「折原先生」幼い声が紡ぐ俺の名前、開く鉄扉、差し込む光が仕事の始まりを告げる。
閉じていた目をうっすらと開けると、そこには見慣れない少年が立っていた。半袖のTシャツには名札が付けられていたが、逆光でよく見えない。扉を閉めてカチャリと鍵をかけてから、少年は全裸で座り込んだ俺の前に立ち、挨拶するようににこりと微笑んだ。昨日までの子の無邪気なそれとは違って、その子の笑顔はひどく大人びて見えた。

「……誰?」

打ちっぱなしの壁が俺の声を反響させる。小さく響く声がなんとなく不気味で、今の俺の心境を表しているみたいだった。
しばらくの沈黙の後、少年はたたえた微笑みを崩さないままに口を開いた。

「はじめまして、先生。僕は竜ヶ峰帝人といいます」
「竜ヶ峰……くん?」
「はい」

竜ヶ峰。確かめるように繰り返す。実に珍しい名字にも関わらず、俺の脳内の引き出しには存在していない。必死に思考を巡らせて沈黙する俺を見かねたのか、竜ヶ峰くんは苦笑まじりに、否定するように首を一度、左右に振った。

「僕、先生のクラスじゃないんですよ」
「……え?で、でも」

おそるおそる、竜ヶ峰くんの小さな腕からぶら下がったバケツを指差す。
搾乳係とひそかに呼ばれている給食係は、本来、俺の担任するクラスのメンバーからのみ選ばれる。今は学期はじめでもないし、係の子が変わることなんて今までなかったのに。
竜ヶ峰くんは、「ああ、これですか」と言いながら空っぽのそれを胸のあたりまで持ち上げて得意気に笑った。

「代わって貰ったんです」

コトン、と、バケツの中で何かが転がるような音がしたが、申し訳程度に敷かれたマットレスに座り込んだ俺からは、持ち上げられたそれの中を覗き見ることはかなわなかった。
そんな俺を横目で見、竜ヶ峰くんは焦らすようにバケツの取っ手を持って大きく振った。コトン、コトン。中で何かが転がってはぶつかっている。竜ヶ峰くんは焦らすようにバケツを揺らしながら、恍惚とした表情で言った。

「今日から、ずっと、ずうっと、僕が担当です」

コトン。最後にひとつ、ひときわ大きな音を立てて、バケツの揺れは完全に止まった。
でも、と言いながら眉をひそめまばたきを繰り返す俺を見下ろした帝人くんは、不機嫌そうに顔をしかめる。

「……僕だと、なにか問題でもありますか?」
「だ、だって……」

俺を採用した教頭は、あくまで俺の存在は機密事項で、クラス外に俺の事を知られてはならないと言っていた。
俺がこんな旧校舎に閉じ込められているのも、逃げないよう鎖で繋がれているのも、全ては俺の存在を隠すためだった。搾乳係になる子にはきつく口止めをしてあるはずだ。
なのにどうして。訝しげに竜ヶ峰くんを見上げると、彼はニコリともせず、まったくの無表情を顔にはりつけていた。

「先生は黙って、お乳を出せばいいんですよ」

乳牛なんですから。
そうつぶやいた帝人くんの小さな手にはいつの間にか鎖が握られており、首輪で繋がれた俺は、ぐいと引っ張られるままに竜ヶ峰くんの足元に引きずられていった。

「あう……っ…い、痛いよ。言ってくれたらそっち行くから」

むき出しの膝がすれ、ひりひりと痛い。たまらず抗議の声をあげると、帝人くんは足元にバケツを置いて、その中から哺乳瓶のようなものを取り出し、俺をじっと見つめた。

「な、なに……」
「先生は、今まで、こんなモノを使った事がありますか?」

帝人くんが掴んでいたものを見、「哺乳瓶?」と問うと、帝人くんは間髪を入れず「違います」と返した。確かに、透明の瓶に目盛りのプリントされたそれは哺乳瓶のようではあるが、乳首をかたどったシリコンゴムがあるだろう部分がなにやらおかしい。
もしかして、

「そうです。これは、搾乳器です」

口を開こうとした俺を遮るかのようにそう言って、竜ヶ峰くんは俺の乳房に手を伸ばした。

「や…な、なに」

乳輪をなぞるように、手のひら全体でわずかに膨らんだ乳房をなで回す。前の子は強く揉みしだくばかりだったので、それはひどくじれったく感じた。いつまでも乳首に刺激を与えないそれは、俺にとって初めての感覚。

「ち…乳首、……なんで触んないの……?」
「……ああ、マッサージですよ。先生がたくさんお乳を出してくれるように」

じわじわと嬲るようなその動きは、いつまでも決定打を与えてくれない。立てた膝をもじもじと膝を擦りあわせると、竜ヶ峰くんは呆れたように、仕方ないですね、とに言った。ため息混じりではあるが、その頬は愉しそうに歪められている。

「先生がして欲しいなら、乳首も触ってあげますけど」

竜ヶ峰くんはそう言って、俺の乳頭を指で挟んだ。

「あっ、ひゃうっ!」

ピリリと電撃が走るような甘い衝撃が俺を襲う。途端、堰をきったように、勢い良く乳汁が飛び出す。白く濁ったそれがぷしゃあ、と噴射する音が狭く暗い部屋に響いた。

「あ、ああ…っ!」
「……へぇ…っ。驚きました。半信半疑だったんですが、本当にお乳が出るんですね」

まさか乳首をいじっただけで乳汁を吐き出すとは思っていなかったのだろう。俺の乳首から噴射した液体は、もろに竜ヶ峰くんの顔にかかった。
したたる乳汁を舐めながら、帝人くんは手に持った搾乳器をカチャカチャと操作しだす。「り、竜ヶ峰くん……」名前を呼ぶ俺の声など聞こえていないように、一心不乱に搾乳器をいじり、頬を紅潮させる。竜ヶ峰は荒い呼吸を繰り返し、なにかを試すように、スイッチを入れたりつまみをいじったりを繰り返し、ひとりごとをぶつぶつと呟いた。

「乳首をちょっとつねっただけでもあんなに出ちゃうんだ……」

うーんと小さく唸りながらおそらく電動であろう搾乳器から哺乳瓶部分を外し、青いバケツを引き寄せる。乳首をはさむアダプターが取り付けられただけの搾乳器を手にした竜ヶ峰くんは、オモチャを手にした子供のように笑った。

「これで準備はできました。さ、先生――」

カーテンのひかれた窓から僅かに差し込む光が、黄色や赤で塗られた搾乳器を怪しく照らす。

「たくさん、搾ってあげますね」

帝人くんの手に握られたそれがひどくまがまがしいものに見え、じりじりと後退る。すると、まるで逃がさないとでもいうように、竜ヶ峰くんが俺の手首をがっしりと掴んだ。振り払うことなどできない。その時、俺を包んでいたのは純粋な恐怖だった。「…や、いや……」せめてもの抵抗として首を振ってみるが、竜ヶ峰くんは力をゆるめるどころか微笑んで、俺の乳に搾乳器を押しあてた。
瞬間、快感とはとてもいえない、すさまじい痛みの波が俺を襲う。

「ッア゛、あっ!やぁっ、痛いっ、」
「先生、動かないで……」
「や、いっ、痛いよお!りゅ、がみねくん…ッ!!」

竜ヶ峰くんによって吸引圧を最大にセットされた搾乳器は、ヴヴヴと鈍い音を立てながら、アダプターにはめ込まれた俺の乳首を思い切り吸い上げる。もともと女ほどのふくらみなど無い俺の胸ではそれをうまく固定するができず、竜ヶ峰くんは搾乳器をぐいぐいと押しつけるしかない。吐き出された乳汁がびゅくびゅくと卑猥な水音を奏でながら、ちょうど乳汁が降り注ぐところに置かれたバケツの水位を上げていった。

「ッあ、やだぁ!いっ、りゅ、が、峰くん、やだ、これやだぁ…!痛いぃッ!!」

涙ながらに訴えると、竜ヶ峰くんはふいに俺に顔を近づけた。思わず目を瞑ると、まぶたになま暖かい感触。ざらりとした舌が、あふれた俺の涙を舐めとったようだった。俺はわけもわからず、嫌だ嫌だと泣き喚く。

「やだぁ、やだよ、りゅ、がみねくん…ッ!も、とめてぇ!これ、止めてえぇ!!」
「……どうしてですか?先生のために、お小遣い貯めて買ったんですけど……」

はじめて子供らしいことを呟いた竜ヶ峰くんは、拗ねたような顔で吸引圧のつまみをいじった。吸い込まれんばかりに乳汁を吸われていた乳首が、ようやく痛みから解放される。

「だって…これ痛い、痛いからぁ…」
「……でも気持ちいいんですよね?だって、ココ、こんなにしてますよ」
「ひぐぅッ!?ぁ、あ…っ!」

不意に、今まで一度も触られなかった陰茎をぎゅうとつかまれる。まるで握力を測ろうとでもしているかのように、強く。

痛い。

搾乳器を押しあてられた乳首も、掴まれた陰茎も、そう、痛いのに。

「やだ、やだぁ……おかひくなぅ…っ」

俺はおかしい。だって、痛いはずの行為がひどく気持ちいい。もっと痛くしてほしいとさえ思う。涙でぐちゃぐちゃになった目元を拳でごしごしとこすると、竜ヶ峰くんのちいさな手が俺の手にやんわりと重なった。

「素直に認めればいいんですよ。痛いのが気持ちいいんですよね。ねえ、先生」
「ひぐっ、ぅ、やらぁ…痛いのは嫌、なの、やなのに……ッ!」
「……先生」

ぎゅう。陰茎を掴む手に力がこめられる。

涙を拭う俺の手に重なったものと同じもののはずなのに、それはひどく冷たく、まるで違う人の手のように思えた。

「ヤダヤダばっかりじゃ、ダメですよ……?」
「、あ……っ、」
「…ね、先生。……気持ちいいですよね」

囁くように問い掛けられ、俺は思わず、ばかみたいに頭を上下に動かした。

「…は、はい……」
「ね。気持ち良い、ですよね。」
「…き、きもちい、です……」

そうしなければいけない気がした。しどろもどろになりながらも、気持ちいいです、と言うと、竜ヶ峰くんは柔らかく笑って陰茎を掴んでいた手をゆっくりと離した。
息をつく暇もなく、その手が俺の頭に近づいてくる。思わず目を瞑って身構えると、頭上でふっ、という笑い声が聞こえた後、よしよしと頭を撫でられた。

「……よくできましたね、臨也さん」

これじゃあ、どちらが先生か分からないじゃないか。




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