※臨静臨 「ヘンタイさんだねえ、シズちゃんは」 あは。あきらかな空笑いを顔に貼りつけた臨也の足が静雄の股間をぐしぐしと踏みつける。灰色だった靴下は静雄の先走りでぐっしょりと濡れ、黒く変色していた。腕を拘束された静雄がぎらぎらと血走った目でにらみつける。 「何その目。まるで親の仇でも見るかのような目じゃないか。怖いなぁ」 そう言いながらも、臨也は悦びに顔を歪ませていた。 静雄の鋭い、まるで猛禽類か肉食獣をおもわせるような鳶色がかった茶色の瞳。そこにたったひとり、小さな己が映っている。静雄の視界を独占しているのだ。 「ねえ、何か言えば?」 恍惚とした表情の臨也は挑発するように問うた。 「クッ…ソ……」 「それとも、もう口も聞けないほどキモチヨクなっちゃったのかなあ」 意地悪く顔を歪ませた臨也がどこか冷めた目で静雄を見る。静雄は臨也のこの目が大嫌いだった。否、正確には、臨也のすべては静雄にとって限りなく嫌なものなのだが、この目だけは特別、抉りだしてやりたい程に嫌いだったのだ。 しかし静雄の両手は抉りだすどころか指を動かすことさえ困難であるほどに痺れていた。手錠のようなもので拘束されてはいるものの、この様子では拘束具が無くとも臨也の安全はほぼ保証されているだろう。どこまでも食えない男である。静雄は沸き上がる苛々を吐き出すかのように口を開いた。 「……こンの……ノミ蟲野郎、が……」 「まだそんな口がきけるなんて、さすが化け物だね。……この毒薬、ホントに効くのかなぁ。とっくに致死量超えてるってのに、まあ、さすがに体は動かないみたいだし、俺にちんこ踏まれて感じちゃってる所を見ると、頭はやられちゃってるのかもだけど?」 ぐりぐり、足指を巧みに使って陰嚢を揉みしだくと、静雄はくいしばった歯の隙間から荒い息を吐き出した。 「はッ……あ゛、ぅ…」 「へーえ、化け物にも性感ってあるんだね。勉強になったよ。化け物にも生殖行為というものが可能なのかもしれない」 器用にも足の親指と人差し指で陰茎をはさみ、先端へとスライドさせる。布の水掻きに白い液体が溜まっていった。臨也は興味有りげにそれを一瞥し、おもむろに靴下を脱ぎだすと、口ゴムの部分を細長い指で摘んで宙にぶら下げる。黒く染まった爪先の部分から、溜まっていた精液がぽたんぽたんとカーペットに落ちた。 「この精子には、どんな遺伝子情報が入ってるんだろうねえ」 臨也は四方八方から、まるで観察するように濡れそぼった自らの靴下を凝視する。 「見た目は変わらないようだけど……ああ、味はどうなのかな?」 「……なッ…?!や、やめ」 まるで静雄に見せ付けるように、靴下から滴った精液を伸ばした舌の上に乗せる。静雄が制止の声を発する前に、それは臨也の咥内へと吸い込まれていった。 自分の精液が、間接的であるとは言えども、目の前で他人に飲み込まれていく光景。しかも、あの臨也。その事実は静雄の頬を赤く染め上げるのに十分すぎた。 「てっ、手前…!」 飲み込んだのはごく少量であるにもかかわらず、臨也はしばらくそれを嚥下しようとはせずに、ゆっくりと、口腔全体に行き渡らせるかのように時間をかけて味わった。やがて喉仏がふるりと震え、臨也は舌で唇を舐める。それはひどく官能的で、静雄は頭が痺れるような気さえした。毒が本格的に回ってきたのだろうか。「やめろ」うつろな目をしながら、とうなされるように呟く静雄を横目でみた臨也はおもむろに口を開いた。 「知ってる?」 その言葉は問いかけの形であるにもかかわらず、臨也が静雄の答えを待つことは無い。 「ギリシャ神話にケルベロスっていう冥界の番人が居てさ。三つ首を持つ、この、化け物の唾液…何になるでしょうか」 知るか。 吐き棄てたはずの言葉は音を持たず、呼気となって空中に霧散する。 つまらないと目を細める臨也の姿をその目に映しながら、静雄はゆっくりと、自分の体に毒が回ってゆくのを感じていた。 |