静臨、正沙前提

「……誰に何言ったかわかってます」
「セックスしよう。俺は君にそう言ったよ」

頼まれていた仕事、明らかにカタギじゃない人間から受け取った明らかに合法でないものを渡しに事務所を訪れた正臣を迎えたのは、そんな仕事の内容よりもとんでもない臨也の言葉だった。理解できない脳を置いて、ヒクヒクといち早く反応を示す口角を無理矢理にあげる。

「……は、はは、おもしろくない冗談すね」

仕事は完璧にこなしたのだし、金を貰ってはやくここから立ち去ってしまいたい。しかし、デスクの向こう側の射ぬくような臨也の視線がそれを許さなかった。
ゆったりとしたチェアーに身体を預けたまま、俯く首に視線の糸をかけていく。けして見えないその糸は縄のように太くはないが切れることはなく、正臣をその場に縫い付けていた。

「やだなあ、冗談なんかじゃないよ。割と真剣」
「じゃあ尚更おもしろくないっす。もう帰っていいですか」
「あは 駄ァ目ー」

頬杖をつきながら、デスクを挟んで棒立ちになり俯いた顔を上目遣いに覗かれる。切れ長の蘇芳の瞳に情けない顔を映したあと、くっくっと喉を鳴らして「いい顔してるねえ」と述べた。
意地悪く笑いながら組んでいた脚をほどき、おもむろに立ち上がると、臨也はどこか冬の木の枝を彷彿とさせる脚をデスクの上にのせた。積み上げられたファイルの山が振動で崩れる。そのまま身軽にもデスクに飛び乗り、書類やらファイルやらをかきわけながら四つんばいになった。狭いデスクに身を置くことが許されなかった足の先からぼとりとスリッパが落ちる。
伸ばされた、まるで女のように細くなよやかな指が正臣の頬の線をなぞる。まるで愛撫するような、誘うような手つき。この人はこういうことをし慣れているんだ。ふつふつと沸き上がる嫌悪感に従って思わず顔を背けたが、臨也はたいして気にする素振りもみせず、伸ばした手もそのままに笑んでさえみせた。

「憎悪に葛藤、そんな淀んだ感情とグロテスクな欲望とがドッロドロに混ざってる、ひどく汚いけど――いや、汚いからこそ素晴らしい、人間の表情だ」
「…アンタの言うことはよくわかんないですけど、」
「そんな愛すべき人間の正臣くんに良い事を教えてあげよう、」

眉を寄せる正臣と対称的に、恍惚とした表情の臨也が言葉を遮った。宙に留まっていた指が再び正臣を誘う。
しかし、今度は頬に触れたのではない。

「嫌いだから犯す、っていうセックスもあるんだよ。……大丈夫、相手は俺なんだから、そんなセックスに罪悪感を感じる必要なんてない。むしろこれを機会に憂さ晴らししちゃえばいいんじゃない」

正臣は臨也の行動にただ呆然と立ち尽くすしかできず、抗議する声のひとつもあげられなかった。チロリと下唇を舐めた赤い舌、伏せられ影をつくる長い睫毛――ジーパンごしに、膨らみつつある己をなぞる手。その一挙手一投足に視線が奪われる。

「お互い悪い話じゃないと思うなあ。正臣くんとなら後腐れしなさそうだし…ああ、ニンシンもしないし」

少しずつだが膨らんでいくそこをいつくしむように優しく、半円を描くように撫でる。正臣は動けないどころか抗議の声のひとつすらあげられずにいた。そんな正臣をどう思ったのか、臨也は大きなため息をついて、
まだ?
声は出さずに唇の動きだけでそう伝え、正臣の首に手をかけてぐいと引き寄せた唇に無理やり自らのそれをかさねる。思わず身を引けば、デスクからずり落ちてしまうだろうにもかかわらず臨也は正臣に体重を預けた。後ろ足で必死に二人分の体重を支える。ぬるりとした舌が割り入ってきて、思わず顔を背けそうになるのを許さないと言わんばかりに深く舌をねじ込まれた。やがてデスクが支えていた体重の全てが正臣へと移り、正臣はしなだれかかる身体を抱き抱えるようにして床におろした。二人してくずれるように冷たい床に座り込む。
歯列をなぞるような舌の動き。わざとだろう、時折チュクチュクと水音をたてるその行為につい微睡んでしまった――そんな正臣の目を覚ますかのように、突然背中にチクリとした痛みが走った。はっと正臣が目を見開くのと臨也が唇を離したのはほぼ同時だった。

「…いつまで被害者でいるつもり?突っ込む側は君がやってよ。もし拒んだら、」
「……アンタ、」
「まず沙樹ちゃんでしょ、帝人くんとか杏里ちゃん。あとは適当に黄巾の幹部の子たちかな」

名前何て言ったっけ、と左手の指を一本ずつ折りながら数えていく臨也の瞳は先ほどの誘うような生ぬるいそれとは違い、凍てついた氷のようだった。

「…………ア ンタって」

背中に回された臨也の手を掴み、眼前へ連行する。大きな窓から受ける陽光を浴びて鈍く放たれる光に目を細めながら、正臣は深呼吸して少しの間を取ってから、
「最低 ですね」
と、腹の奥から絞りだしたような声で言った。思った通りにそれは臨也の愛用するナイフだった。臨也は一瞬だけきょとんと目を丸くしたが、すぐにいつもの鋭さを取り戻して不適に笑う。

「……心外だなあ。俺は君に理由を与えてあげてるだけだよ?だからね、つまり、君は俺が憎いから抱く訳で、後腐れも妊娠もしなくて便利だから抱く訳で、彼女や友人に危害を加えると脅されたから抱く訳だよ。まだ理由が必要なら作ってあげるけど――」

聞かずとも出される答えはわかっているとでもいうようににっこりと笑い掛け、ぱちんと音をさせてナイフを閉じた。

この人の話に聞く耳をもってはいけないということは痛いぐらいに、それこそ文字どおりその身をもってわかっていた。
声も言葉も笑顔も、なにもかもが嘘、計算、悪魔のそれだ ってわかっている。
わかってるはずなんだけど。

正臣の意思と反して、勝手に体がうごいた。吸い寄せられるようにその身体へとたどり着いた手が黒いインナーを滑らせる。コントラストのせいか、あらわになった肌はやたらと白くみえた。てろりとだらしなく下がったインナーからおしげもなく出された皮と骨ばかりの肩を掴むと同時に、惑って焦点の定まらない正臣の目が一瞬、やたらと赤い口元を映した。まるで芸術作品のようにうつくしく整った顔のなかで、そこだけがグニャリとみにくく歪んでいる。

「……もう、じゅうぶんだよ ねえ」

臨也のセリフを遮るように、細い肩をぐいと自らの方に引き寄せた。
やたらと柔らかく艶やかな濡れ羽色の髪ごと、がっしりと両手で頭を掴んで無理やり唇を塞ぐ。貪るように、深く。

「ん、ま さおみく、ぅん、」
「…やめてください」

鼻に掛けたような声は演技臭くて気に入らない。もちろん気に入るようなところも演技臭くない所作も、何一つこの人にはないのだけれど。
臨也の細い腕が首に回されると、正臣はそう心中で呟きながらゆっくりと体重をかけて痩せた身体を押し倒した。たっぷりとした黒い髪の毛がフローリングの床を染めるようにぱらりと渇いた音を立ててひろがる。
ゆっくりと唇を離すと、飲み下せなかった唾液が正臣の顎を伝って臨也の胸にぽたりと落ちた。それを追い掛けるようにぷくりと膨れた胸の突起に手を這わすと、おとなしく身を任せていた臨也が急に目を見開いて、胸に置かれた手をぱしりとはねのけた。

「ええ、嘘。前戯とかしちゃうの。酷くしなくていいの、相手 俺だよ?」
「……は?ひどくされたいんすか」

正臣が怪訝そうに眉をひそめて言うと、臨也は払ったばかりの手を引き戻し、ぎゅうと両手で包むようにして握った。「いいよ?」挑戦的な声だった。組み敷いているのは自分のはずなのに、

「ひどくしなよ。ぐちゃぐちゃにしなよ、正臣くん。俺のこと嫌いなんだろ」

この人はもっとずっと高いところにいて、地面に這いつくばる自分を見下している。正臣はそんな気がした。

臨也の口に突っ込んで、申し訳程度に指を濡らし、性急にもそのまま後孔に突き立てる。ぴっちりとかたく閉ざされた入り口を、ゆっくりほぐそうとするのでなく、ただ無理やりにグリグリと押し広げると、呻くような声があがった。

「、ぁ、ああ゛っ」

ざまあみろ。ほくそ笑んで、ギチギチに締め付けるそこにもう一本指をねじ挿れる。

「うう゛っ、ひぃ ぁ、う゛あ、っ、はっ、はあっ、」

痛いのかキツいのか、ぼろぼろと涙を流す臨也を見て正臣はちくりと―さっき背中に感じたものぐらいには胸が痛んだことに気が付いた。
こいつのせいで俺の半生メチャクチャになったっていうのに、なんでだよ。
自身に舌打ちしながら、中指と人差し指をバラバラに動かして奥へ奥へとすすめていく。思っていたよりも容易に、臨也が指を次々と受け入れていくことも正臣を苛立たせたことの一つだった。
すっかり根元までその身を隠していた三本の指を乱暴に引き抜いて、ガチャガチャとベルトのバックルを外す。

「はあっ、……ははっ、ふーん、そっかぁ。やっぱ若いんだもんねえ…」

さらけだされた、天を仰ぐそれを見た臨也は小馬鹿にしたように言った。
若い。
それって、誰と比べてんすか。
危うくこぼしてしまいそうになった言葉を飲み下す代わりに、自分に言い聞かせるように口を開く。

「…っ俺は、」

膝を割り、太ももをつかんで開脚させる。ぐりりと入り口に押しあてると、ヒクヒクと肉が震えているのがわかった。

「…俺は、アンタが嫌いだ、っ」
「、あっ ああっ」

一息に腰を推し進める。指であれだけ広げたのにもかかわらず、臨也の内壁は正臣をまるで食い千切らんとするかのように締め付けた。

「、んっ、う う゛っくぅっ」
「利用してる、だけ で」
「んう゛っ、くう、あっ」
「脅されたから、しかたなく」

かなりキツいが、動けない訳じゃない。要するに締め付けがいいのだ。何度か腰を動かすと、最初感じた圧迫感もだんだんと心地のよいものにすらなってきた。
臨也のほうも痛みに慣れてきたのか、うめき声しか洩れ出ることのなかった口から断続的に甘い悲鳴があふれるようになっている。

「ああ゛、っあっ、あ、まさお みくぅっ、あ、ああんっ」

己の名前を呼ぶ声。今この人を抱いているのは自分だという事実が突き付けられたが、腹の底に鎮座したのはただの嫌悪感だけではなかった。

「やあ、な、なに、おっきく」
「っ…アンタなんか、」
「いっ、いっ!ああんっやっ!はげしい、はげし、よぉっ」
「、アンタ なんかっ 嫌いだ、」

ぎりぎりまでひきぬいてから内奥まで、前立腺をえぐるように。呪うような言葉を吐きながらも、何かを隠すように挿抜はその激しさをましていく。

「ひっぅあん、ふぅっ、上手ぅ、じょうずうぅ!そこぉ、も、もっとしてぇえ!まさおみくぅんっ、ま、おみ くぅ、ああっあっ、あっ、」
「…ッくっそ、なんで俺は、」
「ああああっいっいいいっ!ズ、ちゃんっ!しぅ、ちゃあんっああん!いいっいいよおっいくぅ、いっ、ちゃう んんっ」
「……なんで ッ……アンタは俺に抱かれてんだよ!!」
「あっ、あっあっあっああっあっふっ く ぅんああん!!いっいあああっ、ああああっ」


臨也さんだけじゃない。
俺にだって、大切な人がいるのに。
彼女というカテゴリーの少女を思い浮かべると正臣の胸中は罪悪感で押しつぶされそうだった。
彼女を愛しているというのはけして嘘などではなく、まぎれもない真実だ。恋人とよべる人がいる。二人とも。
それが名ばかりのものでなく、それぞれがそれなりにいい関係を保っていることもお互いがよく知っていた。

「ああぁ……はっ、んは…っあはは、あっはは、あはははは」

正臣の荒い息と、すえたような臭いが充満する部屋の淀んだ空気を、たがが外れたように笑う臨也の渇いた笑いがふるわせた。

「なんなんですかアンタ…っ こんなことして、満足かよ……」
「んんっ ……ははっ、やだなー正臣くん」

逃げるように、からみつく肉壁からそれを引き抜くと、臨也は不意に正臣の胸ぐらを掴みぐいっと引き寄せた。どろりと濁った目。正臣の困惑した顔が映るそれを三日月のかたちに歪めて満足そうに笑う。

「君だって同罪」




姦通罪


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