「わ、わー、ドタチンだあ。ひっさしぶり。こうやって会うのはすごい、すっごい久しぶりだねぇ」
「そう、だな」

ピンポンと呼び鈴を鳴らすと、ドアが部屋の主の手によって開かれる。開けた瞬間口も開いていたから、おそらく確認もせずに開けたのだろう。全く、情報屋という危ない職業をやっている割には一人暮らしの女でもしないような事を平気でする。
わあわあと歓喜の声を玄関でさんざん浴びせた後、ちょっと他の部屋は散らかってるからと案内されたのは、客室とは名ばかりの、棚に資料の並んだ殺風景な部屋だった。
臨也が波江と呼ぶ、どこかで見たような美人が門田にコーヒーを出してくれた。いい香りを放つそれはおそらくボトルのものや、ましてやインスタント等ではなく豆を家で挽いたものなのだろう。門田が香りに誘われるように口をつけると臨也がおもむろに口を開いた。

「で、どしたの。俺に何か用?何か欲しい情報でもあるのかなあ。まあ、長い付き合いだし、ね。…ドタチンならサービスしてあげないこともないよ?…あっ、それとももしかしてお土産でもくれるのかな?あ、俺今すごい、寿司食べたいんだけど、シズちゃんがちょうど今露西亜寿司にいるっぽいんだよね。全く、薄給なのに無茶するよねえ。庶民なら庶民らしく…いや、貧民って言ったほうがいいかなあ。…貧民らしく、自炊でもしてろって、ね。あっでもシズちゃんは料理とか出来ないし…だってあれ、ほら。三年の時だったかなあ。調理実習の時、卵、すごかったよね。割ろうとしてるのか知らないけど、卵ぜーんぶ、ぐしゃっ、ぐしゃっ、て。アッハッハ、ハッ。俺あの頃ホントくじ運悪くって、シズちゃんと同じ班だったんだけどさあ。もう最悪だよ。オムライスなのに卵が無いって…、オムライスって、オム・ライスでしょ?オムはオムレツの略だから、俺が食べたのはただのライスなんだけど。そのケチャップライスも、ニンジンとか固かったし、ほんと最悪だったね。…まあ、とにかくシズちゃんに自炊は無理だよ。あんなんだから、作ってくれる人も居ないし。…あれ、何の話だっけ。…ああそうそう、だからお土産は寿司がうれしいよ。特に大トロ」

…よくもまあ、それだけの長い台詞を噛まずに喋れたもんだ。
呆れを通り越して感心する門田を尻目に、臨也はにこりと微笑み大トロは?と聞く。

「いや、悪いがお土産でも、情報を売ってくれっていう話でもないんだ」
「なーんだ。じゃあ、何?」

臨也の興味は薄れたようで、ゆったりとしたソファーに身を任せる。カップに手を伸ばし、ふー、ふーと冷ました後、コーヒーを口に含んだかと思えば、火傷したのかあちちと舌を出す。臨也の容姿は卒業から6年ほど経ったにも関わらず、高校からあまり変わっていない。そんな臨也の姿を見てちいさな緊張がとれた門田は、ゆっくりと話し始めることにした。

「えーと、俺じゃなくて、ダチからの相談…というか、質問?なんだが…」
「えっ。俺について?そんなのドタチンに聞けば良いのに」
「いや、俺も知らないこと」
「ふうん。じゃあ高校以前のことかなあ」
「いや、高校の時」

ずっと、ぽんぽんと会話がリズム良く飛びかっていたのだが、ここで臨也が間をとり、再びコーヒーをすする。今度は火傷しなかったのか、ごくん、と飲み下して不敵に笑った。


「…そう。シズちゃんに聞けば?」

「え」


ここまで静雄の名前は寿司〜自炊〜調理実習の話題(全部臨也が話し始め、臨也で終わった話題であるが)でしか出てこなかった上に、それが今から話そうとしている話題の中心となるものであったため、門田はひどく驚いた。
そんな門田の様子を見てか、臨也の微笑みは不敵さをさらに増した。細い足を優雅に組みかえ、すこし首をかしげ、またコーヒーを口に運ぶ。一口、飲み下してまた会話を続ける。コーヒーを一口飲んで話をはしめるのは彼の癖なのだろうか、と門田がどこか客観的に臨也を観察していると、門田の眼前に人差し指が突き付けられた。


「当ててあげようか。質問は俺とシズちゃんの高校時代…、とくに一、二年の関係。質問者は狩沢絵理華……ビンゴ?」


的を射る、どころか的のど真ん中を根こそぎかっさらったような臨也の言葉に、思わず門田は息を飲んだ。

「…さすがだな」
「ふっふん。…まあ、俺は話す気はないし、シズちゃんに聞いたらたぶんドタチンでも危ないと思うよ」
「…危ない…」
「生命のキケン、って意味で」

にこ、と首をかしげて微笑む臨也の瞳は笑っていなかった。追及すべきでない話題なのだろう。誰にだって触れてほしくない古傷はある。門田はこの辺りで引き上げる事にした。


「…そうか。悪かったな、邪魔して」
「ううん、別にいいよ。ただ今度来るときは寿司持ってきてね、大トロがいいなあー」


軽く手を振り、ばいばいという臨也の声を背中で聞きながら、この後おそらく狩沢に質問攻めされるんだろうな、と思うと、門田の口から思わずため息が出た。









「平和島静雄と高校時代何かあったの?」

ふう、と小さくため息を吐くと同時に、コーヒーを片手にドアにもたれかかった波江が問い掛けた。

「おや、聞き耳かなぁ。感心しないね」
「あなたたちが大声で喋ってたからよ」
「ふーん、そう?うーんとね、まあ秘密かなぁ。あんまり思い出したくないんだよね」
「そう」
「あは、」

興味がそんなにないなら聞くなよ、と思わずいいたくなるような素っ気ない返事に、思わず笑ってしまった。ドタチンの飲んでいたコーヒーを手にとり部屋を出ていく波江の後ろ姿を見て、俺はゆっくりと目を閉じた。
―まったく、思い出したくないものを思い出しちゃったな…
苦々しい顔をして、冷めかけたコーヒーをすすり、いつかの、バカみたいな青春に思いをはせた。




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