臨也と静雄のセックスは、相手を傷つけてやろうとかいう思索の末の行動ではなく、ましてや、殺してやろうなんていう思惑を孕んだ行動でもなかったが、けして恋人同士がするような甘ったるいものでもなかった。いつもの喧嘩の延長戦。言葉で例えるならばそれに近いと言える。臨也が最中に静雄の名前を呼ぶ事は一度たりとも無かったし、静雄が臨也の頭を撫でてやる事なども無かった。拳を振り上げるだけではなく、体をつなげるようになったのはなぜなのか。それは当事者である二人にもわからない。気が付いたら繋がっていた。ただそれだけの事だった。


例によって例のごとく、今日もそんなセックスをするはずだった。
臨也はまるで約束されたかのように静雄の家に行き、静雄は無言で臨也を迎え入れた。
そして。

「……シズちゃん、いくら君だって、ちょっと性急すぎなんじゃない」
「うるせえ」

今日はベッドまで行くことですら億劫なんだね――そんな事をぼんやりと考えていた臨也は、玄関先でズボンと下着を一緒くたに脱がされ、くるりと体を回転させられて後孔に指を突き立てられた。

「、ッあ」

あらかじめ充分慣らしておいた臨也のそこは静雄の指をたやすく受け入れた。中で軽く指を曲げ、そのまま抜き出すと、ローションがまるで蜜のようにどろりと指に絡み付いてあふれ出た。
臨也が静雄の家に来るときはいつもそうだ。自分でやっているのか、はたまた、誰か他の奴にやらせたのか。

―……ま、どっちでもいいか。

静雄は深く考える事をやめ、ズボンのチャックを下ろしてペニスを取り出した。臨也の髪を掴み、それに近付ける。臨也は先走りの臭いに眉をひそめながらも、おもむろに口を開いた。

「ん、」

チロチロと見え隠れする臨也の赤い舌が静雄の自身を舐める。ゆるりと反応しつつあるそれをどこか恍惚とした表情で見つめながら、臨也は小さな口を目一杯開けてそれを咥えた。静雄はそれを見、臨也の後頭部を押さえつけて無理矢理喉の奥にまで自身を押し込める。

「ぐ、んん」

息苦しさに眉間に深く皺を寄せ、上目遣いで睨みつけながらも頭をゆっくり前後に動かす。歯を立てないように必死で口を開けてはいたが、いかんせん大きさが大きさなのだろう。苦しそうにえづき、赤い瞳に涙の膜を張った。

「んん、ん、むぅ……」

じゅぽん。後頭部を抑えていた腕の力が弱まるやいなや、嚥下できなかった唾液を唇の端から垂らしながら先走りの滴るそれを口から離した臨也は雁首のくびれをなぞるように舐めた。

「もう、いい」

静雄はフローリングの床に膝をついた臨也の髪を掴んで引き離し、床に押し倒す。勃起した臨也のペニスは衝撃にふるりと震えた。白く細い腰を掴んで骨と皮ばかりの体を反転させると、臨也は抗議するように静雄の腕に爪を立てた。それは静雄にとってはまったく痛みを伴わないものではあったが、不快ではあった。今更抵抗してんじゃねえよ、と言わんばかりに眉をひそめた静雄を振り向きざまに睨みつけた臨也はだるそうな口調で「ねえ」と切り出した。

「挿れるなら一回出してからにしてよ。また口でしてあげるから」
「……ああ?」
「中で何回も出されたら後処理がめんどくさいの」
「それは手前の都合だろうが。挿れるぞ」
「はあ?…ちょっと、…もう、」

文句をたれる臨也を気にもとめず、静雄は自らのズボンと下着を脱ぎ捨てる。後孔に猛った熱いペニスをあてがわれた臨也は一瞬目を見開いたあと、あーあ、と大げさに嘆息をもらした。

「……シズちゃんって、ホントさいて…いっ、ア」
「…感じてる癖によく言うなァ、臨也くんよお?」
「ッあ、ああん、あ、」

がつりがつり、静雄を受け容れ、かつキュウキュウと締め付ける臨也の内奥をひたすらに突く。臨也はたまらず静雄の腕に立てた爪に力を籠めた。皮膚が引っ張られ、半円の爪痕を残す。

「うぜえ、爪、立ててんな」
「やあ、あ、あんっ」
「…聞いてんのか、ああ!?」
「、あ、ひあ、……ッ!?…い、いたあ…」
「…は?痛くねえだろ」

ちゃんと慣らして来たんだろうが。そう言って意地悪く微笑み律動を続ける静雄と対照的に、臨也はいたく真剣な面持ちで「はい、ちょっとストップ」と言い彼を制した。臨也のいたく真面目な声の抑揚にただならぬものを感じて、静雄は小さく舌打ちし、渋りながらも自身を引き抜いた。

「んだよ」
「…爪割れちゃった」
「ああ?」
「つ、め。せっかくキレイに伸ばしてたのに。割れかけてたから注意してたんだけど失念してたよ」
「……貸せ」
「んっ、もう、変なことしないでよ?」

ぐいぐいと臨也の腕を引っ張る静雄に従って突き出された臨也の爪を見ると、綺麗に整えられている桜貝のような爪の中で、曲げられた薬指のそれだけが、切断面がぎざぎざになった白い爪をぶらさげていた。静雄は興味ありげな表情で、ぶらさがった薄っぺらいそれを指でつつく。

「痛えのか、これ」
「…爪を引き剥がされたら痛いでしょ。それには及ばないけど、似たような痛みが一瞬あったかなあ。今はそうやって弄られなきゃ痛くはないよ。……ああ、精神的なダメージは今もあるけど」
「精神的な?」
「爪を綺麗に伸ばすのって大変だし時間もかかるから」
「…へえ」
「でもどうしようかなあ。こんなの、もう切るしかないし……あーあ、一本だけ短いとか不恰好なんだけど」
「めんどくせえ、全部切りゃあいいじゃねえか」
「せっかく伸ばしたのに?」
「どうせ割れるんなら切るほうがマシだろ」

そう言い残し、静雄は緩慢と立ち上がってリビングへ消える。しばらくの後、帰ってきた静雄の手には小さな爪切りが握られていた。

「……マジで?切るの?」

しぶる臨也の細腕を掴み、まずはかろうじて繋がったままの爪を切る。ぷちん、ぷちん。潔い音を響かせて、臨也の一部だったものは儚くフローリングの床に落ちた。続いて、綺麗に揃えられた他の爪も切り離していく。臨也は抵抗するように身を捩ったが、静雄は構わずぷちんぷちんと薄い爪を切り続けた。

「……自分でする」
「……」
「ねえ、自分でできるってば」
「…手前、どうせちゃんと切らねえだろ」
「ちゃんと切るから。貸してよ」
「うるせえ、黙って大人しくしてろ。指まで切るぞ」

ぷちん、ぷちん。
―シズちゃんならしかねない、か。
低い声で脅すように言った静雄に逆らう事は得策ではないと判断した臨也は大人しく自らの一部の短いいのちの終わりを茫然と眺めた。
ぷちん、ぷちん。
ぷちん、ぷちん。
そうして、臨也の十枚の爪はすっかりピンク色の部分を残すのみとなった。
周囲に散らばった爪を適当にかき集め、手のひらで包んだそれをぱらぱらと玄関に落とす静雄と、すっかり短くなった己の爪とを交互に恨めしげに見ながら、臨也は小さく「短すぎ」とぼやいた。

「切ってやったんだから、文句言うんじゃねえよ」
「シズちゃんって切るのヘタだね。ひどい深爪じゃない」
「これで深爪か?」
「ピンクの部分しか無いし。ひょっとしてシズちゃんっていつもそうなの?」
「白い部分なんてあったらすぐ割れちまうじゃねえか」
「君が持ち上げるものを考えればそうなるかもね……ま、どういいや」

臨也は呆れたように苦笑し、静雄の首におもむろに腕を回した。

「……シよ?」

静雄は臨也の言葉にニヤリと歯を見せて笑み、お預け状態の自身を、同じくお預けを食らいヒクつく臨也の後孔に再びねじ込んで激しく挿抜を繰り返す。臨也が慣らす為に使ったのであろうローションと静雄の先走りとがぐちゅぐちゅと淫靡な水音を奏でた。臨也の内奥は待ち侘びていた快楽を逃がすまいと静雄のペニスに吸い付くように絡み付く。

「んんっ…あ、あ」

臨也は快感か痛み―あるいはその両方か―を逃がすように静雄の背中に爪を立てたが、深く切られたそれが痕を残す事はないだろう。

「あっ、あん、ッああっ、う、あ」

どれだけ深く切ろうと、臨也の爪はまた伸びる。臨也が生きている限り、それは自然な事だ。

―そう、爪が伸びるまでの間だけ、だから。

臨也は背中に回した指にやんわりと力を籠めて、遠慮がちに呟いた。

「シ、ちゃ、ん…」
「……いざや」

まるで熱に浮かされたような臨也の声を聞き、静雄は唐突に訪れた衝動のままに、深く切った爪で乱れた黒髪を梳いた。

深く切った爪が再び伸びるまでの間ぐらいは甘ったるいセックスに溺れたいのだ。臨也は静雄の名前を呼び、静雄は臨也の髪を撫でた。





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