「はじめましてー!ご指名ありがとうございますー」

白いスーツにピンクのシャツをだらしなく着、傷んだ金髪を照明にきらめかせる。間延びした声の主は、大嫌いなアイツと全く同じ顔をしていた。











『サイケデリックドリームス』


パソコンの画面に表示された、白い背景にビビッドなピンクのフォントで書かれた店名。その下には『主張専門、男性専門のホストクラブ』と続く。
システムに問題は無く、きちんと届け出も済んでいる、デリホスとしてはいたって普通の店。ゲイでもなければ性欲処理にも困っていない俺とは多分、決して、一生関わりにならないだろう店――だったのだが、今、俺はサイケデリックドリームスのホームページを開き、あまつさえメールフォームから予約のメールを送ろうとしている。

理由は単純明快。仕事だからだ。


この店は今、ゴチャゴチャとした大人の事情に巻き込まれている。詳しく言うと長くなるので割愛するが、仕事を円滑に進めるためにできるだけ多く情報を得たい俺はそこで働いているデリホスに事情を聞くことにした。デリホスと事に及ぶつもりは微塵もないし、これからの事を考えると内部に知り合いを置いていたほうが楽だと踏んだからだ。

カチカチとマウスを動かして出勤表の一番上の男のチェックボックスをクリックし、フォームに自分の名前と希望日時とコースと待ち合わせるホテルを記入する。メールを送信して十分も待てば返事が届いた。
全て希望通りでいいらしい。なんだか呆気ないが、希望通りなのだから何も困る事はない。
希望は今日の20時。
俺は予定通りその日の仕事を終えると、待ち合わせたホテルにチェックインを済ませた。ラブホでも良かったが、色々とこちらのほうが都合がいい。
案内された部屋でぼんやりとテレビを見ているといつの間にか約束の時間になっており、部屋のインターホンが鳴った。

そして、そこに立っていたのが。


「…………シズちゃん?」
「……はー?」
「いや、……え、と?」
「んっ、アレ?俺部屋番間違えてます?……アレ?」

似てるなんてもんじゃない。そっくり、どころでもない。そのまんま、シズちゃんと同じ顔だ。
正直、本人としか思えない。

「…あ……いや、予約、したのは…俺だけど……多分」
「ですよねー!いやーよかった!マジビビりました、間違えたかと思いましたよー!」

タハハッとなんとも軽い笑いをこぼし、チャラい笑顔でわざとらしく頭を掻く、シズちゃんの顔をしたこいつ。

世界には自分と同じ顔をした奴が何人か居るというが、こんなに身近にその一例がいたなんて思いもよらなかった。
シズちゃんとよく似た目がしかめっ面の俺を怪訝そうに見た後、「そんじゃ、まぁ、お邪魔しまーす!」と元気よく声を上げながら勢いよく俺の右脇を抜け、平和島静雄の顔をしたデリホス(略して、デリ雄)が部屋にずかずかと侵入する。一人廊下に取り残された俺も慌ててデリ雄を追った。

「ちょっ、待って」

ぶんぶんと幼稚園児が行進する時みたいに手を振って歩くデリ雄の白いスーツの袖を掴む。安っぽそうな見た目に反して、肌触りはまあまあだった。デリ雄はゆっくりと振り向いて、一瞬困ったような顔をした後、すぐに営業用の薄っぺらい笑顔を顔にはっつけた。
シズちゃんは、こんな風には笑わない……はずだけど、あまりに顔が似すぎていて確信がもてない。
俺にまじまじと観察されたデリ雄は、「何すか何すかー?」と言いながら首をかしげる。
シズちゃんにしか、見えない。
口をつぐんだままの俺を放置し、デリ雄は自分の眉間に人差し指をぐりぐりとあてながら、大仰に肩をすくめてみせた。
仕草と言動を除けば、一緒。
声も一緒。顔も一緒。外見なんて服さえ変えれば全く変わらない。
なめられたものだ。

「……そんな変装と演技で俺を騙せるとでも思ったのかな」

シズちゃんが一体何の為にこんな仕事をしているのかは知らないが、この茶番はきっと、『平和島静雄がデリホスをしている』という事実を隠す為のものなのだろう。
俺は表情を変えず、コートの隠しポケットから手にナイフを滑らせた。

「俺の仕事の邪魔して、楽しい?」

俺の質問に、デリ雄は気抜けしたような顔をしていた。
しばらくの沈黙。手のひらに吸い付いたナイフをギリと握ると、デリ雄はようやく俺の言葉を理解したのか、神妙な顔つきをしていた。
そして、自信満々に言い放つ。

「お客さんに、楽しい夢をお届けする!それが、サイケデリック・ドリームです!」



俺は思うがまま、膨れ上がった殺意のなすままに、デリ雄に向かってナイフを突き出した。



「わっ、ちょ、えー!?」

至近距離なので外さないと思っていたが、デリ雄は腐っても平和島静雄で、ナイフはひゅんと音をたてて空を切り裂いた。間一髪で避けたデリ雄の髪がハラハラと舞う。

「なにするんすか!」

転びそうになりながら部屋の奥に逃げたデリ雄は、ネクタイを緩めながらソファーに手をかける。
三文芝居ももう終わりか。
俺はナイフを構え、余裕の笑みとともに言ってやった。

「ホラ、早くそれを持ち上げて投げなよ」

デリ雄は俺の言葉を聞くと、いつものようにニヤリと微笑んだ。

そしてフゥ、と小さく息を吐いた後、ゆっくりとソファーに掛けた手をネクタイに持っていき、シュルリと衣擦れの音をさせてピンクの襟から抜き取った。

「すみません気が付かなくて!そういうプレイだったんですね!」


「………………は?」

「えっ、コレ俺どうしたらいいんすか。抵抗した方がいいんすか、それともやられる方がいいんすか」
「……何、言ってんの?」
「アッ、でも傷つけるのだけは止めてくださいね!特に顔!商売道具なんでー」
「……君さ、」
「もちろん別料金は頂きますけどー」

俺はグワングワンと痛む頭を押さえながら、突き出したナイフを下ろした。
付き合っていられない。

「あー……もういいよ、わかった。君はシズちゃんじゃない。大丈夫だよ、君がデリホスやってるなんて情報、誰にも売らないから。だから帰って」
「んーっ?あ、キャンセルすか?」
「大丈夫大丈夫、お金はいくらでも払うから。だから帰って」

立ち尽くすデリ雄の横を抜け、彼が持ち上げ投げるはずだったソファーに腰を下ろす。高級そうなソファーは、ずしんと沈んだ俺を包むように受け入れてくれた。ラブホにしなくてつくづく良かったと思う。疲れた。
静かに目を閉じてデリ雄が去るのを待つ。しばらく物音がしなかったから、デリ雄は去ったものだと思っていたが、ひじ掛けに乗せたはずの手がふわりと浮き上がった。訝しみながらゆっくりと瞼を上げる。

俺の手はデリ雄の両手に包み込まれていた。


「…ダメっすよ……」
「え」

カラコンでピンク色に染まった目が爛々と輝く。

デリ雄は俺の手を自分の手のひらに乗せ、芝居がかった仕草で跪きながらもう片方の手を胸に当てた。


「お客さんに楽しい夢をお届けするのが、『サイケデリック・ドリームス』なんで……!」




………こいつがシズちゃんのドッペルゲンガーなら、今すぐアイツの所に行ってアイツを殺してきてほしい。
そしてお前も消えてなくなれ。それこそ幻みたいに。


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