田舎島と都会ざや




故郷じゃあ、この時間になると真っ暗闇だったなあ。こうこうと光る街灯をぼんやりと眺めながら、適当にギターを鳴らす。じゃらん。意味の無いただの「音」は、都会の喧騒の中にシャボン玉のように弾けて消えてしまった。
―…やっぱり俺、都会には向いてねえのかな。
小さな声で呟いて辺りを見渡した。ストリートライブの名所とも言われるこの公園には毎日色んな奴が歌いに来る。当然、客を集めている奴も大勢いたが、俺の前に誰かが足を止めることは今まで一度だってなかった。東京に出てきて、この公園でストリートライブをするようになってからもう二週間が経ち、桜も散りかけているというのに状況は一向に変わらない。
俺の右隣―といっても結構な距離があるが―では、アコギを下げた二人組の男が有名なグループの曲を熱唱している。手拍子にあわせて口ずさむギャラリー。こんなふうに、流行りの歌を演奏すれば客も少しは集まるのだろうが、俺はどうしてもオリジナルがやりたかった。オリジナルで成功しなければ、およそミュージシャンとして生きていくなんてのは不可能だろう。俺はどうしてもミュージシャンになりたい。そのために東京に出てきたのだから、こんなところで諦める訳にも、夢を捨てる訳にもいかないのだ。

―……帰って、曲でも作るか。

変わらない視界にいい加減疲れた俺はこきこきと首を鳴らしながら、肩に下げていたアコギをおろした。しゃがみながらギターをケースにしまう。留め金に手をやると、ふいに手元が暗くなった。

「今日はもう終わりなの?」

降り注いだ声に視線を上げる。そこにはもう春も終わりだというのに、長いコートをきっちり着こんだ若い男が立っていた。首のあたりをふわふわの毛玉が覆っている。暑くないのだろうか。いや、あれがファッションか。俺の追えない「流行り」というものなのだろう。
視線を首筋から顔に移すと、淡々とした声で問うたその人は、テレビなんかでみる芸能人よりもずっと整った顔をしていた。東京の人ってのはみんなこんなにキラキラしてるものなのか。
ぼうっと見入っていて返事をするのを忘れていた俺を訝しんでか、その人は「ねえ」と急かすように繰り返した。慌てて立ち上がる。その人は俺よりいくらか小さくて、自然と見上げられる形になった。なんだか妙に緊張する。

「あっ……いや、今日はもう……終わ、ろうかと」

ぼそぼそと喋りながら、意味もなく右手で左手をいじる。ぷっくりと堅いギターだこを触ると不思議と落ち着くのだ。
その人は「ふうん」と、自分から聞いた割にはまるで興味などないような感嘆をもらした。しばらく、沈黙が流れる。色んな楽器の音や改造したバイクだか車だかの音が響いていたが、そのどれもが遠く聞こえて、なんだかいたたまれない。何かしゃべってくれよ。心の中で何度も念じると、天に通じたのだろうか、その人は思い出したように口を開いた。

「明日は?」
「……は?」
「明日も、やるよね」

断定するような言い方。その勢いに圧されるようにして思わず頷くと、その人は満足そうに笑った。

「よかった。俺、君の歌好きなんだ。じゃ、またあした聞かせてね」

ぽかんと口を開ける俺を尻目に、その人はひらひらと手を振って去っていった。やがてその後ろ姿は夜の闇に消えたが、俺の心臓はどきどきとうるさいままだった。

(す、すき……だ、って…!?)

都会はやっぱり俺に向かないのだろう。多分あの人にとっては何気ない一言で、それが、こんなに俺をむちゃくちゃにするなんて。浮かんでくるコードはどれもふわふわしていて、その日は曲なんか作れたものじゃなかった。


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