照りつける太陽がシャツをまくった門田のたくましい腕を焦がす。屋上には日光を遮る屋根もなく、肌をじりじり焼いていった。夕焼けのつよい西日がさす、いかにも夏、といった空。しかし門田の腕の中にすっぽりと隠れるように収まっている臨也はまったくその空に似合わないものを身につけていた。
真っ黒な学ラン。まだ八月、夏休みまっただ中にもかかわらず、赤いロングTシャツの上にご丁寧にそれを羽織った臨也は見ているだけでかなり暑苦しいが、当の臨也は暑さなどまったく感じないような顔をして、グラウンドをじっと見つめていた。

けたたましい音とともに宙に浮かぶサッカーのゴール。まるでボールのように飛ばされた人間。土煙でよく見えないが、グラウンドでは、まるで無重力空間でサッカーが行われているようにさえ見えた。

「……化け物」

呟いた声は侮蔑と悔しさのようなものが入り交じっていたが、臨也の口角は歪んでいる。

「悪趣味だな」
「えー、俺が?どうして」

軽い口調で返しながらも、視線はグラウンドで舞う金髪に向けられたままだ。

金髪の男――静雄を囲む男達は全て臨也が金で雇ったものだ。男達は毎日のように静雄を襲うが、当の静雄に致命的なダメージを与えた者は未だ一人としていない。それなのに、臨也は毎日けして安いとはいえない額で男を雇い、静雄に差し向ける。それは平日だろうと休日だろうと夏休みだろうと関係無く、補習もない夏休み終盤の今日も例外ではないようだ。
わざわざ来神まで静雄を呼び出したのはグラウンドがあるからだろう。ここなら多少器物を破損しても、臨也の金のおかげで警察沙汰や面倒事にはならないらしい。

「ドブに金を捨てて楽しいか」
「ドブ?」
「お前は静雄を倒すために、金であいつらを雇ってるんだろ」
「……やだなあドタチン。俺はなにも、あいつらにシズちゃんが倒せるなんて思っちゃいないよ」

相手は人間じゃないしね。
そう言いながら、臨也は楽しそうにクックッと喉を鳴らして笑った。

「目的は違うところにあるんだ。俺はそのために金を払ってるんだよ。いわば、未来への投資だね」

屋上にめぐらされた柵に頬杖をついていた手を肩のあたりで大仰に広げる。

――だから悪趣味だって言ってんだよ。

喉まで出かかった言葉を飲みこんで、ふとグラウンドを見れば、静雄がこちらをぎろりと睨んでいたからだ。

まるで獣のような目。

思わず唾を飲み込んだ。
そして、嫌な感覚だけを残して、静雄の姿は土煙の中に消えた。肌があわだっているのを感じながら、臨也の肩を叩いて注意を促す。

「……わかってる。来るんだろ、あいつが」

臨也がめんどくさそうに返事をしたのも束の間、ドドドと地響きのような音が耳をつんざいた。屋上のドアが燃えるような夕焼けをバックに飛んでいく。

「いーーざーーやーーくーーん」

地の底からひびくような低い声。
階段を振り返った門田の腕の中からするりと抜けた臨也は、さっきまでの物憂げな表情を一瞬にして消し去り、胡散臭い笑みをはりつける。

「やあシズちゃん。今日も泥まみれ、砂だらけだね」
「誰のせいだと思ってるんだ、ああ?手前の!差し向けた!意味わかんねえ奴らのせいじゃねえか!!ああ、そうだ。つまり手前のせいだ。よって死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、俺に殺されろ!!!」

言いおわるや否や、静雄がおおきく振りかぶり、廊下から持ってきたのだろう消火器を投げつける。臨也は体重移動のみでそれを躱し、まるで逆立ちするようにコンクリートに手を付いて足を高く上げた。ぴかぴかに磨かれた革靴が消火器の腹を叩く。グラウンドへと落下していく消火器をちらりと横目で見ながら側転して体制を立て直した臨也の右手にはいつのまに、どこから取り出したのか、夕焼けの光をうけてきらりと光るナイフが構えられている。

「どうでもいいよ。君は俺を殺したいんだろ」

挑発的に笑う臨也。静雄は口角を上げてにやりと笑い、屋上を囲う柵に手を伸ばした。まるで溶かされたように折れ曲がった金属の柵がコンクリートから引きちぎられる。

「ああそうだ、だから、死ねええええ!!!」

びゅうん、と風を切り裂く音を響かせ、コンクリートが夕空を切り取る。臨也は飛んできたそれを軽くかわし、構えたナイフを突き出す。


「殺してみなよ」

「……言ったな」







臨也の挑発にまんまとのせられた静雄が屋上の柵を次々と破壊していくのを見て、このままでは己の身も危険だと判断した門田は被害の少なそうな階段付近へ身を寄せた。

「やあ、門田くん。いつも臨也のお守りご苦労さま」

同じことを考えていたのだろうか。階段の踊り場に、大きめの白衣に身を包んだ新羅が立っていた。足元には黒い大きなバッグが置かれている。門田が、なぜここに、と問うと、新羅は肩をすくめてため息まじりに口を開いた。

「臨也に呼ばれたのさ。今日はきっと動けないくらいになるだろうから、来ておいてって言われてね」
「……動けないくらい?」
「そう。あいつ、静雄にわざとやられるつもりなんじゃないかなあ」

言いながら臨也と静雄に視線を移した新羅に従って目をやれば、丁度臨也のナイフが静雄のシャツを横に一閃したところだった。
視線を戻すと、新羅はあくびをかみころしながらゴソゴソとバッグの中身をいじっている。

「友達がケガするかもしれねえのに、ずいぶんとお気楽だな」
「僕は医者だからね。頼まれれば、治すことはするけど……」

お目当てのものが見つかったのか、バッグから銀色のケースを取り出す。ついつい臨也と静雄に目をやる門田の様子をどう思ったのか、新羅は手を止めて「心配かい」と問うた。

「……まあ」
「そう。よかった。臨也はいい友人をもったみたいだ」

新羅がさして興味のないような、抑揚のない声で感想を述べた後。キィンと金属のパイプがナイフを弾く音が響いた。

「……なあ、静雄は、臨也がわざとやられたらどうすると思う」
「……そうだね、見ていればわかるよ」

相変わらずバッグをさぐりながら、新羅はそう言った。







「おい、手前」

馬乗りになった静雄に押し倒された臨也の唇には血が滲んでいたが、静雄は判然としないと言わんばかりの剣幕で臨也に詰め寄る。臨也は眉をひそめながらも、唇は空々しく歪んでいた。

「手前、どういうつもりだ」

胸ぐらを掴んで持ち上げ、前後にゆらす。臨也は唇に滲んだ血を舐めて不敵に笑った。

「…ハッ…なにが?」
「手前、今、わざと避けなかっただろ」
「…そんなわけないだろ……避けられるものなら避けるに決まってる」
「違う」
「違う、って……なにが違うんだよ」
「嘘だ。避けなかったとき、手前は笑ってた」

一瞬。

まばたきでもしようものなら見過ごしてしまうほどの、刹那。臨也はその赤い眸子を大きく見開いた。しかしそれは本当に束の間で、すぐにいつもと変わらない、鋭い三日月に戻る。

「……仮にそうだとして、だからどうなんだ?」
「……あ?」
「俺がわざと避けなかったとして、君に何の不都合がある?僥倖じゃないか。容易く俺を殴れる」

臨也も静雄も、まるでそうすれば負けだとでもいうかのように、お互いから目を離そうとしない。ぬめぬめとした均衡が二人を包む。
どうしようもない長い沈黙の後、静雄はゆっくりと、臨也の胸ぐらを掴んでいた手を話した。

「……気持ちわりい」

唾棄するように呟いて、臨也の胸ぐらをつかんでいた手を離す。腹筋をつかい起き上がった臨也が手の甲で唇の血を拭いながら、立ち去ろうとする静雄の背中に声をかけた。

「殴らないの」
「……俺はよ、殴りてえけど、殴ってやりたい訳じゃねえんだよ」
「は?…意味わかんない」

憎々しげに告げた静雄は足を止めたが、振り返ろうとはしなかった。

「手前の思い通りにだけはなりたくねえっつう事だ」

臨也の耳がぴくりと動いた。
口内の血を吐き捨てながらゆっくりと膝を立て、ふらふらと立ち上がる。だらりと垂れ下がった左腕をかばうように右手で押さえながら、臨也に背中を向け立ち止まったままの静雄に向かって静かに歩きだす。

「……勝った気にでもなってんのかよ、化け物」

足元に転がったナイフを蹴り、宙を舞ったそれを右手でキャッチする。臨也の目がぎろりと静雄の背中を睨むと、視線を感じたのだろう、静雄がゆっくりと振り返った。眉間には深い皺が刻まれており、額には幾筋もの血管が浮かんでいる
臨也がひゅっと短く息を飲み、右足をおおきく前に踏み出した途端、

「はーい、終了」

門田の隣からこの場にそぐわない明るい声が響いた。

「終わりかい?終わりでいいね」

新羅は土埃を払うようにバッグを軽くはたき、あんなに敏捷に動いていたのが嘘のように固まったままの二人の元へ歩いた。一歩踏み出した瞬間、纏う白衣が夕日に染まる。

「臨也……より静雄の方がケガひどいね。とりあえず静雄からでいいかな」
「……こんなもん、唾つけときゃ治んだろ」
「まあそうかもしれないけど、臨也のついでだから消毒くらいはさせてよ。ほら、上脱いで」
「……シズちゃんにはそんなもの必要ないよ。それより新羅、俺の左手のほうが重大だから。感覚ない」

さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、ギャアギャアと言い合いながらも、どこか和気あいあいとした雰囲気が三人を包む。その和やかな様子を目を細めて見ていた門田にむかって、先ほどバッグから取り出したケースから消毒液やら包帯やらを並べ終えた新羅が声をかけた。

「門田くん」

夕日が眩しくて、うまく目をあけることができないが、それでも、六つの瞳が門田を映していることだけはわかった。

「ちょっと手伝ってくれないかな。静雄の腹に包帯巻いてくれるだけでいいから」
「あーー…なんつーか、悪い」
「ドタチンーそんなことよりこれ見てよ。絶対骨イッてるよねー」

夕日が眩しい。手で目をおおうようにしながら、門田は夕日をうけてオレンジ色に染まった三人の元へ足を踏み出した。

「……ああ、今行く」

階段のひさしを抜ければ、門田にも同じ色が降り掛かる。門田はほくそ笑んで、向かう足を速めた。

夕焼けが街を、人を、日々を染めていく。










夕焼け空に思うこと


来神夏休み企画「サマバケ!」様に提出させていただきました。
素敵な企画をありがとうございました!


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