とかく、人間は前夜祭というものが好きらしい。クリスマスイブに大晦日。今日、ハロウィンに至っては何の前夜なのかどころか、前夜であるということすら知らない人間も多いようだ。意味も理解せずただお祭り騒ぎに身を任せる、そんな君たち人間が、俺は大好きだ。そしてそのお祭りに俺を巻き込もうとする、誰かも。



速達で届いた、なんとも不気味な配色の小包には、これまた配色の悪いメッセージカードがはりつけられていた。ビビットな紫とオレンジが目に痛い。
「trick or ?」と書かれたカードを包み紙から外し、まじまじとながめる。色彩センス以外はいたって普通の、なんの変哲もないただのカードだ。文末にクエスチョンマークがついているのはどういう意味だろうか。

「……トリート?」

誰もいない部屋に俺の声が響く。
あんなに暑かった夏が嘘みたいにすっかり秋になり、時計の針はまだ五時をさしているというのに、太陽はほとんど身を隠していた。オレンジ色の夕日と、ビルから伸びる黒い影のコントラストがなんとなく不気味だ。

……なんてね。

よくない考えを吹き飛ばすように頭を振り、包み紙を破いていく。部屋に持って入る前に探知機などで調べさせたので爆弾の類ではないはずだが、一応、慎重に。何重にも巻かれた紙を破いていく。
やがて姿を現したのは、予想だにしなかった、意外なものだった。


「……なにこれ」

鶴首カボチャとよばれる品種だろうか。いや、それにしては少し細い。まるで細いヘチマのような外見のそれは、カボチャというよりもオレンジのズッキーニのようだった。手に取ってみるとずっしりと重い。

送り主は俺にこのカボチャを送って、一体何がしたかったのだろうか。そもそも、送り主は誰なのか。この部屋を知っている人間となると限られてくるが、こんな酔狂なことをする奴に心当たりは無いが――等々、疑問はつきないが、とりあえずコレはカボチャで間違いなさそうなので、破いた包み紙と一緒に応接用のガラステーブルの上に置いておくことに決めた。

明日にでも波江さんにスープか何か作ってもらおう。彼女の料理の腕は一流だから、きっとおいしいものを作ってくれるだろう。
文句を言いながらもキッチンに立ち、鍋をかきまぜる波江さんの姿を想像しながら、俺はカボチャを置いたテーブルからそっと離れ、パソコンデスクに腰掛けた。

せめて、明日彼女に任せるつもりだった仕事を片付けておいてやろう。俺はなんと優しい雇い主なのだろうか!

自分にほろ酔いになりながらデータやグラフと睨み合いっこをする俺を尻目に、十月三十一日の夜はどんどん更けていった。







違和感。


いつのまにか寝てしまっていた俺を起こしたのは、違和感そのものだった。
どうやら椅子に座ったまま寝てしまったらしい俺の膝の上に、何かが乗っている。けして重くはないが、それでも何かがある、という違和感はある。

「ん……」

唸りながら、重力に従い下がってくる瞼を押し上げる。はっきりしない視界を精一杯クリアにしながら、違和感の正体を見てやろうと目を凝らすと、そこには信じられないものがあった。

そこにはテーブルに置いたはずのカボチャがあった。そして、カボチャから四方に伸び、ウネウネとうごめく、

蔓が。


「う、わっ……!?」

思わずみじろぐと、キャスターのついた椅子は俺を振り落とすようにゴロゴロと後ろにすべった。とっさに手をつこうとしたが、からみつく蔓が邪魔をして、フローリングに尻を強かにうちつけることとなった。

「いっ………、」

じんじんと痛みを訴えてくる腰に手をあてながら、膝の上からゴロンと落ちて転がったカボチャをもう一度見てみたが、やはり、カボチャから何本もの蔓がにょきにょきと生えているようにしか見えなかった。しかもその蔓たちは全て、俺を目指して伸びてきている。

しゅるり。ゆっくりと腕に巻き付いた蔓がやたらと粘膜質で気持ち悪い。振り払うと、今度は別の蔓が唾液のような汁をこすり付けるように、ニュルニュルとその身をくねらせた。
気持ち悪い。
ハンガーにかけられたコートにはナイフが隠してある。デスクの引き出しには銃もあるが、ナイフのほうが確実だろう。所詮はカボチャ、所詮は植物だ。
巻き付く蔓を引き剥がし、コートを取ろうとカボチャと蔓に背を向ける。


油断、した。
たかが植物だと思って、完全に油断していた。


俺が注意を外した瞬間、背後から何本もの蔓が伸びてくるのが分かった。思わず振り返ると、さっきまでの探るような動きはどこへやら、蔓はぬるぬると敏捷な動きで俺にまとわりつき、インナーをまくりあげ、ズボンを引きおろしていく。

「や、やめ……!」

無論、植物に言葉など通じる訳もないのだが、俺は蔓を蹴ったり引きちぎったりしながら、止めろと繰り返した。気持ち悪い。純粋に、ただ、気持ち悪い。訳のわからない植物に衣服を脱がされ、ねばねばとした液体をすりつけられるのだ。気持ち悪くない訳がない。

「やめろ、ほんと、やめろってば!」

インナーはすっかり脱がされ、ズボンはパンツと一緒くたにされてくるぶしのあたりまで引きおろされている。抵抗を続けていた俺の腕はご丁寧にも数本の蔓で頭上でまとめられている。

「っ、ひ」

身体の線をなぞるように、蔓の柱頭が身体を伝っていく。
一本の蔓が、つんつん、とまるでノックするように後孔をつついた。それにつられるように他の蔓もこぞってそこに集中していく。やがて細めの蔓がこじ開けるように捻り入ってくる。排泄感のような感覚が俺を襲ったのもつかの間、その蔓は中で二つに分かれて、グググと孔を押し広げた。まるで隙間をうめるかのように、集まっていた蔓たちが一斉に中に侵入していく。


「い゛ッ、ァ、」


切り裂かれるような痛み。打ち上げられた魚みたいに口をパクパクと開けると、それを嘲笑うかのように、蔓たちが中でビチビチと暴れまわった。

「ひ、ァ゛ッ、う゛」

あまりの痛みに涙をにじませる。もう何がなんだからわからない。こんなにあり得ないことが起こっているのだから悪夢に違いないのに、感覚がリアルすぎて完全に否定することができない。
嗚咽をもらすと、涙でぼやけた視界の奥でオレンジ色の物体がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
あれだけ好き勝手にうごめいていた蔓たちがシュルシュルと中から去っていく。一本ずつ、ゆっくりと。
蔓たちの動きに反して、オレンジはどんどんと歪んだ視界を埋めていく。

「やだ、やだ、やだやだ……っ!」

近づいてくるオレンジ色の物体――カボチャはゆっくりと蔓たちを取り込んでいき、とうとうカボチャは俺の足元までたどり着いた。
唾を嚥下すると、喉がゴクリとわざとらしい音をたてる。カボチャに顔などないはずなのに、まるでニイッと笑ったように見えた。



「い゛、あああああああ!!!」


先程までの蔓とは比べものにならない質量と固さが俺を穿つ。ナイフで切り裂かれるような痛み。まるで拷問のようなそれは、内奥をえぐるように突き進んだ。

「ッひ、ぐァ」

酸素を取り込もうとひくつく喉からは声すらまともにでない。酸欠で霞む視界は窓から差し込む月光にきらめいていた。
黒く塗り潰された夜空で、三日月が妖しく光る。

――そうか、今日は……










「起きなさい」



ギュウン、空気を裂いておもいきり引っ張られるような音がして、俺は覚醒した。
目の前にはお玉を持ち、昨日と、いつもと何ら変わりのない表情をした波江さんが立っている。

「……あ……あれ……?」

椅子に身体を預けたままの俺を訝しげに覗きこむようにした波江さんは、表情を変えずに「起きなさい」と繰り返した。

「……俺、寝てたかな」
「そのようね」

温度のない声質で返事をした波江さんは、役目は果たしたとばかりにスカートの裾を翻してキッチンの方へと歩いていった。
パソコンのスリープを解除すれば、昨日格闘していた書類が未完成の姿をさらけだしていた。小さな時計は朝九時を告げている。

あれは夢だったのか。

妙にリアルだったけどなあ、と思いながらも安堵のため息をつく。椅子に座ったまま寝ていたせいか、固まってしまった首をこきこきと鳴らしながら立ち上がると、波江さんがキッチンから顔を出して「朝ご飯まだ食べてないわよね」と言った。

「食べてないけど……何で?」
「それなら良いわ」

波江さんが器に何かをよそって、こちらに運んでくる。
そこではじめて、俺は応接用のテーブルの上に置かれたものに気が付いた。

なんとも不気味な、濃い紫と、オレンジの―――



「置いてあったから作ってあげたわ。誠二にあげる分の余り物だけど」











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