「あ、トムさん、これ。ほら携帯クーポンで200円くらい安くなるやつっすよ」

「え、なにそれ。マジで?」

「あれっす、なんかダウンロードして見せる…ああ、はい、こんな感じっす」

「おお、すげえな。じゃあお姉さん、これ2つ」



トムさんと仕事で池袋の街を歩き倒し、一時も過ぎた辺りでようやく一息つく事ができたので、俺たちは通い慣れた西口公園前のファーストフード店に転がり込んだ。
営業スマイルを浮かべる女から番号札とセットのコーヒーを受け取ると、トムさんが、端っこのいい席でひらひらと手を振っていた。


「おお、いい席っすね」

「だろ?たまたまだけどな」


どかり、と腰を下ろしてアイスコーヒーのフタを外し、シロップを入れてくるくるとストローでかきまぜる。トムさんは無糖派なので、白いフタを開けることもなくそのままストローをぶっさしてごくごくと飲む。よほど喉が乾いていたのか、しばらくトムさんが口からストローを離すことは無かった。
トムさんがようやくストローを離した辺りで、すっかりシロップのまざったコーヒーに気付きフタをする。


「あー…今フタ見て思ったんすけど、このフタのデコボコのやつ、ある割には使われてませんよね」

「あ、これか?これって中身がわかるようにへこますんだべ。まだへこまされてるやつ、みたことないけど」

「そっすね。俺も昔バイトしてた時もあれ押したことないっすわ」


こんなくだらない話を続けていたら、気付けば席はほとんど埋まっていて、昼の稼ぎ時ならではの混雑が店を包んでいた。池袋には駅前にたくさん同じファーストフード店があるのだが、どこもおそらく似たような状況だろう。俺は今自分が席、しかも端っこのいい席に座れていることに小さな喜びを感じていた。
のだが。
その喜びはある人物によって、一瞬にして塵と化した。


「こんにちはー相席、いーですか」

「あ、えーと…」

「臨也でーす、折原臨也、21歳」

「…あーっと、俺は別にいんだけど、なあ静雄……静雄?」

「あっ、いいですいいです。シズちゃんの意見なんてこれっぽっちも参考にする気、ないんで。しつれーしますー」


そう言ってトムさんの横に座る臨也。トムさんは、ほら、人がいいから。人がいいから怒らねえけどよ、俺はそんなに人間できてねぇの、知ってるよなぁ?
そう心中で呟いて、持っていたストローを折る。自分でも気付いているが、手に持っている物を折って踏み潰すという行動は俺がキレる前の、なかば儀式のような行動だった。臨也もそれに気が付いているはずで、俺がストローを折ったあたりで「おやおや」と、さしておやおやと思っていないような感嘆を漏らす。


「シズちゃん、よくないよ。実によくない」

「…あぁ?」

「ここは屋内で、御覧のとおりの混雑だよ。君の上司で中学の先輩で恩人の田中トムさん、もここが端っこのなかなかいい席で、俺が座ったせいで壁側に詰めていただいているおかげですぐには逃げられない。ここまで言ったらわかるよね?」


ああそうだ。他の奴も、トムさんも、巻き込みたくねぇ。…まあ、ノミ蟲の言うことに一理くらいはあるわけで。
俺はここからでたら真っ先に殺してやるからな、と呟いて、その言葉で昂ぶる感情をセーブした。
ストローをひっぱって真っ直ぐに伸ばし、おとなしく席についた俺を見てトムさんが安心したようにため息をつく。臨也は椅子に腰を下ろした俺と入れ違うように立ち上がり、「じゃあ俺注文してくるー」と言ってレジの方へ歩いていった。


「いやー…お前がキレるんじゃねえかって心配したわ」

「…キレてますよ、現在進行形で。ただ無理矢理押さえ込んでるだけで、あのノミ蟲が同じ空間に居るってだけで、もう殺したくて殺したくて仕方ないっす」

「おいおい、物騒な事言うなって」


落ち着け、落ち着けとジェスチャーをして、トムさんがレジの方に目を走らせる。それにつられるかのようにレジを見やると、臨也はおとなしく人の列の最後尾に並んでメニューとにらめっこしていた。そんな臨也を見つめたまま、トムさんはまたコーヒーを啜る。


「…ま、たまにはいいじゃねえか。むっさい昼飯に少しの潤いってな」

「あいつが来たことで俺の心には黄砂が吹き荒れてますよ」

「はは…ああ、そういえばさっき21歳って言ってたけど」

「いや嘘っす、ムカつくことに同い年なんでれっきとした23っす」


レジではようやく臨也の番が回ってきたらしく、メニューを指差しながら注文をする。金を払い終えると、何やらレジの女と会話し、俺のとトムさんのハンバーガーとポテト、それからおそらく臨也のであろうドリンクの紙コップと番号札を、トレイに載せて運んできた。
見た目より重いのか、背の高い紙コップによりバランスがとれないのか、少々足元がふらつきおぼつかない臨也に、ちっ、と舌打ちをして立ち上がろうとしたのだがー…


「あー、無理しなくていいから。ありがとな」


トムさんの方が行動は早かった。俺のほうが、レジからトレイを運んできた臨也に遠い形で座っていたため、俺は腰をあげてテーブルに手をついたままの状態で固まる事になった。


「わあ、こちらこそ、ありがとうございますー。無茶はするもんじゃないですねえ、予想外のバランスのとりづらさで」

「あー、わかるわかる。ドリンクがあるとなあ」

「ですよねえー。あっ、ハンバーガーこれであってますか」

「ああ、オッケーオッケー」


臨也とトムさんはにこやかに会話しながら仲良く歩いて来、今度は臨也が壁に近いほうの席に座り、レジ側の席にトムさんが座る形となった。
臨也は壁にもたれるように座ると立ち上がりかけた状態で固まっている俺を見て、「シズちゃんもありがと」と言ってにこりと微笑んだ。


「…別に、俺はなんもしてねえから」


言いながら椅子に腰掛けると、臨也がふうん、と興味ありげに鼻をならした。


「でも、持ってくれようとしたんじゃないの」

「…いや、便所なだけ」


なんだか臨也を助けようとしたという事実が目の前に突き付けられたようで、俺は便所という口実を使った。そしてそんな口実を使ったばかりに行きたくも無いトイレに立たなくてはならなくなり、心中で舌打ちをしながらもう一度立ち上がってトイレへと向かった。


「あー…何やってんだ、俺は」


トイレという、狭くて掃除はしてあるにしろお世辞にもキレイとは言い難い居心地の悪い空間で、とくに何をするでもなく、ただゆっくりと時間をかけて手を洗う事だけに専念した。
1分ほど手を洗い続け、席に戻るためにトイレを出ると、席では臨也とトムさんが和気あいあいとした様子で話していた。
なんとなく沸き上がってくるイライラを感じながら席へと戻る。


「えーっ、それホントですかー?」

「これがマジなんだって…あ、静雄。おかえり」

「あ、シズちゃん」


二人はそれだけ言うと、また元の、俺の知らない会話に戻って時折笑い声をあげて盛り上がる。俺はむしゃくしゃしながらハンバーガーの包み紙を乱暴に破いて思い切りかぶりついた。
セットのポテトを完食しハンバーガーの三分の二が無くなった辺りで、トムさんが「あー、俺も便所」と言って立ち上がり、端っこの席には俺と臨也の二人きりになった。
先ほどまで弾んでいた会話はトムさんという話し相手が居なくなったことにより完全になくなり、端っこの席は無音になる。かなり気まずい。俺が気まずさに耐えられず残りのハンバーガーを無理矢理詰め込もうとした時、臨也の細っこい手がハンバーガーを掴んだ俺の腕を握った。


「…あぁ?」

「それ、ちょーだい」

「なんで手前に最後の一口やらなきゃいけねえんだよ」


そうぶっきらぼうに言って、臨也の手を払いのけるはずだったのだが、続く臨也の言葉に俺の動きは停止した。


「トムさん、は、くれたよ?」





いつの間に名前で、とか。
何餌付けされてんだ、とか。





そんなバカなことを考えながら、臨也のちっこい口に残りのハンバーガーを全部ねじこんでやった。

トムさんがあげたハンバーガーよりも俺がねじこんでやったハンバーガーのほうがでかいはずだ。絶対。




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