臨也だ。
なんか臭えと思ったら。

見慣れたファーつきの黒いジャケットと、夜の闇より暗い黒髪を風に遊ばせて狭い路地に入っていく。俺は臨也の入っていた路地を目で睨み付けながら、踵を反して近くにあった道路標識を引っ込抜く。今まで奴に遭わされた危険とその度に負った傷を思い出す。よし、今日こそ殺してやる。

「臨也ああああああ!」

ぱん。

気合いを入れて発した叫びの後で、乾いた音がした。
銃声だ。
それはずっと睨み付けていた臨也の入っていた路地から聞こえた。
自然と、そこへと向かう足は速くなる。あいつが銃を使ったところなんて、今まで見たことが無い。
なら、答えは一つだ。臨也が、狙われた。それは俺の望んでいた事の筈なのに、背中には嫌な汗が伝っていた。
ようやく辿り着いた細長い路地には黒い塊が転がっていた。


「…臨也?」


月明かりが薄暗く照らす路地で、紛れもない折原臨也、本人が横たわっていた。俺が声をかけるとぴくりと反応を示す。片腕を地面に突っ張って、無理矢理体を起こそうとしたのだが、うまく力が入らないのか崩れ落ちてしまった。


「臨也ァ!」

「…ん、シズ、ちゃん」

急いで駆け寄った臨也の元には赤黒い血溜まりが出来ていた。


「手前ェ、撃たれたのか」

「見れば、わかるでしょ…」


こんな時でもこいつの憎まれ口は相変わらずだったが、さすがに俺は銃で撃たれた人間…例えノミ蟲であろうとも、標識で殴るなんて事ができるほど外道じゃない。
倒れた臨也を抱き起こすと臨也の無駄に整った顔が予想以上に歪んでいることに気付いた。脇腹を押さえた臨也は今まで見たことが無いくらい必死だった。


「…新羅ん所いくぞ」


おぶってやる。そう言うと臨也は肩に掛けた手を振り払った。


「…チャンス、なんじゃないの」

「ハァ?」

「今なら、…俺を殺せるかもよ」


臨也は少し眉をひそめてじっと俺を見る。俺は臨也を殺したいと思っていた。いや、今でもそれは変わらない筈なのに、臨也を助けたいという自分が確かにいる。


「手前は、俺が殺す…だからそれまで、死ぬんじゃねぇ」

「あは、なに、だっさいセリフ…」


臨也は抵抗する力もないのか、それとも抵抗する気をなくしたのか俺の胸にもたれてくる。


「おら、早く新羅んとこ行くぞ」

「うん…シズ…ちゃん」

「なんだよ」

「シズちゃん…シズちゃん」

「気持ち悪ぃな、さっさと言えよ」

「シズちゃんは…気付いてなかったかも、だけど…」


そこまで言うとふっと何かの糸が切れたように前に倒れる。意識はあるようだったがひどく汗をかいていた。


「…続きは元気になったら、だ」


臨也を捕まえて肩に掲げる。
じわりとバーテン服に赤が広がる。嫌な感じだ。臨也がどんどん溢れだしてるみたいで、嫌だ。


「…いまがいい。…ねぇ、シズちゃん…気付いてんでしょ?」

「もう、喋んな」

「あは、何、それ…酷くない?人が、一世一代の大告白しようとしてんのに…」


こうしている間にもどんどん臨也の血は滴り落ちていく。臨也に衝撃を与えないように静かに走る俺のバーテン服はもう真っ赤だった。


「…じゃあ、聞いてやるよ」

「…シズちゃん、シズちゃんから聞きたい…お願い…、言って」


甘えたような臨也の声。荒い呼吸が耳につく。肩に掲げた臨也の表情は見えない。好都合か。俺は、深く息を吸って、三つの文字を作った。


「…すきだ」


一瞬の間。

しかし臨也はあははといなり笑いだした。あれ、こいつかなり重傷なんじゃなかったのか。あれ。


「えーなにそれ?シズちゃんきもい!きゃー、皆さん、この人ホモですー!きゃー、俺食べられちゃうー!あははははっ」


時が、止まった。
通行人も止まっていた。
ただその止まった世界のなかで臨也だけが機敏に動いた。臨也は力の抜けた俺の腕から擦り抜け、身軽に飛び降りた。


「シズちゃん、騙してゴメンね?許してくれるよね、だってシズちゃん俺が好きなんだもんねっ!あはっ「…好きだ…」だってさ、あははははっ」


俺はあんまり使わない頭をフル回転させて、現在の状況を理解しようとした。
臨也は、俺を騙していた…?ということは重傷、は演技。俺はその演技に騙されて何を口走った…?


全身の血が頭に上るのを感じる。
俺は怒りのあまり近くにあった自販機をブン投げたが臨也はひらりとジャケットをなびかせ、躱した。


「…っ臨也あああああああああ!手前えええ!」

「シズちゃん、俺の事好きなんだねー!いい事聞いちゃった!ちなみに、録音したから、言ってないとかはナシ」


臨也はちいさく首をかしげにこっと妖艶に、悪戯に笑む。俺はあまりの恥ずかしさに死にそうだった。


もう二度と、臨也の心配なんかしてやるか。
臨也なんか大嫌いだ。って言うか死ね。今すぐ死ね。



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