感触も、名前さえ無いような関係だった。ただの「いつも」の延長線。長く伸びたそれを辿っていった結果がこれだった。

半紙に墨を一滴、ぽたん、と落としたような。形容するならそれだった。シーツに横たわる臨也の艶やかな黒髪はすこしばらついて、白いうなじが微かに見えた。静雄は寝転がった臨也の隣に腰を下ろし、タバコをふかした。
―臭え。
煙が肺を満たす。タバコの臭いが辺りに広がるが、静雄の鼻腔は別の香りを微かに感じていた。
―臨也の、においか。
それは一般的にいう「臭い」ではない―むしろ良い匂いなのかもしれないが、その香りはとにかく、やたらと静雄の鼻につく。同じ空間、もとい、隣に臨也がいるのだから当たり前ではあるのだが、それが自分の纏っているシャツから香っている事に気付いて静雄は臭いと言ったのだった。

臨也は体を重ねるときに、密着する事を好んだ。
初めてそういう行為をしたとき、臨也が静雄の背中に腕を回した事は静雄をひどく驚かせ、しばらくの後に自分の状況を理解した静雄はあからさまにいやな顔をして、離せ、と言った。
臨也はたいして気にしたふうもなく、けろりとした顔で「セックスって、さ。形だけでもこうするもんじゃないの」と言ってのけ、静雄の肩口に頭を乗せた。
その後の臨也の表情はわからなかったが、ただ、首筋にあたる髪の毛が痒いな、と、それだけを考えていた。

昨日―正確には今日―も臨也は静雄の背中に手を回し、あまつさえ、その背中に爪痕を残した。いつもの事なので特に気にとめず、臨也のしたいようにさせていたのだが。
―……臭え。
どうも臨也の臭いはその傷痕からするようでならない。静雄はふう、と紫煙を吐いた。すっかり短くなったタバコをガラス製の灰皿で潰すと、燻るように煙が流れた。
「おい」
ぐしゃり。臨也の髪に静雄が手を乗せる。猫っ毛、とでもいうのだろうか、どことなく雨の降る真夜中を連想させるそれは、指を曲げた静雄の指に絡まる事はなく、さらさらと流れていった。静雄はなぜだかそれがいたく気に入らず、ぐしゃぐしゃとでたらめにかき回した。
「おい、起きろ」
「ん…」
「ノミ蟲、おら」
「んー」
いっこうに起きる気配の無い臨也は、虫でも追い払うかのように細い右腕を振り回すばかりだった。
静雄はその腕を眼前で受け止め、何の罪悪感も無しにその細腕を捻った。
手加減はしていた。そうでなければ、陶器のようなそれはぽきん、と儚い音を響かせてだらんとぶらさがっただろう。しかし静雄がその事実に気付く事はなく、痛みに柳眉を歪めた臨也が寝呆けた苦悶の声を出した。
「…う…、シズ…ちゃん…?」
ぱっと腕を離してやると、臨也の腕は支えを失った操り人形のように、ぽとん、と落ちた。シーツの波にいびつな波紋が広がる。
臨也は目をしばたたかせ、眠そうに目を擦った後、不満そうに「痛い」と漏らした。
「起きない手前が悪い」
「…なにそれ」
起き抜けに何だよ等とぼやき、感覚を確かめるように肩をぐるぐると回す。かと思えば何かに気付いたように静雄の背中に顔を埋め、満足したようにふふ、と声を出して笑んだ。
「んだよ」
「シズちゃん、俺と同じにおいがする。きもい」
「…死ね。手前がこうやってベタベタひっつくからだろうが」
うぜえ。心中で呟いた静雄は、甘えるように頬を擦り付ける臨也の髪を引っ張る。臨也は痛い痛いと言いながらも静雄の背中にぺったりとはりついたままに、唇を尖らせた。
「だって俺、人肌恋しいお年頃だもん」



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