眠らない街―などとメディアにしばしば形容される、新宿、という街。どこか煽情的なネオンをスモーク越しに浴びた艶やかな黒髪はまさしく濡れ羽色という言葉に相応しく、しっとりと朝露に濡れたようにきらめいていた。その持ち主である臨也は、幹部という地位でありながらも直々に迎えに来た四木とともに組の事務所に向かっており、高級車の後部座席では、素直に艶場とは言えない、実に不思議な光景がひろがっていた。
四木の足元に跪き、じゅぷじゅぷと淫靡な音を立てて猛りきったモノを口に含む。四木はそんな臨也の顎のあたりをまるで猫をあやすように撫でながらも、平然と、携帯の向こうの相手と会話を続ける。

「―ええ。ああ、幹彌さんから連絡がいっているかと―…え?いや、うちは関知してないですがね…」

いたって事務的な会話の内容が、臨也にひどく背徳的な事をしているような錯覚を起こさせる。臨也は昂ぶる己を感じながら、すこし伸ばした横髪を耳にかけた。

「…もちろん、例の件はうちの若いのに行かせますよ。…はい。ご心配なく。じゃあ、失礼します」

ピッという電子音を響かせて電話を切った四木を伏し目がちに見上げた臨也は、カリの根元に埋められた真珠をチロチロと真っ赤な舌で名残惜しそうに舐め、唇を離して探るように問うた。

「…例の件、って、いうのは?」
「…悪いが、企業秘密だな」
「教えてくれたっていいじゃないですか…四木さんのけち」

唇を尖らせて目を細める臨也は、子供っぽくもあり、それでいて艶っぽくもあった。その不安定さとアンバランスさが四木をそそるという事を臨也は知らないだろう。四木は折り畳んだ携帯をスーツのポケットに滑らせた。上目遣いにこちらを見上げる臨也の髪を撫でると、耳にかけられた横髪がさらりと滑り落ちた。

「どうせ、調査済みだろう」
「ふふ…企業秘密ですよ、それこそ」

四木の首筋に手を伸ばして、妖艶に首をかしげる臨也の思惑には気づいていたが、四木は臨也という人間を知ってから、魂胆が見えていようと、敢えてそれに乗っかかるように努めていた。
まあ、それならばそれでいいが、と呟きながら、白い頬を指でつうと撫でると、臨也は擽ったそうに身をよじった。

「…ねえ…しましょうよ…」
「…車の中だぞ」

臨也は諫めるような苦笑いをこぼす四木を見上げ、唇をぺろりと舐めた。先ほどまで四木の自身を這っていた赤い舌が誘うように蠢く。

「だって、もう待てない……でしょう、四木さんだって」

そう言いながら自分の纏っているものをおもむろに脱ぎだす。白く肌理の整った肌が眩しくて、四木はわずかに目を細めた。臨也は上半身をはだけさせながら、シックな色合いのズボンを脱いで、トランクスを膝の辺りまで下ろし、ゆったりとしたシートに身を任せる四木の膝の上に座ってその自身を己の後孔にあてがった。

「慣らさなくていいのか」
「…大丈夫ですよ、ちゃんと慣らしてきましたから」
「…誰でだ?」
「やだなあ四木さん。自分で、ですよ?」

ふふ、と声を出して妖艶に笑いながら、臨也はおもむろに腰を沈めて四木のモノを埋めていく。

「…ん、ああ…っ」

鼻に掛けたような甘い声は、四木はあまり好きではなかった。あまりにも慣れすぎている、そんな声だからだ。演技しているような、男の欲を引き出して何もかもかっさらっていくようなそんな声よりも、普段飄々としている臨也が余裕を無くしたような声のほうが、四木は好きだった。もっとも、それを臨也に告げたことはない。もしも四木がそのことを臨也に告げれば、臨也は頻繁に余裕を無くしたような声を出すようになるだろう。臨也のアンバランスさがお気に入りである事も知られてはならない。臨也は不均衡を意識するが故にその不均衡を無くしてしまう。それでは意味はないのだが、臨也はそういう人間だった。

「ん、ん…っああ…っ」

慣らしてきたというのは本当なのだろう。普通の状態であれば、いきなりすべてを受け入れることは不可能だ。
―自分で慣らした、というのは本当じゃないんだろうがな。
そう心中で毒づく四木を尻目に、臨也は運転手の存在も気にせず、腰を上下させ髪を振り乱して喘いだ。

「あっ、ああん…はぁっ、ああ」
「いつもの事だが…よく喘ぐな、お前は」
「はあ、んっ、四木さん、好き、でしょ、う?こう…いうの…っ」
「さあ、どうだか」

実際はまったくの逆であるのだが、フェラやキスをする時にわざとらしく音をたてるように、臨也は、おそらく自分の声にも感じる性質なのだろう。
―本当にガキだな。
四木は臨也の細い腰を掴み、力任せに穿った。

「ああ、んっ!ん、あっ、ああ」

がつがつと前立腺のあたりを重点的に突くと、臨也はひときわ甲高い声を上げて全身をわななかせ、びゅくびゅくと白い液体を四木のスーツに放った。四木は体を重ねた日からもう随分経つ割には薄いそれを指ですくい取り、臨也の腹に擦り付けた。

「スーツについちまったじゃねえか、どうすんだ、これ」
「…ああ、大丈夫、ですよ。…替えのもの、積ませてありますから」
「用意周到だな」
「まあ、情報屋ですから、ね」

整わない呼吸でいたずらっぽく笑いながら、臨也はゆっくりと四木の自身を引き抜いた。

「は、ん…っ…ねえ、四木さん、出します?」
「…出させてくれるんだろう?まさか、あれだけで俺がイけるだなんて思っちゃいまい」

四木の首筋に臨也のなよやかな腕が巻き付く。形の良い頭を抱えてやると、臨也は四木の胸板に甘えるように鼻をこすりつけた。

「でも…もう着いちゃうでしょう…?…いいんですか、こんなことしてて」

ちゃらり、と音を立てて四木の胸元にぶらさがった金色のネックレスを弄びながらどこか楽しそうに問う臨也のやわらかな髪をくしゃりと撫で、四木は運転手に「適当に流せ」と告げた。どこか緊張した様子の運転手を尻目に、臨也の唇を乱暴に奪う。

「責任、取るんだろうな」
「ん…もちろんです…。俺は始めからその気ですよ…」

舌を絡めながら後孔を指で弄ると、臨也の柳眉がわずかに歪められ、鼻から抜けたような声が漏れた。

「ふ、…んぅ…は…あ」
「と、言っても…正直、時間はあんまり無いからな。…頑張れよ?」

濃厚なキスから解放し、臨也の体をくるりと反転させ、シートに抱きつく形に跪かせると、四木は強引に臨也の中に割り入った。

「はうっ!あ、やあん、っ」

臨也いわく「自分で」慣らしたうえ、先ほどまで四木のモノを銜え込んでいたそこは、けして緩い訳ではなく、それどころか締まりが良いと言える。再びの挿入をたやすく受け入れ、かつ、四木の自身をやわらかく締め付けた。ならば応えるのが男だろうと、四木は臨也の骨ばった腰を掴み、抉るような挿抜を繰り返す。

「ああ、ん!やあ、四木さん…っあ、はげし…っ!」
「その気だったん、だろう?」
「は、んっ、あっ…、そうだ、けどぉ…っ」

ぐちゅぐちゅと淫猥な水音を響かせる度に、臨也の痩躯がビクンと跳ね上がる。病的なまでに白い臨也に視覚的にも揺さ振られ、四木は己の限界が近付くのを感じた。

「あ、あんっ、し、四木さあんっ!おれ、もう…、ああっ」
「わかってる、っ…出すぞ、」
「あ、なか、出してえ、…っ!っあ、んあ、あ、」

本能的に腰を引いた臨也を後ろから抱きすくめ、最後の一滴まで注ぎこむ。

「はあ、はあ、あう…っ」

息が整うまで待ってから自身を抜いてやると、臨也は糸の切れた操り人形のように、へたりとシートに体を預けた。臨也の髪を梳きながら腕時計を一瞥して刻限の迫っている事を確認し、運転手に事務所に向かうよう指示しながら臨也が積ませたという替えのスーツに身を包んだ。

「…お似合いですよ、四木さん」

だるそうに、シートにもたれる臨也が称賛の言葉を投げ掛ける。

「お前が選んだのか?」
「ええ。有名な方に頼みました。あなたの写真を見せて、似合いのものを見繕えと」
「それはお前が選んだとは言わないだろう」
「俺が選んだ方が選んだんです。俺が選んだと言ってもいいじゃないですか。商品を選ぶのだって、そういう事でしょう?素材を選ぶ職人が居て、材料を選ぶデザイナーが居て、作品を選ぶバイヤーが居て、商品を選ぶ消費者が居る。俺の場合はその過程に少し足し算をしただけですよ。…あ、四木さんは白が好きでしょう?白にしてくれと頼んだのは、俺ですよ」

四木は別段白が好きという訳ではなかったが、そう言われてみれば白いスーツをよく身につけているような気がした。
「屁理屈だな」と言いながら考えるように眉をひそめた四木に目線だけをやりながら、臨也はせわしく口を動かし続けた。

「好み、って…自分じゃわからないものですよ、以外と。人間って簡単に、好きになったり嫌いになったりするんですから。嫌いなものが実は好きだったり…とか。…ねえ、四木さん。好きでしょう?」


そう言って、臨也が微笑むと同時に、車はブレーキをかけて停車した。何が、などという無粋な事は聞かず、四木は、ただ、臨也の額に口付けた。




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