「…へえ、」

瞬間、シズちゃんの纏っていた気が一変した。職業柄―だけでもないが、とにかく、俺はその辺の人間よりも割と危ない橋を渡ってきた事は確かだ。人間に限った事ではなく、生き物というものは周りの状況次第でどうにでも進化する。俺のこの、洞察力に似たものは恐らく危ない橋を行き来した事の賜物だろう。
しかし、いくら橋板が腐っている事を発見したとて、既に足を踏み出してしまっていたならばどうしようもないように、シズちゃんの雰囲気が変わったということを察知しても、逃げられなければ意味は無いのだ。

「…離して」

手を振り払おうと力を籠めてみるものの、シズちゃんの膂力はそれを許さず、びくともしない。精液にまみれた手のひらは部屋の照明をうけてぬらぬらと光り、シズちゃんはそれを一瞥してにやりと笑った。

「手前でも、こういう事するんだなァ、臨也くんよお」
「…関係ないだろ?離してよ」
「まあ、意外っちゃあ意外だな。手前は性格はクソみてえだけどよ、顔だけはまだマシな方じゃねえか。てっきり女の一人や二人いるのかと思ってたけど、そうじゃねえみてえだな」
「…うるさい。彼女が居ようと居まいと君には関係ないだろ」
「いや、ある」

ぶっきらぼうに顔を背けた俺の頭を左手で掴み、無理やりに視線を合わされる。せめてもの抵抗と足の甲を踏み付けたり、脛を蹴ったりもしていたのだが、どうやら全く効かないらしい。けろりとした顔をしたシズちゃんは思いついたようにこう言った。

「俺にやらせろ、ノミ蟲」
「……は」
「この量じゃまだ出してねえんだろ?別に突っ込むって言ってんじゃねえよ。お手伝いしてやるっつってんだ」

―意味がわからない。
他人にこうやって言葉を奪われるのは初めての体験だった。柄にもないけれど、わけもわからず目を見開いて口をぱくぱくさせているという、なんとも情けない状態のままに、ズボンをぐいとおろされてしまった。

「なんだよ、萎えてんじゃねえか」

しゃがんだシズちゃんはからかうように笑いながら、やんわりと、普段の彼からは考えもつかないような仕草で俺の性器を包む。俺はようやく自我を取り戻して、傷んだ金髪をぐいと押した。

「何してんだよお前!」
「ああ?」
「離して、化け物、離せよ!」
「……手前よお」

自分の立場わかってんのか。

言葉とともに、俺の自身にじわりじわりと力が籠められていく。―まずい。冷や汗が背中を滴るのを感じた。俺は今、怪物に急所を握られているのだ。いくらなんだって不能になるのは嫌だし、新羅にひしゃげた性器を診せるのなんかもっと嫌だ。「やあ臨也、いったいどうしたんだい?」「性器、シズちゃんに握り潰された」なんて会話、もっともっと嫌だ。
俺はゆっくりとシズちゃんの髪の毛から手を離した。

「わかったみてえだな」

陰茎に籠めていた力をふっと抜き、長い指が俺の自身をつうとなぞる。ついさっき俺がやっていたように上下に扱かれても、素直に気持ちいいとは言えなかった。なんていうか、信じられない。ひどく現実からかけ離れているのに、それは確かに俺の目の前で広がっていて、どうしたらいいのかわからないのだ。気持ちいいけれど、それ以上に、わからない。
なんでこんな事するんだよ。そう問うてみたかったが、目の前の彼がなんだか俺の知っている平和島静雄とは別人のようで、俺はただつっ立って彼のされるがままになっていた。






じゅぷり、じゅぷり。
先ほど聞いたような音がしはじめる頃には、俺は台所の床にへたりこんでおり、シズちゃんはそんな俺にかぶさるようにして俺の自身を扱いていた。
高められていく自分をどこか客観的に感じながらも、体は勝手に熱を得ていく。声など出してたまるものかと噛み締めていた唇は勝手に開き、気持ち悪い声が洩れだす。シズちゃんのシャツを掴む両手が恨めしい。

「…っは、ああ…っ」

ぱたた、と、俺の腹やシズちゃんのズボンに白濁色の精液が飛び散る。久しぶりの行為に俺の自身はびゅくびゅくと精を吐き出す。シズちゃんはふるふると震えるそれをぴんと指で弾いて、鼻で笑った。

「手前、俺でも感じるんだなァ」
「…相手が誰とか、関係ないから。相手が誰でもこうなるから。男なんてそんなもんだから」

反応してしまっている自身をできるだけ見ないようにしながらぼやくと、シズちゃんは心底愉しそうな顔で笑った。

「かわいくねえ」

かわいいのがいいのか、と聞こうかとも考えたが、やめておいた。なんとなく癪じゃないか、そんなのは。





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