「……とにかく、これで満足だろ。いい加減どいてくれない」

俺に覆い被さるような体勢からいつまでたっても動こうとしない、閉塞感たっぷりのシズちゃんの腕の隙間という、拷問まがいの空間から這い出そうと身を屈めると、シズちゃんはまるで電源を入れたロボットのように動きを再開し、俺の脱出を阻むように、俺の腰に手を回した。つまり、俺は四つんばいの体勢のままシズちゃんにホールドされた訳だ。これまでの流れを考えるとなんとなくまずい気がする。俺はひきつる顔の筋肉を叱咤しつつ振り返ってシズちゃんに声をかけた。

「……ちょっと、何?」

傷んだ金色の前髪が表情を隠していて、いったいシズちゃんがどんな事を考えているのかを読み取ることはできなかった。しばらく、どうしようもない沈黙が部屋を支配した後、シズちゃんはうつむいたまま、ポツリと、「やる」と言った。

「…………は?」
「やる、っつった」
「いや、聞こえたよ。聞こえたけど、意味がわからないんだけど」
「この状況で、やるっつったらひとつしかねえだろ」

ぶっきらぼうに言いながら顔を上げたシズちゃんはいたく真剣な顔をしていて、この状況でやるといったらひとつしかないかもしれないけどでも相手は俺だよしっかりしてよ、とでも言ってやろうかと開いた口は、まるで風船がしぼんでいくように閉じていった。そんな、意気消沈してしまった俺を嘲笑うかのように、シズちゃんの節ばった手が穿いたばかりの俺のズボンを奪う。

「ちょっと、やめ、やめろって!いい加減に……!」

俺の抵抗なんて、彼にとっては蚊に刺されたようなものに過ぎないだろう。だが、わかっていてもそうせざるをえなかった。流されてセックスするなんて死んでもごめんだ。しかもシズちゃんとなんて、冗談でも笑えない。さっき抜かれただけでも、俺の人生において最大級の汚点なのに、これ以上汚垢を育ててどうする。
俺はシズちゃんの腕に爪を立てながら、自分の土俵とも言える、言論の場でシズちゃんに抵抗することにした。

「シズちゃんさあ、なんか今日変だよ。相手誰だかわかってる?俺だよ、シズちゃんのだいっ嫌いな折原臨也だよ?今自分が何をしようとしてるかわかってる?こういうのは好きな人とするものだろ、俺としてどうすんの、絶対後悔するよ。それに、相手が俺で勃つ訳無いじゃん」

ほぼ一息で長台詞を喋り切った頃にはシズちゃんの動きも止まっていた。ようやくわかってくれたか、と安堵のため息を洩らしながらふとシズちゃんを一瞥すると、彼は小刻みに震えていた。恐怖でも、ましてや怒りでもない。クックッと喉の奥で笑っているようだった。それはだんだんと大きくなり、やがて、確かな笑い声になった。

「…クッ…ハハッ、ハハハハハハ!……相手が誰とか関係ねえから。相手が誰でもこうなっちまうんだよ。男なんてそんなもん……だっけかなあ?」
「なっ…」

先ほど俺の言った台詞を、まるでからかうように言われ、怒りで顔に熱が集まるのを感じる。シズちゃんはそんな俺の顔を見て愉しそうに笑いながら、俺の手首をつかんで自分の下腹部へと引き寄せた。そこは膨らみ、熱をもっていた。細身のズボンは不自然に盛り上がり、まるで主張するようにその存在と状態を示している。思わず手を振り払うと、シズちゃんは俺の額を人差し指でぐいと押した。

「ま、そういうこった。相手が手前だとかはこの際関係ねえよ。勃っちまったモンは仕方ねぇ。こうさせた奴に責任とって貰うしかねえだろ」
「ちょっと待ってよ、横暴すぎ…んむっ」

シズちゃんの細長い指どうしがぴったり合わさって、俺の顔半分を覆う。もう片方の手は、俺の首筋に張り付くように沿わされた。首を這う手、俺の心臓を鷲掴みにしていると言っても過言ではない右手だけは、まるでそこにヘビが巻き付いているかのように冷たく感じた。

「……うっせえよ。ちったあ黙れねえのか?この首へし折ってやっても構わねえんだぜ、俺は。穴さえありゃこれは治まるだろうからなァ」
「…ぷはっ、…最ッ低…!」

発言を許す、と言わんばかりに、シズちゃんの言葉の後で外された手のひらという口枷を睨み付ける。何となく、俺が彼にコントロールされているみたいで嫌だった。シズちゃんはそんな俺の気も知らず、鼻で笑いながら話しつづける。

「ああ?手前は俺に何を求めてんだよ。優しくされたって気持ちわりいだけだろうが」
「だけど……っ!…こんなのは嫌だ…!」

優しく抱かれたって気持ち悪いだけ、というシズちゃんの言い分はよくわかるが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
かぶりを振って抵抗していると、シズちゃんがふいに俺の顎をつかまえた。

「なあ、臨也」

いつになく真剣な表情に、引っ掻いてやろうと振りかぶった腕が固まる。
シズちゃんはたっぷりと間を取り、やがて、小さな子に話し掛けるような声で「優しくしてほしいか」と言った。

「……なにそれ」
「聞いてんだよ、手前に」

シズちゃんの声は初めて聞くような、なんとも穏やかな声だった。会えばケンカばっかりしていた俺だから、盗み聞きくらいでしか彼の穏やかな声を聞く機会はなかった。
俺のを抜いた時だって、意地悪い笑みをこぼすだけだったくせに。セックスを持ち掛けた時だって、愉しそうに笑っただけだったくせに。
優しくしてほしいかと聞く時にだけ、まるで俺の希望を聞いてくれるかのような声を出すなんて卑怯だ。

シズちゃんから提示された選択肢は、優しくしてほしいか否かの二つだけ。
その二つから選んだって、抵抗したってシズちゃんに抱かれるという状況が変わらないのだ。
なら、なるようになればいい。流れに身を任せて、早く終わるのを待とう。
なかば自棄になった俺は覚悟を決めて、できるだけシズちゃんの顔を見ないようにしながら、まるでゴミをなげるように呟いた。

「……君の好きにすれば」






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