未だかなりの長さを残した煙草をコンクリートに落として、それを身代わりだといわんばかりに革靴でグシグシと踏み潰した静雄は地の底から響くような声で吠えた。

「臨也くんよぉ……いつになったら手前は俺の言う事を聞いてくれるんだ、あァ?」

ネオンが落とす静雄の影が細い路地に追い詰められた臨也の顔を陰らせる。傷だらけの体を庇うように、せめて顔だけはと空々しく不適な笑みを絶やさずにいたが、獣じみた静雄の咆哮は臨也の肩をおもわず肩をぶるりと震わせるほどのものだった。


静雄が臨也の特徴的すぎるその姿を見つけたのはまだ日も暮れていない頃だったのに、仕事で訪れたから見逃せだのと言い残して脱兎のごとく走り去った臨也を追い、漸くこうして追い詰めるまでにすっかり街は夜の色に染まっていた。もう冬が近づいているらしく、呼吸の荒い臨也が吐く息は白い。

「池袋に来るな って?仕事だから仕方ないだろ。君には関係ないんだから見逃してくれない?」
「知るか」

そう吐き捨て、冷や汗をたらした臨也の言葉に耳を傾けることなく、足元からグシャグシャになったタバコの付いたマンホールの蓋を持ち上げる。土の塊をパラパラと零しながら一瞬で「凶器」と化したそれに、臨也は引きつる顔の筋肉を叱咤しつつ、「ちょっ、と……それは死んじゃうかな」と洩らした。そんな臨也の様子を見、静雄は満足そうに口角を歪める。

「ほー、命乞いかァ?無様だなぁ臨也くんよぉ」

手の内には臨也の死がある。生かすも殺すも自分次第なのだという絶対的な優位に立った静雄は、臨也をいたぶるようにクックッと喉の奥で笑った。
しかし臨也は冷静さを失わず、いたって真剣な口調で言う。

「……俺は君の為に言ってあげてるんだよ。本当に、俺を殺していいの?」
「……あぁん?」

今にも臨也の頭に振り下ろされようとしている鉄の塊。臨也はそれを見ながらも、喋喋呶呶と話す。聞く耳を持ってはならないと判ってはいるが、死の淵にまで追い詰められてもなお臨也の様子が変わらない事が少し、そう、ほんの少しばかり気になってしまった静雄は頭上にマンホールを掲げたまま臨也の言葉を待った。

「俺は君に死んでほしいけれど、殺したくはないんだよ。……ああ、遠回しな罠で殺すのは大歓迎だけどね。仮に、君にナイフが刺さったとしても、俺は君に致命傷は与えないだろう」
「俺はそんなことはどうでもいい、ただお前が死ねば、」
「まあ待ちなよ。君がそれを振り下ろせば俺は死ぬ。ナイフは君に弾かれてどこかへ行ってしまったし、誰かがこの路地裏に入ってくることもないだろう。残念ながら、手負いの俺には君の意志以外でその死を止める方法はないんだ。君が俺の話を聞いた後で殺そうと思うなら殺せばいいし、やっぱりやめようというのならここから去ればいい。ただ、少し俺の話を聞いたほうがいいよ」

臨也はずるずると壁に背を預けたまま、冷たいコンクリートに腰を下ろした。抵抗はしないとの意思表示だろうか。
いずれにせよここで臨也を殺すのも数分後臨也を殺すのも、臨也が死ぬという点においては変わらない。静雄は臨也が変な動きを見せたら直ぐにでも息の根を止めるぞと言わんばかりに掲げた鉄を抱えなおした。

「……一分以内だ」

臨也は己の頭のあたりに照準をあわせられたそれをちらりと見、いつもよりも早口で話しだした。

「……じゃあ手短に話すね。
シズちゃんは人を殺したこと、ないだろう。俺も無いんだよね」

直接的には、と付け足して、臨也は再び話しだす。

「人を殺すっていうことはつまり、そいつを自分の歴史の中に刻み付けるっていうことだ。簡単には消えない。それが初めての殺人なら尚更だ。
もうわかるよね。シズちゃんが俺を殺すと、俺はシズちゃんの中から消えることができないのさ。永遠に、君の心の中で生き続けなくちゃならない。大嫌いな君の中に俺がいるなんて、考えたくもないんだよ。君だってそうだろ」

壁に体を預けたままではあるが、まるで舞台に立った役者のように、長々とした台詞を言い切り、臨也は満足そうに笑った。
「永遠に囚われ続けるなんて勘弁してほしいだろう、お互い」そう言って肩をすくめる。
「君の為でもあり俺の為でもある。もうお互いの姿を見かけても一切関わらないようにしようじゃないか」と。

臨也は常々考えていた。
静雄の事は、死ねば良いと思うくらいには嫌いだ。相手もおそらく同じか、それ以上の事を考えているだろう。相手の存在が気分を害するのならば相手の存在を消せばいい、と考えたまでは同じなのだから。
しかし、静雄が臨也の存在を消す方法として「殺す」という選択肢を第一に考えているとなると話は別だ。四六時中相手の亡霊に取り憑かれ、今よりもっとひどいことになる。そんな事になるくらいたらば、お互いの存在を意識的に消してしまえばいい。



静雄は頭上に掲げていたマンホールをゆっくりと下ろした。臨也が心中で安堵のため息を吐く、と同時に静雄がゆっくりと、臨也の方へ歩を進めた。

「……手前はよお、気付いてる癖に、わかんねえのか?」

じりじりと少しずつ、だが確実に静雄は近づいてくる。臨也を照らすネオンの光が静雄の陰によってどんどん遮られていく。
慌てて立ち上がろうとするが、あまりの全身の痛みに体に力が入らない。壁がこれ以上後退りするのを冷たく阻んだ。「シズちゃん」不意に零れた音をかき消すようにガランガランと大きな音を立ててマンホールの蓋が地面に落ちる。
臨也のコートの胸ぐらを掴んで、静雄は忌々しげに顔を歪めながら吐き捨てるように言った。

「俺が手前を殺す理由なんて、それだけなのによ」





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