土曜日の夜。その言葉だけならば今までと何ら変わりのないもののように思えるが、実際には先ほど日付が変わったばっかりで、つまり今は金曜日の夜中という訳だ。
いつもは仕事も終わって1人で家にいる時間。俺は値引きされた弁当でも、風呂上がりの濡れたバスタオルでもなく臨也と一緒にいた。そして、ビールの缶の淵でもメンソールのきいたタバコでもなく、臨也と唇をあわせている。

角度を変えたり、時折すこし離して見つめあったりもしたが、もうかれこれ五分以上はキスしたままだ。多分、実際には五分どころじゃなくてもっと時間が経っているんだろうな。そう思いながらやわらかい唇をまた啄む。臨也の甘ったるく熱い声が俺の頭の中を溶かしてぐちゃぐちゃにしていく。

「んん……」

もっと触れたい。
眉を寄せて伏し目がちになりながらもおずおずと自分から舌を絡めてくる臨也に、もともとそんなに頑丈だとは言いがたい理性の糸が今にもぶちぎれそうだった。
キスだけじゃ足りない。もっと、色んな所に。
そんな淀んだ、沸々と沸き上がる欲に従って、舌を絡ませたまま黒いスウェットの中に手を滑り込ませる。すべすべと吸い付くなめらかな肌は触っているだけで気持ちがいい。あばらの骨をなぞるように手を滑らせ、やがて乳首にたどり着くと、臨也は指の先がそこを掠めただけでビクンと震え、体を強ばらせた。

(あーー…やべえ)

離れたくないと拒む筋肉を無理やり動かしてどうにかこうにか磁石のようにくっつこうとする手をはがし、その代わりとは言わないが戸惑ったような表情の臨也にもう一度口付けた。
いくら理性がぶちぎれようと、臨也が嫌がることだけはしたくない。

「…悪ィ、」

額、目尻、唇。
触れるだけの唇が離れたあと、臨也は潤んだ瞳で上目遣いに俺を見て、何かを訴えるような、咎めるような声音でシズちゃん、と俺の名前を呼んだ。今の今までキスのひとつさえもしたことなかったのに、いきなり触られたら、そりゃびっくりするよな。

「あー…もうしねえから」

指どおりのいいサラサラの髪を撫でながらもう一度謝ると、臨也はおもむろに首を横に振る。俺をじっと見みつめ、視線で何かを訴えようとした。

「…い…から」
「……?」

こぼれた小さな声を聞き取れず俺の眉がひそめられたのを見て、臨也は諦めたように目を伏せる。しばらく逡巡するように目を泳がせていたが、やがてすう、と深く息を吸って俺の胸を軽く叩いた。

「……いっ…いいから続けてよ!」

吐き出された声はまるで自棄だと言わんばかりで、語尾なんかに至ってはもはや叫びのようなものだった。
よほど恥ずかしいのか、叩いた手のもとへとずるずるともたれて顔を隠すように俺の胸に額をすりつける。ぐしゃりと服を掴む仕草がなんだか子供っぽくて思わず笑みをこぼすと、臨也は涙まじりの声で最悪、とつぶやいてまた俺の胸を叩いた。

「いいのかよ」

できるだけやさしく臨也の肩を掴んで、言う。

「……たぶん、止めらんねえぞ」

臨也は俺の言葉にぴたりと動きを止めたが、ややあって「うん」とくぐもった声で答えた。


そこからあとはもう、一瞬だった。

骨張った臨也の身体を胸元から引き離し、髪と髪の間からのぞく真っ赤な頬に軽く口付ける。そのまま背中を抱えてゆっくりと体重をかけると臨也はおとなしくソファーにその身を委ねた。
ドクンドクンと煩いぐらいに波打つ心臓の音なかば性急にスウェットを捲り上げれば、照明の下に眩しいぐらいに白い肌がさらされた。なんだかくらくらする。きれいだ。きれいなのに、
――汚してえなァ、
なぜだか、そう思った。当たり一面真っ白の、平らに積もった雪を見て足跡をつけたくなるのと似ているのかもしれない。

「しずちゃ、んっ」

抗議するような声を遮って、せわしく上下する胸をこれ見よがしに舐めあげる。臍のくぼみから腹筋をなぞり、鎖骨まで。真っ白の肌に俺の唾液が残した軌跡がてらりといやらしい光を放っているのを見ると、どうしようもなくぞくりと肌があわだった。

「ちょっと、まっ」
「待てねえ って言ったろ」

伸ばされた手が俺の髪を掴んだが止める気はない。
ぷっくりと膨らんだ赤い突起を舌でもてあそびながら、臨也のズボンとパンツをいっしょくたにしてぐいと膝の辺りまで下ろす。冷たい空気に触れてヒクヒクと小刻みに震えるモノに手を伸ばすと、臨也は逃げるように身を捩った。

「っうあ、」

ソファーから落ちそうになっている臨也の身体を片手で支えながら、ゆるゆると反応を示しつつあるソレを指でつうとなぞってやる。臨也はきつく眉を寄せて、うううと小さく唸った。いつだったか見たAVのアンアンという喘ぎには程遠かったが、臨也の押し殺したような声はそんなものよりもずっと俺を興奮させた。

臨也だって、嫌とは言ってねえ。
そうやって自分に言い訳をして、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
男を相手にした事は当然のごとくないので、自分でやる時と同じように手の平で包み込んで、はげしく上下に動かした。

「ひっあ、う っ」

緩急をつけてみたり、先端のほうをクリクリといじってみたりすると、臨也は面白いくらい敏感に反応して、快楽を逃がそうとするように頭を振った。ビクン、と腰を跳ね上がらせ、生白い喉を反らす。

「も、もう だ、だめだ」
「あ?なにが」

骨と皮しかねえんじゃねえの、とさえ思う細くやわな腕が顔を隠そうとするかのように交差するのを無理矢理剥がして頭上にまとめあげる。

「あ、はなし て、 はなッ、あ」

隠されていた臨也の赤茶けた瞳にはまるで覆うようにうるうると透明の膜が張っていた。飴みたいできれいだ。溶けた甘い蜜をべろりと舌で舐めてやりながら鈴口を軽く爪でひっかいてやると、臨也は回らない舌で必死に「だめ」だと繰り返した。

「だから、何がっつって―」
「っ、も っくぅ、うああっ」

いく、
一段と高く、大きくなった声がそう言うが否や、手の中でびゅくり精が弾ける。すらりとした太ももに力が入って筋が浮き出ていた。

「あっ ああ……」

やがてすべてを吐き出し終わり、臨也のソレをつかんだままの俺の手からどろりと白い液体がこぼれ落ちたのを見て、臨也は息も整わないうちに、さっきよりも苦々しげに最悪だとぼやいた。

「最悪、本当に 最悪、だ」
「こんな出しといて何言ってんだ」
「うっわ、やだやだ、そんなもの見せないでよ!」
「あん?…っうお!」

手前から出たモンだろうが、とつい声を荒げた俺の口めがけて臨也がクッションをぶん投げる。間一髪で躱したものの、涙目の臨也は身を捩ってソファーからフローリングに落ちてしまったクッションにまで手を伸ばしていた。照れ隠しなのだろうが、それを掴んでこちらに投げようとした瞬間。

ピルルルル、

空気を切り裂くような高い電子音が部屋に響いた。
臨也の携帯の、あの独特の着信音とは別だが、マナーモードにしている俺のものでもない。体を起こして音のする方を見れば、パソコンの隣に山積みにされた資料に埋もれるようにして置かれた固定電話が点滅していた。ピルルピルルと温度のない音が早く受話器を取れと急かす。

「………鳴ってるみてえ」
「………」
「出ねえの?」
「 あ、うん」

クッションを振りかぶって固まってしまった臨也に言うと、臨也ははっと我にかえったようにまばたきをし、あわててズボンをあげながら電話のもとへと走った。
受話器を取って点滅と呼び出しを黙らせた臨也が四角いそれを耳に当てたとたん、ととのった眉の間にきゅっと溝が生まれる。

詳しい会話の内容はわからないが、臨也の顔がどんどん曇っていくのはここからでも十分わかった。最後にわかりました、と言って電話を切った臨也心底つらそうな顔をしていることも――わかっているからこそ、無理に明るい声を出した。

「なんだ、仕事かァ?クリスマスだってのに大変だなあ、素敵で無敵な情報屋さん っつうのはよー」
「…………ごめん」

しばらくの沈黙ののち、喉の奥から無理やり押し出されたような重い声。細いとは言わないがいつもより幾分かは弱々しいその声に舌打ちして、残されていったクッションをうつむいたまま謝る臨也に投げつける。

「何シケた面してやがんだよ、そんなんじゃナメられんぞ。もっといつもみてえにムカつく嘘くせぇ愛想笑い浮かべとけ」

片手でクッションを受けとめた臨也は呆気にとられたように目を丸くしたが、やがてふっと頬をゆるませた。

「―っはは、なにそれ」

デスクチェアーにかけてあったコートをつかみ、いつもの衣装をまとった臨也の表情は先ほどとはまったく別の顔になっていた。携帯を充電器から外し、ポケットにつっこみながら先ほどシャンパンと歩いた廊下を歩く。俺はテーブルの上の、グラスにまだかなり残っているそれを一瞥してから臨也の跡を追うようにソファーから立ち上がった。
いつもと真逆の立ち位置で玄関に立つ。
俺が臨也の部屋の中、臨也がドアの前に立ち、じゃあ行ってくる、と言おうとする唇をふさぐ。すこし触れただけで離れていった臨也の顔はほんのりと赤くなっている。
このまま外になんか出したくなえなあ。
せめてもとコートのフードをかぶせてやり、モコモコとしたファーをつかんで引き寄せて、もう一度口付ける。それだけで終わるはずもなく、息をつぐ間もあたえずにもう一度、もう一度と、再び電話が鳴るまでただひたすらにそればっかりを繰り返した。




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