入るものなんて、つまらないでしょ?簡単にクリアできるゲームなんておもしろくないじゃない。だから俺は、毎日毎日少しずつ、自ら難易度を上げる。
そんな事をしていたら、いつの間にかクリア画面があるかどうかすらわからないゲームが出来ちゃってたよ。



「そうか、死ね」

「そうか、じゃないでしょ」

「死ね」

「死ねでもない」

「悪かったなァ…あいにく手前と会話する気なんざねえ、よッ!」


しゃべりながら投げられたゴミ箱を、膝下くらいの丈のコートをなびかせてひらりと躱す、多分今ここ最近で一番の避け。俺、美しい。


「俺はシズちゃんとお話したいなあ?」

「んだ気色わりい、死ね」

「まあまあ、そんな事言わないでさ」

「うぜえ」

「…全くシズちゃんは口を開けばうざいだの死ねだの…」

「黙れ」

「…黙れだの…ほんっと、ボキャブラリーが貧困だね?」


シズちゃんの沸点は低い。いきなりキレだすものだから、いつ自販機やら標識やらが身体を掠めるかわからない。だがシズちゃんは律儀に、うおおお、やら臨也あああああ、やら掛け声をあげてくれるのですごく避けやすい。


「死ね、臨也あああああ!」


ほら、こんな風に。
投げられたゴミ箱を避けて、間合いを詰める。シズちゃんがパワー系なら俺はスピード系だ。シズちゃんが振り切った体勢から戻る前にシズちゃんの懐へ飛び込み、ナイフを一閃した。


「…ッ!」

「おかしいな。肉を裂くつもりで斬ったのに」


ナイフを弄りながらシズちゃんをにらみつける。
振り切った体勢からすこし腰を引いて避けたようだが、俺のナイフはシズちゃんを逃さなかった。
しかし流石トンデモ腹筋というか、もうユニフォームなっているバーテン服だけがぴらりと裂かれていてその下の肌は無傷なようだった。


「いい加減死んでよ」


冷たい目で睨み付けてみるものの、切れたバーテン服をじっと見つめるシズちゃんとは目が合わず、俺は肩透かしを食らったような気分になった。


「ねえ」

「…ふく」

「は?」

「俺の…服…」

「…は?」

シズちゃんの纏っていた雰囲気が一瞬にして変わった。俺はどこかの自称霊媒師だとか占い師だとかとは違って「気」や「オーラ」を使ってその人の運勢をはかり知る事は出来ないが、殺気を纏った人間とそうじゃない人間はわかる。これは多分経験によって身体に染み付いたものなのだろうけど。


「あは…シズちゃん…そんな怒んないでよ」


それはただの直観だけれど。
肌で危険を察知してじり、と後退る。…そうだな、色で例えるなら赤黒く暗い灰紫色。なんじゃそりゃ。まあそんな感じのどろっとしたものーシズちゃんから発せられた殺気がだんだんと溢れだす。
ヤバい。かなりヤバい。俺はその場から退場しようとシズちゃんに背を向けた。その瞬間。


「…ッつ、」


ぐい、と長い腕が俺の腕を掴む。ぐらりと身体が揺れたが、流石にこけるような事はない。咄嗟に身を屈めて目を伏せ、シズちゃんから栗だされるであろう衝撃に備えたが、痛みはいつまでもやってくることはなかった。
恐る恐る目を開けると、シズちゃんは俺の腕を掴んで何かを堪えるように、脂汗さえ浮かべていた。

「……シズ、ちゃん?」

「…大丈夫、だ」

「…なにが?」

「ちょっと黙ってろ」

「……うん、?」


ぎゅうと痛いほどに握られた腕がじんじんと痛みを訴える。
俺としてはちょっと黙ってるのは良いにしろ、早く離してほしかったのだが。
そのまま状況は変わらず、しばらくの時が過ぎた。


「よ、し」


なにがよしだよ。
ようやく離された腕を見ると、ほんのりと赤くシズちゃんの手形がついていた。何これ、気持ち悪い。絶対後で紫色になる。


「…何だったの」

「あー、実験」

「…ハッ、俺は実験台って事?」

「うっせえよ」


シズちゃんは胸ポケットからタバコを一本出して、口にくわえてライターで火をつける。そしてタバコをくわえたまま路地裏を出ていった。

いったい何だったんだろうか。本当に奴は訳が分からない。クリア画面どころかスタート画面すらたどり着けてないかもな。
俺は苦笑いしながら、跡の残る左腕をいつまでもじっと見つめていた。





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