こっち向いてよ。



俺が見てんのに、まったく。どこ見てんの。
シズちゃんの視線の先を追ってみる。ああ、あの女子高生見てるのかな。へぇ、ああいう娘がタイプだったの。よく言えば清楚だねぇ。悪く言えば地味、暗そう、陰気。…顔はまあまあ、中の上くらいだとは思うけど。
ううん、やっぱダメダメ、あれはかなり若いでしょ。高校生なんかと付き合ったって、ジェネレーションギャップに苦しむだけだよ。それにああいうタイプとシズちゃんは合わないよ、だからやめときなって。


昼過ぎの公園はお昼を食べるOLも仕事に戻り、学校へ行っているため子供達もいないのでただでさえ人が少ないのに、バーテン服やサングラスやらのせいでシズちゃんはひどく浮いていた。タバコをふかしながら公園のベンチで女子高生を見つめる金髪グラサンのバーテン。怪しいったらありゃしない。
ほら、後ろ後ろ!視線感じないかなぁ、感じるでしょ。
だからこっち向けって、このやろう。

「シズちゃん」

思わず声を出してしまった。シズちゃんはぴくっと肩をふるわせ、ゆっくりと振り向く。さっきまでのぽーっとした顔じゃなく、しかめっ面のお手本になるような不機嫌な顔で。

「ああ゛、なんか用かぁ」

「べっつに、シズちゃんに用なんて存在しないけど。ただ、女の子を気の抜けた顔で見つめてたもんだから、邪魔してやろうと思って」

「…ハァ?誰も、見てねぇけど」

シズちゃんの眉はこれでもかというくらいに皺を刻む。ああー、きっと図星なんだろうな。答えるのに間があったし、なんか目が泳いでる。
はぁ、なんであんなんがいいのかな。ここに上の上の特上がいるのにさ。

「…本当にそうならいいけどね」

「どういう意味だコラ」

「そのままの意味だけど?」

喋りながらさりげなく横に座る。シズちゃんは悔しいくらい長い足を組み換えた。タバコの火を足元の土で消し、吸殻を携帯ケースに入れて立ち上がる。

「なに、どっかいくの?」

「手前が来たからな」

「えー、ちょっとショック。ね、コーヒー奢るからちょっと話そうよ」

「断る」

「…ひどいなぁ」

シズちゃんは尻に付いた土を払う。俺もそれにならって立ち上がって土を落とす。
シズちゃんはぱんぱんという土を払う音に振り向き、ちっ、と舌打ちをした。

「付いてくる気かよ」

「だってシズちゃんが逃げるんだもん」

「いつもは逆のくせによぉ」

喋りながらすたすた歩く。シズちゃんは一歩が大きい。すらっと伸びる足をフル活用して歩くもんだから、一緒に歩くのは一苦労だ。心の中でひいふういいながら小走りで付いていくとシズちゃんが急に立ち止まった。目の前には色とりどりのジュースが並ぶ自販機。自販機は道路標識、ガードレールに続くシズちゃんの武器だった。

「ちょっ、勘弁!今日はやり合う気はないよ」

思わず後ろに飛んで間合いをとると、シズちゃんはポケットに突っ込んでいた手を片手だけ出して、俺の目の前で開く。

「ん」

「は?」

「コーヒー。奢ってくれんだろ?」

シズちゃんはひらひらと手を振って硬貨を求める仕草をする。そういえばそんな事も言ったっけ。

「あ、あー。うん、無糖でいい?」

「…あー、おう」

チャリン、チャリン、チャリン。
シズちゃんの長い指に挟まれた硬貨がボタン一つでコーヒーの缶に変わる。
チャリン、チャリン、チャリン。
俺も同じものを買って、シズちゃんに続いてベンチに腰を下ろした。シズちゃんはプルトップを勢い良く開けて、いきなりひと飲みした。

「あちっ」

「…そりゃー、熱いでしょ。HOTって書いてあったもん。シズちゃんのバカ」

「うっせぇ、黙れ」

「バカ、バカバカ…」

シズちゃんのバカ。
早く気付けよバカ。こんなに俺が見てやってんのに。シズちゃんは知らないかもしれないけど、俺ってすごい人気。男女問わずすっごい人気なんだから。俺のために死ぬ、なんて言ってる奴らも両手両足なんかじゃ数えらんないくらい居るんだよ。
だから早くしないと俺、どっかの奴に取られちゃうかもよ。ねぇ、シズちゃん、早くしてよ。

「おい、臨也」

「…シズちゃん、のバカ」

「なんつー顔してんだ」

ぴたり。シズちゃんの、缶コーヒーで暖められた手が額に当てられる。熱なんかないけど…ああ、暖かいなぁ。触れた所からじんわりと熱が染み込むのが気持ち良くて俺は目を閉じる。

「手前なんか今日変だぞ」

「…んー、結構余裕ないからかも」

「はー、なんだそりゃ」

「シズちゃんが気付いてくんないから」

「俺のせいかよ」

「うん、シズちゃんのせい」

「…やっぱ、いつも通りかもな、うぜぇから」

缶コーヒーを飲み終えたシズちゃんは手首のスナップをきかせ、ゴミ箱に器用に投げ入れる。ガシャン、と音を立てた缶コーヒーは沢山のなかのひとつになった。
俺はもうどれがシズちゃんのかわからなくなった缶コーヒーの空き缶を見ながら、いいしれない不安を感じた。

シズちゃんの中で、俺って何?

特別、それとも特別じゃない?
上の上の特上、中の上、それともそれ以下?
あの缶コーヒーみたいに、沢山のなかの一人なの、さっき見つめてた女子高生みたいにぽーっと、俺のことは見てくれないの、シズちゃん。
そんなのは、やだよ。


「シズちゃん、やだよ」

「…ハァ?」

「俺のこともっと見てくれないと、やだよ」

「嫌だね」

「…なんで」

「だって俺手前の事嫌いだ」

「俺だってシズちゃんなんか嫌い」

別に、嫌いと言われても何も感じないから、きっとシズちゃんの事は好きじゃない。シズちゃんなんか嫌いだ。うん。高校時代からずっと、ずっと会うたびに言ってる、揺るぎない言葉だ。シズちゃんなんか、嫌い。


「じゃあ何でだよ」

「沢山のなかの一人になりたくないから」

珍しく、オブラートに包まずにまっすぐにものを言っているのに、それでもシズちゃんは俺の言うことの意味がわからないのか金色の頭をぼりぼりとかく。

「あのなー、もっとよくわかるように喋れ」

ああ、じれったい。
もう、わかったから。「いいよ」って言ってよ、お願い。

「…シズちゃんー…」

シズちゃんは無言で、背中で、突き放す、ひどく突き放す。さっきまで暖かかった額は冷たい風に触れてすっかり熱を失っていた。寒いよ、シズちゃん。もっともっと俺に触れてあっためてよ。俺に触れられる人なんてシズちゃんくらいなんだから。

「臨也、」

うつむいた俺の頭にシズちゃんの手が触れる。ちがう。全然だめ。触れてほしいのは、そこじゃないのに。
それは俺の頭を好き勝手にわしゃわしゃと撫で回した。

「…手前が素直になったら考えてやらなくもない」

「……俺は、素直だよ」

「いーや、素直じゃないね。もっとまっすぐにこいよ。そしたら、受けとめてやるから」

「うっざ、何様ー」

「はいはい、じゃ、俺仕事」

「…ん」


手を振りつつシズちゃんの後ろ姿を見送る。さよなら、とかまたね、の挨拶はないけど、ああこれが俺達だなあ、となんとなく思ったりして。
うーん。勢い良く伸びをすると右手からちゃぷん、と音がして、ああそうかまだコーヒーが残ってたなぁと気付いた。すっかり冷えた、120円の価値は確実に無いまずいコーヒーを一気に飲み干して、シズちゃんみたくゴミ箱に投げ入れた。
シズちゃんの缶と、俺の缶。
誰かが飲んだ缶、缶、缶。
どれが誰のかはもうわからなくなってたけど、まあいいや。











(…あいつ、なんか臨也に似てるなぁ)

(メガネ外して、髪の毛切って、もっと自信持った顔つきになれば…いや、やっぱあんま似てねぇか)
(アイツのほうがもっと、なんていうか…)



「シズちゃん」



(そう、これが臨也だ。これがいいや)





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