痛い。



目が覚めると、見慣れない天井が目覚めの挨拶をくれた。やあ、はじめまして。同時に激痛がド派手に挨拶。…うん、君には会いたくなかったなぁ。
激しい痛みによって無理に覚醒させられた意識はすっきりと澄み渡っている。よし、少し冷静になった。
さあ、ここはどこだろう。ぐるり、と視線だけで部屋を見渡す。この部屋の主人はなかなかの金欠のようだ。狭い部屋の壁にはシミがあり、穴が開いている。ドアの近くには段ボールが詰まれ、そこから服とそれを包んでいたであろうビニールが散乱している。一言で言うと、汚い。
そして、部屋を見渡す際に見たくないものが目に入った。


「…なんでシズちゃんがいるのさ」

「あ、起きたか。ここ、俺の家」

「ああそう…」


そういえば、最後に見た景色は池袋が背景だった。シズちゃんに追っかけまわされて、逃げてる途中に自販機を投げられた後の記憶が無いからきっと投げ付けられたそれは俺にクリーンヒット、俺はノックダウン、だったのだろう。ああ無様だ、恥ずかしい。


「足と腹。痛くねぇ?新羅に診せたら、骨折だってよ。腹は大丈夫だった」

「…あー、足かー…足、困るよー」

痛くねぇ?、って、キミがケガさせたんでしょうが。喉まで出かかって、言うのはやめた。今の状態でシズちゃんとケンカなんてのは危険すぎる。
しかし、足は困る。腕とかなら別にいいのに。足が動かないとシズちゃんから逃げられないしね。それに、情報屋として足が使えないのは終わってる。頭を抱える俺に、シズちゃんは席を立ち、冷蔵庫からラップのかかったうさぎりんごを持ってきて俺に差し出した。

「ん」

「え、なにこれ」

「りんご」

「いや、それは見たらわかるけど。なにこれ、シズちゃん作品?うさぎとか!きもっ」

「アホか!んなわけあるか!新羅だよ」



うさぎの形に切られたりんご。シズちゃんが作ったのならおもしろかったのになあ。しゃくっと音を立ててかじると、果汁が喉を潤した。新羅はメスでこれを作ったんだろうか。医療用メスでうさぎりんごを作る闇医者。想像するとなんかうける。
笑いながら窓の外に目をやると街はすっかりオレンジに染まっていた。もう夕方か。窓から差し込む夕焼けに照らされたシズちゃんの顔は酷く沈んでいた。


「シズちゃん?」

「…びっくり、した」


シズちゃんは顔を上げない。珍しい事もあるもんだ。いつもこれでもか!と言わんばかりに眉に皺を寄せた目で俺をきっ、と睨み付けるくせに。

「なにが?」

「お前、避けなかったから」

「あー…」


避けなかったわけじゃないんだけどなあ。避けきれなかっただけなんだけど、それを言ってしまうと無様に拍車がかかるのでありがたい勘違いは放置することにする。

「お前が、…倒れたとき、どうしようかと思った」

「…へー」

「…死んだかと、思った」


シズちゃんは相も変わらず椅子に座ってうつむいている。かたかたと小刻みに震えているようだった。振動が椅子に伝わり、かたかたは大きな音になって鼓膜をふるわせた。
シズちゃん、怖いの?人が死ぬのが。それとも、俺が死ぬのが?



「…俺は、こんなんじゃ、死なないよ」

「…ん」

「ほら、元気元気ー、あああいたた」

「…ん」


シャツを捲り上げ腕を折って力瘤をつくってみるものの、シズちゃんは見向きもしない。何にもない足元をみつめて、ん。ん。と相づちを打つだけだ。なんだか悔しくて体全体で『元気!』を表現しようとしたら足に響いて激痛が走った。そこまでしてもシズちゃんはそのまんまだった。


「…シズちゃん」

シズちゃんは、怖いんだろうな。なんだかんだ言って、シズちゃんは人を殺した事が無い。骨折や内臓破裂くらいならたくさんいるんだろうけど。
だから、俺なんだろうな。俺ならシズちゃんの力を受け止めることはできなくても、ある程度受け流す事はできるから。
そう信じていたからこそ、俺のたかが骨折にここまで動揺したんだろう。


「…大丈夫だよ。俺はその辺のやわな奴らとは違うからねぇ。シズちゃんの馬鹿力でもちょっとやそっとじゃ死なないよ」


俺、やさしいなぁ。やっさしいなぁ。
きっとシズちゃんの欲しい言葉はこれ、でしょ。
本当なら、いつも死ね死ね言うくせにいざ怪我させたらショボーンって、あなたツンヘタレですか!ツンヘタレなんですか!くらい言ってやろうと思ってたんだけど、あまりのシズちゃんのショボーンっぷりに毒抜かれちゃった。
シズちゃんは俺の言葉に今度こそ顔を上げた。口角をあげてにやり、と笑む。
ああ、シズちゃんらしいや。

「そか」

「うん。だから、大丈夫だよ」

「…おう、」

はいはいどうも、心配してくれてありがとう。


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